ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

甘くないスイーツ事情

 

 

練習?練習すればできるようになると言うのか?これだけの味を、寸分違わず再現することができるというのか。自分などに。

「無理です。何年かかるかわからない」

「そんなことはない。努力次第でどうとでもなるよ。ただし、あきれるほどの回数の失敗と、トン単位の砂糖と粉の無駄遣いぐらいは、覚悟しておいた方がいいけどね」

上田早夕里『ラ・パティスリー』

 

 

デザートは炭水化物を摂取するために必要なんだよ。体重が増えるのが心配なら、エクササイズで燃焼させればいいのさ。このハワイアン・フランのためなら、ぼくは喜んで外に行って、十キロでも二十キロでもジョギングしてくるよ

ジョアン・フルーク『ストロベリー・ショートケーキが泣いている』

 

 

 

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(まるで切り株のようね)

 

 

 

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(私の頭みたいな綺麗な空洞ができたわ)

 

 

 

 

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(なんという重厚感……こんなお父さんになりたいものです)

 

 

 

 

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(ちょっと熱をかけすぎですって?いいえ、焦がしバターにこだわった証拠よ)

 

 

 

チョコレートケーキ、シュー生地にカスタードクリーム、カトルカール、フィナンシェ――あ、マドレーヌの写真を撮り忘れちゃったわ。

 

 

 

お菓子を作っているとき、私は心を整えることができる。やっぱり、お菓子作りはやめられない。最近は特にお菓子作りに熱が入っている。お部屋には、すっかりバターと砂糖の香りが染みついてしまった。……でも、こんな自分、嫌いじゃない。

 

 

さて、今日は何を作ろうかしら?

 

――

 

 

 

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女「あれ?ちょっと太ったんじゃない?」

 

男「え?」

 

女「ほら、お腹のこのあたりとか、ぷにぷにしてる」

 

男「やめんかい!……太ってないよ、べつに」

 

女「本当?」

 

男「うん、少し前に会社の健康診断があったけど、体重もたいして変わってなかったし。担当医からも『100点満点のカラダね。前に来たメタボリックさんにみせてあげたいわ』って言われたもんね」

 

女「ふ~ん(信用していない声色)。フルマラソンを完走したころって、もっとスリムだった気がするけど」

 

男「そりゃそうでしょ。あの時は一番走りこんでいたもん。ボクサーだって、試合前の体重をずっとキープするわけじゃないのよ?本番に向けて体を研ぎ澄ましていくんだよ」

 

女「ふーん」

 

男「……まあ?なに?最近寒いし、風邪をこじらせたりしていたから、運動していなかったんだよね。だから、多少筋肉が衰えたかもしれないけど」

 

女「足の毛をそるからでしょ(笑)それに、食生活めちゃくちゃだからでしょ。一人暮らしの男はこれだから――」

 

男「いや、別に食生活は問題ないよ。ちゃんとコントロールしてるし」

 

女「コントロール?普段何食べてんの?」

 

男「なんだろうね。自分でも何を食べてんのかよくわからないな(笑)まあ、いいじゃん。若いんだし」

 

女「いいわけないでしょ。どうせ自分で作ったお菓子ばっかり食べてるんでしょ?バターと砂糖たっぷりのやつ。それに、お酒!お酒ばっかり飲んでんでしょ?」

 

男「いいとこついてるねえ。そこにチョコレートと緑茶とコーヒーを加えたら、90%くらい網羅できてるよ」

 

女「なに馬鹿なこと言ってんのよ。今は良くたって、そんな食生活続けてたら、年を重ねたときに大変なことになるわよ。もっと栄養とかに気を使ってよ」

 

男「あのさあ、君は僕のお母さまですか?……だってしょうがないじゃない。お菓子作りはやめられないんだもの。当然、出来上がった作品を食べないのはもったいないでしょ?唯一の趣味を奪わないでほしいね」

 

女「会社の人に配ったら?昔はそうしていたじゃない」

 

男「特定の人に配ると、全員に配らないといけないでしょ。『あ、あいつ、ヤマダには配ったのに俺にはくれなかった』とか。口に出さなくたって思うもんだよ。そういう気づかいが面倒くさいの」

 

女「そういうもんかしらねえ?じゃあ、お酒をやめなさい」

 

男「お酒はもっとやめられません。知ってるくせに。お酒をやめると心を病めるよ?心を病めると会社を辞めるよ?」

 

女「屁理屈ばっかり!」

 

――

 

こんな会話を、いったい何度したことだろう。

 

お菓子作りは確かに楽しい。もはや趣味と言っても問題ない領域に突入したと思っている(いいでしょ?)。

 

 

……ただ、お菓子作りに際して2つの悩ましい問題が生じている。

 

 

1つは廃棄問題である。

 

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 たいていの場合、作ったお菓子をすべて完食するわけではない。作ったお菓子をしばらく冷蔵庫や冷凍庫に入れる。

 

……しかし、全部消化しないうちに次のお菓子を作ってしまう。食べるよりも、作るほうが好きなのである。結果、家じゅうがお菓子だらけになってしまう。こうなると、前に作ったお菓子を捨てることになってしまう。この作業は、非常に悲しいものがある。それでも、腕を磨くためにはやむを得ないのかもしれない。

 

パティシエは、修行中、作って少しだけ食べては捨てる、を繰り返すという話を聞いたことがある。もったいないけど、そういうものだと割り切り切る必要があるのかもしれない(パティシエと同列にするのはおこがましいが)。

 

 

 

もう一つは健康上の問題である。

 

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上記のように、作ったお菓子を捨てている。しかし、ある程度は食材に敬意をこめて食べるようにしている。

 

当然、こうなると体重が増えるわけである。今のところ、多少ランニングとかしてるからいいけど、この運動をやめたら、体重は一気に増えることだろう。

 

ある意味で

 

モッタイナイ

 

という思考を捨てる必要があるのかもしれない。――でも、それもなんだかねえ。

 

 

 

うーん、お菓子作りの専門家はスリムな人たちがたくさんいるけど、ここら辺の問題をどう解決しているのだろうか。やっぱり、『作ること』と『食べること』を切り離しているんだろうか?

 

 

この2つの問題はいつもお菓子作りに付きまとう。

 

 

ーー

 

女「二つじゃないわよ。あと一つ、大きな問題があるんですけど」

 

男「ん?」

 

女「お金よお金。お菓子作りにお金かけすぎでしょ?いろんな器材や材料を買ってるじゃない。それだって馬鹿にならないんだからね」

 

男「あ、それは別に問題じゃないです」

 

女「どうして?」

 

男「あのね、社会人の場合、どんな趣味だって、お金は一定程度かかるもんだよ。それって、お菓子作りだけに限らないじゃん。君だって、旅行が好きで一気に何万円もお金かけてるじゃない。別に僕だけが趣味に浪費している人間、というわけじゃないと思います」

 

女「うまいこと言うわね」

 

男「じゃあ、こう考えてみてよ。僕が風俗で数万円使って快感を得るのと引き換えに、お菓子作りにお金をかけて快感を得ているわけ。どう?どっちがいい趣味だと思うよ?私は断然、お菓子作りだと思うなあ」

 

女「……意味わかんない。そのお金を『君が喜ぶ顔をみるために使う』、って言ってくれる方が、よっぽど立派な彼氏だと思うよ」

 

男「……うまいこと言うね」

 

 

まあ、それは言い返せませんねえ……(苦笑)

 

 

 

 

 

女性の門をたたく

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この画像をみて、あなたは何を感じますか?
















本当に新しいことを発見したいなら、別の場所に行くことではなく、新しい目を持つことだ。

マルセル・プルースト

 

美しさは女性の「武器」であり、装いは「知恵」であり、謙虚さは「エレガント」である。

ココ・シャネル

 

人は女に生まれない。女になるのだ。

シモーヌ・ド・ボーヴォワール

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日。

 

 

ビリリリリリリィ

 

 

「あーい!!!」

 

 

 

足首に貼ったシップをはがす。

 

 

 

運動した後にシップを貼ることがある。ひどい痛みを感じるときには朝にシップを貼り、会社から帰って風呂に入る前などにシップをはがすことが多い


シップが効いているのかはわからないが、これまで大きなけがもなく運動することができている。

 

 

 

……ただこのシップが悩みの種となっていた。これは、男特有の悩みといってよいだろう。すなわち

 

 

すね毛

 

 

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である。

 

シップをはがすと、大量のすね毛が抜ける。すね毛は毛根と大変仲が良いらしく、引き離される際に猛烈に抵抗する。抵抗されればされるほど、激痛が生じる。

 

 

私にとって、シップはがす作業は非常に苦痛となっていた。

 

「罰ゲームだよ、コレ。というか、こんなに毛を抜いてたらかえって体に悪いんじゃないの?」

 

と、はがしたシップに張り付いたすね毛を見ていつも思う。

 

 

――

 

 

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シップをはがした後、風呂場に向かうのが日常。普段はシャワーで軽く流すだけだが、最近はめっきり寒くなったので湯船につかっている。

 

 

さて、湯船につかりながら、じっと己の足を眺める。

 

「……」

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「……」

 

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「……」

 

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「……やってみる……か?」

 

 

決して人眼を気にしたわけではない。シップをはがしたときに痛みを感じないため、という、実利的な面を考慮しただけ。


 

 

――私は、洗面台にあるアレを手に取った。

 

 

 

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「お、おお、おおおおお、お?……おおおおお――ああああ、あ!……」

 

 

この作業は18禁なので、日記に詳細を記すことは差し控えたい。なお、日記が男臭くなるのを避けるために、かわいらしい画像を載せておく。

 

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――

 

約20分。

 

「できたぜよ」

 

すね毛との決別終了。あ、せっかくなので、すね毛だけでなく、両足にある毛という毛をすべてそり落とす。(トーテムポールを守る熱帯雨林はそのまま保護した)

 

風呂場で足を洗い流す。そして、湯船につかりながら、両足を上げてみる。

 

「……ん?」

 

 

 

 

自分で自分の足を撫でてみる。

 

 

「この感じ……」

 

 

 

 

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私は、自分の下半身が女性になったことを認めた。(ahoo!)

 

 

興奮冷めやらぬまま、私は急いで風呂を出る。そして、下着をつけてスタンドミラーの前に立つ。ちょうど、下半身だけが映るように。

 

 

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「……なんか違うな」

 

いろいろと思うがままにポーズを決めてみるが、なにかが違う。毛がないという点では同じはずなのに、どうも期待するような女性的な色気を感じることができない。

 

 

……なんというか、無駄にゴツゴツしていて、無駄に太い。風呂に入っていた時は、どうやら少しのぼせていたようだ。やはり、男と女は本質的に違うようである。

 

 

 

 

 ーー

 

 

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風呂上がり後、ゴロゴロとテレビを見る。

 

 

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この時期特有の長時間歌番組。 アイドルグループのメドレーで大量の女の子が画面に映る。

 

「一人くらいテレビの外に出てきてもおかしくなさそうだなあ……ん?」

 

 

私はテレビにくぎ付け。

 

「……うーむ。うんうん」

 

 

彼女たちの歌が終わりCMになる。

 

 

私はチャンネルを変えた。そして、なんでもいいから

 

肌を出した女性

 

を探した。

 

 

 

 ちょうど、旅番組がやっていた。

 

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この時間帯の旅番組。時代を駆けるアイドルとは違い、少し落ち着いてテレビ出演も減っている女優の入浴シーン。

 

「……うーむ。いいと思う」

 

 

入浴シーンが終わると、私はチャンネルを変える。そして、通販番組を見る。

 

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四六時中やっているダイエット系サプリメントの通販。通販の商品には興味がない。私が興味があるのは、女性の姿である。

 

「……いいねえ。いいよいいよ」

 

 

私はテレビをつけたまま、ネットで画像検索。そして、肌があらわになった女性の画像をじっとみる。

 

 

 

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 「……すごくきれい」

 

 

思わずため息が漏れる。実に不思議な感覚。

 

 

 

 

 

――とどのつまり、

 

 

自分の女性の見方がハッキリと変化した感覚

 

なのである。彼女たちの肌を見ながら

 

不埒な欲望

 

ではなく

 

美しい…と思う羨望

 

を感じたのである。

 

 

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日々の多忙な仕事の中、彼女たちは人に見られることを意識し、ムダ毛の処理に多くの労力を費やしているである。いや、ムダ毛処理だけではない。服装に気を使い、化粧に気を使い、しぐさに気を使い、趣味に気を使っている。

 

自分以外の人間に『美しい女性』、もしくは『かわいらしい女の子』映るためのたしなみ

 

そんな努力を理解しようとしたことがこれまであっただろうか?いや、なかったと断言してもよい。むしろ、そんな努力をしているなんて見たくもなかった。女性はすね毛なんて生えないし、自然と美しい容姿になっていくものだと思いたかった。

 

――ただ、すね毛をそるという行動を通じ、女性たちの努力の一端に初めて触れたとき、女性の努力が

 

芸術としての美しさ

 

に見えたのである。

 



 

……もっと女性を理解したい。もちろん、男という属性を一斉投げ捨てた眼で。

 

何か開眼した気分。下手にフェミニストから説法を受けたり、寺にこもったりするよりも、いっそすね毛をそったほうがよっぽど女性心を理解するのに役立つんじゃないかしら?なんて思ったのでした。ようやく、思春期を卒業したようですね。(あ、小生、もうすぐ30歳でちゅ)

 

 

 

―― 嗚呼、なんだか無性に女性誌が読みたくなってきたわ。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

後日談。

 

 

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また風邪をひいた。

 

 

先月にひいたばかりなのに。最近仕事が忙しかったせいか?お酒を飲みすぎたせいか?

 ……それとも、足の毛をそってしまったせい……?

 

 

少なくとも、下半身は非常に涼しい昨今。足の毛が大事な防寒具であることを改めて知る。



うーむ、 女磨きは厳しいようだわ。

 




 以上、風邪ウイルスが頭まで回った日記でした。

 

チケットのゆくえ

 

 秋深き 隣は何を する人ぞ

松尾芭蕉

 

 

弱い紐帯の強み』

この説は1970年、ハーバード大学の博士課程在籍中に行われた調査に基づく。282人のホワイトカラー労働者を無作為に抽出し、現在の職を得た方法を調べたところ、よく知っている人より、どちらかといえば繋がりの薄い人から聞いた情報を元にしていたことが判ったのである。これは「よく知っている」人同士は同一の情報を共有することが多く、そこから新しい情報が得られる可能性は少ないが、「あまり知らない」人は自分の知らない新情報をもたらしてくれる可能性が高いからだと考えられた。このような「あまり知らない」間柄を「弱い紐帯」と呼び、その重要性を明らかにしたのがグラノヴェッターの功績である。

マーク・グラノヴェッター - Wikipediaより

 

 

 

 

 

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Xデー前日。

 

 

 

湯葉さん「え、チケット?」

 

事務作業をしている湯葉さん。当然、私は会話をしたことがない。

 

 

温泉卵さん「ええ。彼が貰い手を探しているそうで」

 

「……あ、ネジ営業部の焼き芋と申します」

 

湯葉「あ、お疲れ様です……何のチケット?」

 

 

怪訝そうな表情の湯葉さん。

 

「実はですね、これなんです――」

 

湯葉さん「ええっと……これって――」

 

 

 

 

 

――

 

 

Xデー5日前。日曜日の昼過ぎ。

 

 

「やっちまったなあ……」

 

 

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チケット購入サイトからのメールを見ながら、部屋の中で頭を抱える。

 

チケットぴいやぴいやをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。

ご購入いただきましたチケットの公演日が近づいておりますが、お引き取りいただいておりません。
余裕を持ってお早めにチケットをお引き取りください。

 

 

 

「すっかり忘れてた。にしても、まさか会議の日とはね……」

 

  

私がすっかり忘れていたチケットは、落語家の座り川八の輔氏(仮名)の公演であった。

 

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座り川八の輔は、いま最もチケットが取れない落語家の一人である。大阪で公演することを知り、約1か月前にチケット抽選に応募し、見事当選していた。しかし、直前になって、会議の日と被っていることに気が付いたのであった(……この迂闊さは自分でも病気なのではないかと思うほどである)

 

落語は大阪で行われるが、忌々しいことに、会議は東京で行われる。会議が終わった後に落語に行くということは、どう考えても不可能であった。 ということは、どちらかを選ぶ必要がある。

  

 

 

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短期的には圧倒的に落語勝利。ただ、今後の将来について考えると会議が僅差で勝利。……悔しいが落語をあきらめることにした。

 

 

公演が聞けないのは残念だが、さらに泣き面に蜂であることを知る。

 

  

「……うわ、払い戻しができないのかよ。5000円もしたのに……」

 

 払い戻し不可能なチケットが1枚。……さてこのチケットはどうするべきなんだろうか?

 

 

払い戻しができない以上、以下の選択肢が考え付いた。

 

①売る

②だれかにゆずる

③チリ紙にする

 

ゴウリ的な思考を持つ人であれば、

 

いかに損失を少なくするか?

 

ということに重点を置いて行動することだろう。つまり、このチケット5000円分を少しでも高く誰かに売り、損失を少なくするということである。

 

③のように公演日までに売り手が見つからず、一文の価値もないチリ紙になってしまっては、すべて無駄になってしまうわけである。少しでも高く売るには、少しでも公演になる前に売りつけるほうが得である。直前になればなるほど、買い手から買いたたかれる可能性が高い。

 

――まさに時間との闘い、最も高く購入してくれる人を探すことに躍起にならなければならない。そのためにはヤフーオークションがよいか、金券ショップがよいか、裏のネットワークを駆使して高く売りつけるか……?

 

 

 

 

……しかし、非ゴウリ的な人種である私は、このチケットを売るという発想にはなれなかった。

 

つまり、

 

②だれかゆずる

 

という選択肢を選んだ。どうせ売れたところで大したお金にならないのだろうから、

 

この5000円のチケットの価値を理解してくれる人にゆずることで、落語に行くのとは別の喜びを味わいたい

 

ということを考えたくなったのである。その方が落語っぽいでしょ?(笑)

  

 

……と言いつつ、残念ながら落語のチケットを渡して喜んでくれるような知人友人が私の身近にいない(友達は60億人程度いるのだが、落語のチケットを渡して喜ぶような人間がタマタマ思い当たらなかったのである)。

 

 

公演まであと5日。まあ、売るとなったら「もう5日しかない」となるだろうが、譲るとなると「まだ5日もある」という心地になれた。

 

 

そんなこんなでチケットを放置。

 

 

 

 

 

――

Xデー前日。木曜日。

 

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「やばいなあ……」

 

……自分の性格上、こうなることはある程度予想がついていた。

 

 

――貰い手を見つける努力を怠り、気づけば、公演日の前日となる。

 

 

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 明日は会議で東京なので、今日中に受け取ってくれる人を見つけないと、このチケットは無駄になってしまう。当然、今更このチケットを金券ショップにもっていっても、引き取ってくれるとは思えなかった。

 

 

しょうがないので、隣の部署であるミートソース部のニンジンさん(先輩男性)に声をかける。

 

「……あのニンジンさん、お忙しいところすみません」

 

ニンジン「おう、どうした?お金と女の悩みなら勘弁してくれよ」

 

「いえ……落語って興味あります?」

 

ニンジン「落語?ナニ、唐突に(笑)」

 

「いえ、あの、実は座り川八の輔の落語のチケットがございまして――、明日なんですけど、どうですか?」

 

ニンジン「え、自分で行かないの?」

 

「ええ、実は、明日うちの部署が東京で会議でして……」

 

ニンジン「あ、そうなんだ。いやあ、興味はあるけど、俺たちの部署、明日の夜に飲み会があるんだよね。少し早目の忘年会。よっぽどの事情がないかぎり、全員参加の飲み会なんだよ。だから、行けないなあ」

 

「……そうですか……あ、ということは、ニンジンさんの部署の人は誰もいないってことですね」

 

ニンジン「そういうこと。ごめんね、力になれなくて」

 

「い、いえ……」

 

 

絶望。あわよくばニンジンさんを通じて、ミートソース部のだれかに渡せればと思ったのだが、それも叶わないことがわかった。

 

はやめに金券ショップに行かなかった自分の悠長さを恨んだ。結局、このチケットは紙くずとなってしまうようだ。後悔先に立たずである。

 

 

……ただ、いつまでも後悔している場合ではない。この日も仕事は山のようにたまっている。一縷の望みに託して金券ショップを探す余裕すら、今の私にはなかった。

 

 

私は気落ちしながら、来週の出張の準備をすべく、倉庫に向かった。

 

 

――

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会社の倉庫で作業。

 

 

 

 

 

温泉卵さん「あ、焼き芋君、お疲れ様」

 

「あ、お疲れ様です」

 

 

声をかけてきたのは、マグカップ営業部の温泉卵さん(男性)。……あ、うちの会社は、違う商品を扱う部署が80部署くらいあるのである。ネジにミートソースにマグカップにリモコンに鍵にジャグリングに――。

 

 

 

だったら最初から他の部署の人にいろいろ聞いて、もらってくれる人を探せばいいだろ

 

 

と思う人は、実に早計である。

 

部署が複数あるかと言って、その全員と関わりがあるわけではない。いつぞやも記したような気がするが、基本的に人間関係は自分の部署の人たちだけで完結しており、隣の部署は何する人ぞ?という感じなのである。

 

前述のニンジンさんの部署まだ多少のかかわりがある部署なのだ。それ以外の部署はほとんどかかわりがない。そして、温泉卵さんがいるマグカップ営業部の部署は、仕事のかかわりは全くと言っていいほどない。正直、別の会社と言っても過言ではない。

 

ただ、温泉卵さんは気さくな人なので、ごくたまに倉庫で会ったときに話などをしていたわけである(倉庫は共有なの)。

 

もちろん、私の非社交的な性格上、そこから関係性が深くなるわけでもないので、立ち話以外での交流はほとんどなかった。

 

 

 

温泉卵「相変わらず倉庫作業に精を出されて」

 

「そうですね、下っ端ですから(苦笑)」

 

温泉卵「俺もおんなじだよ。お互い、雑用係は大変ですな」

 

 

 

などと、当たり障りのない会話をしていたのだが――。

 

(……あ、そうだ――)

 

 

私は温泉卵さんにチケットのことを相談してみることを思いつく。

 

「あの、温泉卵さんに相談があるんですが……」

 

温泉卵「なに?お金と女の相談以外ならなんでも聞くよ」

 

「(この前置き、みんな好きだなあ)幸い、お金でも女でも、己の営業能力の低さについてでもないです。ええっとですね、温泉卵さんって落語に興味あります?」

 

温泉卵「……落語?」

 

「はい、落語です。実はかくかくしかじかで――」

 

事情を説明。

 

温泉卵「……明日なの?明日はうちの部署が東京で会議だからなあ」

 

「あ、そうなんですか。うちの部署も東京で会議なんですよ。見事に会議ラッシュですね(またダメか……)」

 

 

温泉卵「そうねえ――う~ん」

 

 

しばし考え込む様子の温泉卵さん。

 

 

温泉卵「――あ。湯葉さんだったら……」

 

「え?」

 

温泉卵「ちょっと、一緒に来てくれ」

 

「……はあ」

 

温泉卵さんに連れられて倉庫を出る。そして、温泉卵さんが所属する部署のフロアへ向かう。フロアに向かう途中、温泉卵さんから事情を聴く。

 

 

温泉卵「――実は、うちの部署に1人、落語好きの人がいるんだよ。少し前の飲み会でそんな話になったんだよね」

 

「……でも、温泉卵さんの部署の人は会議でいらっしゃらないんですよね?」

 

温泉卵「うん。ただ、その人は例外」

 

「……例外?」

 

温泉卵「事務職の女性なんだよ。湯葉さんっていう人なんだけどね」

 

「……?」

 

 

温泉卵「――会議があるっていうのは、営業担当だけ、というわけです」

 

「……あ!なるほど!」 

 

温泉卵「もちろん、湯葉さんの金曜日の夜に予定が入っていたらそれまでだけどね」

 

 「は、はい!」

 

 

――

 

温泉卵さんの部署のフロア。

 

 

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湯葉さん「え、チケット?」

 

事務作業をしている湯葉さん。当然、私は会話をしたことがない。

 

温泉卵さん「ええ。彼が貰い手を探しているそうで」

 

「……あ、ネジ営業部の焼き芋と申します」

 

湯葉「あ、お疲れ様です……何のチケット?」

 

 

怪訝そうな表情の湯葉さん。

 

「実はですね、これなんです――」

 

湯葉さん「ええっと……これって――!座り川八の輔のチケットじゃないですか!

 

「そうなんです。実はかくかくしかじかという事情で、貰い手を探しておりまして――」

 

湯葉さん「え、いいんですか!?よろしいんであればぜひ!」

 

 

温泉卵&私「わーいわーい」

  

 

 

湯葉さん「このチケット、おいくらですか?」

 

「あ、いや、代金は結構ですので。そういう予定でしたので」

 

湯葉「は?はあ」

 

ということで、落語が好きで、チケットの価値を理解してくれる人にお渡しすることができたのでしたとさ。

 

チケットも喜んだことでしょう。もちろん、代金はいただかない。それが大人のエチケットでしょう。貰い手がいてくれただけで十分に儲けた気分ですから、けち臭い話はこの際なしにしましょう。

 

 

 

 以上、どんなつながりが重要になるのか、わからないもんだなあ、と思った出来事でした。

 

 

……え、オチ?

 

 

 

 

 

 

 

 

ええっと、『今日の日記』とかけまして、『できる男が優先しているもの』と説く。その心は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「どちらも『えちけっと』から始まるでしょう(え、チケット?、エチケット)

 

 

 

……おあとが苦しいようで。

 

 

 

ケーキを食べればいいじゃない?

 

 

完全を求めることは、人間の心を悩ませるこの世で最悪の病である。

ラルフ・ワルド・エマーソン

 

 

つまんねえ女。思春期の私は心のなかで毒づいた。自分のケーキがいかほどのものだと思っていやがんだ。世界には、いや世界にまで出向かなくとも、大通りの古びたケーキ屋ですら、あんたが百年かかっても作れないおいしいケーキがわんさとあるのにさ。五百円かそこらでそれは手に入るのにさ。

角田光代『薄闇シルエット(ホームメイドケーキ)』より

 

 

日曜日。

 

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ケーキを作ろう

 

 

ふいに思い立つ。風邪で寝込んでいるのもばからしくなってきた日曜日の朝である。

 

作ろうと思ったのは、もちろんショートケーキ。今日はショートケーキ日記である。いつものような素晴らしい教訓や、多く賢人たちの共感を呼ぶ反省は一切ない。ただのショートケーキ日記である。美しきマダムたちよ、温かいミルクティーのご用意を。 (あ、男子禁制なんで)

 

 

 

――

 

10時。ケーキ作り開始。まずはスポンジ生地から。

 

 

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(ブラックコーヒーを飲みながら優雅に)

 

うん、そこそこうまく焼けた。さて、冷ましたこいつをぶった切り……カットしたいと思います。

 

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 3枚おろしなり。

 

 

 

 

 

 

――

 

トッピングの前に、キルシュ&シロップでアンビバージュ。

 

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(こいつでしっかり濡らしてやりますよ、奥さん)

 

 表面をしっかり濡らし、クリームをたっぷりかける。

 

――

トッピング。

 

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(イチゴってなんでこんなに高いんだろうね……)

 

 

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 (独身貴族の底力である)

 

 

この上にさらに生クリームを塗る。更に2段目、3段目と続けます。(急に省略)

 

――

 

 

ケーキ全体に生クリームを塗り終える。そして、いよいよ仕上げにかかろうと思った、その時である。

 

 

 

 

「……あれ?アレはどこにやったっけ?」

 

 

 

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(アレ) 

 

 三角のアレがない(正確には『三角コーム』という)。

 

 

 

部屋中を探す。一度も使ったことはないのだが、1年ほど前、100円ショップで買ったので、家の中にあるのは間違いない。ただ、最近キッチン棚を思いっきり掃除したので、その際にどこかに紛れてしまったようである。

 

5分ほど探したが、どうしても見つからない。

 

 

(……これ以上、ケーキを常温にさらしておくわけにもいかないなあ。)

 

 

 

お菓子作りは時間との戦いなのである。(知ったかぶり)

 

 

(ま、まあ、アレを使わなくたってケーキはできるし……)

 

と自分に言い聞かせようとする。

 

……しかしここで自分の中の完璧主義者が顔を出す。

 

 

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「本当にそれでいいのか?高いイチゴを買い、高い生クリームを買い、高いバターを買った。多額の投資をしたのに、中途半端な出来でよいのか?何より、『タイム・イズ・マネー』、多くの時間を費やしてここまでたどり着いたのだ。それなのに、中途半端なケーキを作ってよいのか?そもそも『画竜点睛』という故事成語を知らぬのか?ここでアレを使わないと、すべてが台無しになるのではないか?」

 

 

……

 

 

「……仕方ない」

 

 

ということで、冷蔵庫に途中のケーキを慎重に入れる。エプロンとバンダナを脱いでパーカーに着替え、ボサボサの頭で家を出る。そして、歩いて10分のところにある100円ショップに向かった。

 

 

――

 

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「……ない。アレがない」

 

 キッチンコーナーを何度も確認。しかし、残念ながら三角のアレはどこにも見当たらなかった。

 

 

(なんでおいてないんだよ!ふつうどの店にも置いてあるでしょうか!)

 

 

と心の中で地団駄を踏んだ。そして、再度店内で悩む。

 

(……もう、やめない?別にアレを使わなくてもケーキはできるわけだし……。これ以上時間をかける必要はないんじゃないの?)

 

と思う。

 

……しかし、完璧主義者が再び頭に浮かぶ。

 

 

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 「男が一度やると決めたら最後まで徹底してやるべきだ。画竜点睛という故事成語があるように――」

 

 

 

……

 

 

 

 

「しかたない……」

 

 

結局、この店から歩いて30分先にある、別の100円ショップへ向かうことにした。(余談ですが風邪引き中です笑 )

 

 

 

 

――

 

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(そのⅡ) 

 

 

 

(……うそでしょ)

 

 

 

……この店にもアレがなかった。もう、どこの百円ショップにはおいてないものなのでは?という根本的な迷いが生じる。

 

 (もう、フォークか何かで代用したら?できないことはないでしょ?できる主婦はみんなそうしてるんだと思うよ。アイデアは常に窮地によって生まれるもんだよ)

 

 

……しかし、再度、彼が顔を出す。

 

 

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 「画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛画竜点睛」

 

……

 

 

 

 ……というわけで、そこからさらに歩いて10分のところにある100円ショップへ。ここになければ、もう電車を使って製菓専門店にまで行こうと思った。

 

――

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 (そのⅢ)

 

 

 

おそるおそる、キッチンコーナーに向かう。

 

 

 

 

 

私は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「あ、あった!!」

 

 

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(アレがコレ)

 

 

アレはあった。

 

 

やっぱりダイ〇ーはすばらしい。ステマと言われても私は構わない。皆さん、100円ショップと言ったらダイ〇ーですよ!

 

というわけで、1時間半ほどのアレ探しの冒険を終え、家路につく。

 

 

――

 

ケーキ作りを再開。アレを使ってデコレーション。

 

 

 

 

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 (どこにアレを使ったか、わかる人にはわかるかしら苦笑)

 

 

とりあえず、無事に完成。……まあ、アレを必死で探し求めるような出来栄えでもないですね(苦笑)。でも、何とも言えぬ充実感。ついでに、クオリティの高い料理日記を継続している方々のすごさを実感したのであった。

 

 

 

 ――

さて、実食。

 

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(今日はダージリンでいただきますのよ)

 

 

「うん、大体想像通りの味!」

 

このもっさりとした野暮ったいケーキの味、たまに食べるとたまりませんな。風邪をひいているので、生クリームが重かったですが(笑)

 

 

ケーキ作りはやっぱり奥が深いですな。

 

 

 

 

オ・シ・マ・イ。

 

 

 

 

 

追伸

 

余ったケーキの処分に困る。……正直、一切れで十分です(涙)冷蔵庫に居座る食べかけのケーキ(ほぼ手付かず)が、今は実に忌々しい。

 

 

 

 男独りの寂しさも実感したのであった。

 

 

 

カゼは天下のまわり物

 

 

私たちはなぜこのけちな伝染病を気にかけるのだろう。もちろん、一回一回の罹患そのものは大したことではない。けれども、一人の人が平均寿命のうちにこの取り立てて悪性でもない病原体に苦しむ期間を合計すれば、およそ五年間にわたって鼻づまり、咳、頭痛、喉の痛みに襲われ、大まかに言って一年間床につく計算になる。

ジェニファー・アッカーマン『AH-CHOO!:The Uncommon Life of Your Common Cold (邦題)かぜの科学 もっとも身近な病の生態』

 

 

私は病いが癒えていく時期を好む。この時期があるからこそ病気もまた悪くないと思えるのだ。

ジョージ・バーナード・ショー

 

 

 

 

 

今週は火曜日から木曜日まで出張であった。

 

――

 

 

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得意先①「いやあ、今は風邪が流行ってますね」

 

「そうですね。一気に気温が下がりましたからね。うちの事務所でも流行ってますよ。ほかの企業さんに行っても同じことおっしゃいますね」

 

得意先①「うちは開発員が僕だけになっちゃって、急な仕事が全部自分に来ちゃってるよ。バカはいつも損をするね(笑)」

 

「何をおっしゃいますか(苦笑)それにしてもお忙しいときにすみません」

 

 

――

 

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得意先②「いやあ、すみません、見苦しい姿で(マスク姿)」

 

「いえいえ――風邪ですか?」

 

得意先②「いや、風邪じゃないんですけど、うちの会社内で風邪がものすごい流行っていて、マスクが必須の状態なんですよ」

 

「それはそれは――」

 

得意先②「工場でも風邪が流行っていて、大変ですよ。ただでさえ人員不足なのに……。だから、開発員も現場に駆り出されているんです」

 

「なんだかお忙しいときにすみません……」

 

得意先②「いやいや、商談という用件があれば現場に行かなくて済みますから、むしろ感謝ですよ(笑)」

 

 

――

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受付嬢「いらっしゃいませ……ゴホゴオオ」

 

「お世話になっております。サツマイモ㈱の焼き芋と申します」

 

受付嬢「お世話になっております。ゴホゲホ――失礼しました」

 

「ええっと、16時に開発のイチゴ大福様とお約束いただいております」

 

受付嬢「承知しました。商談室②にてお待ちください……ブホホホホ」

 

 

商談室に移動して待機。商談内容を頭の中で確認しながら過ごす。

 

 

――10分ほどすると、先ほどの受付嬢が商談室に訪れる。

 

受付嬢「……あの、申し訳ございません。イチゴ大福なんですが、本日は体調不良で急きょ休暇をいただいておりまして。ゴホゲホ」

 

「あ、そうですか。わかりました、本日は失礼いたします」

 

受付嬢「お伝えするのが遅れてしまい、大変申し訳ございません、グフグフ」

 

「いえいえ(それよりも貴女もお帰りになっては……?)」

 

――

 

木曜日。17時半。

 

「これですべて終了!よく頑張りました、ってか」

 

3日間の出張商談を終えた。ここから3時間かけて事務所に帰ることになる。この移動が大変なのである。過ちを犯さぬよう、ゆっくり安全運転で帰ろうと思った。

 

 

 

……と、その時。

 

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「……この感じ。オレもか」

 

 

己のノドに違和感を抱く。風邪との付き合いももう長い。自分がこれから風邪をひきそうだという予兆をつかむことができるようになってきた。

 

(今回はノドか……)

 

諦観、の一言である。

 

事務所にたどり着くころには、すでにノドに違和感が強くなる。営業車を事務所に置いたら、すぐに自宅に帰った。 

 

 

 

――

 

翌日。金曜日。

 

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案の定、風邪を引いてしまった。

 

 

……ちなみに、本当に偶然なのだが、半年ほど前から金曜日を有休にしていた。特段何かしたいことがあったわけではないのだが、会社からの命令で有休をとらなければならなかったのである(社員にちゃんと有休をとらせるのが目的とのこと)。

 

 

というわけで、会社にそこまで迷惑をかけることなく、療養のための休暇を取ることができたのであった。

 

 

 

朝起きて、まずは風邪の症状を把握してみる。

 

【症状】

①のどの痛み

②鼻水、鼻づまり。

③若干の倦怠感とのどの渇き(昨晩に服用した風邪薬の影響?)

 

発熱無し、寒気無し、吐き気無し、腹痛も下痢も無し。

 

 

……まあ、大した風邪ではなさそうだ。でも、ひき始めこそ大事、ここでちゃんと療養すればすぐに治るし、放っておくと一気に悪化するものである。

 

 

 

かぜの科学:もっとも身近な病の生態 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

かぜの科学:もっとも身近な病の生態 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

 

昔読んだ『かぜの科学』という本。

 

久しぶりに本棚から引っ張り出してベッドの上で読む。風邪をひきながら風邪の本を読むという、何とも贅沢なひと時よ。内容はいたってまじめなものだが、文章の面白さにぐいぐい引き込まれる。

 

 

以下、些細ながら備忘録。

 

・唾液を通して感染を起こすのはほかの経路の8000倍という量のウイルス。大半の風邪ウイルスの場合、鼻と眼が侵入口となる。(鼻をほじると風邪ひきまっせ)

 

小さな子供は風邪ウイルスを培養しやすい。よって小さな子供は風邪をひきやすい。さらに、小さな子供を身近に持つ家族も風邪をひきやすい。(パパママは大変だ)

 

・風邪の諸症状はウイルスの破壊的影響ではなく、ウイルスに対する身体反応の結果。換言すれば、風邪は私たち自身がつくり出していることになる。体細胞がサイトカインと呼ばれる化学物質の複雑な混合物を放出することに尽きる。

 

ウイルス→体が感知→体細胞がサイトカインを放出→体中にサイトカイン→免疫反応を活性化→白血球による病原体攻撃、咳、鼻水、痛みなどの体の防御作用(適応免疫反応)

 

・風邪をひきにくい人というのは、風邪をひかないのではなく、ウイルスに対しての防御反応が小さい人。ある意味で「風邪をひきにくい=風邪に対する免疫系が弱い」。免疫系が過剰に働く人ほど、「風邪をひきやすい(風邪症状がでやすい)人」ということになる。

 

 


〇風邪を治しやすくする方法

・風邪に効くと実証された方法はほとんど存在しない。ビタミンCもハーブもニンニクも、具体的な効果は証明されていない。


・筆者は、最も効果的な方法として「友人や家族の愛情に満ちた看病、医師の共感」をあげている。

→副作用もなく、風邪の期間が一日短くなるという研究も。

 

〇最後に

風邪は決して悪ではない。風邪をひいている間、ほかのウイルスに感染する可能性は著しく下がる。また、疲れた体に(半ば力づくで)休息を与えることができる。

 

――

 

……風邪とは何とも不思議なものよ。風邪について興味を示すと、鼻詰まりや咳も愛おしいものに感じてしまうから不思議である。――なんて、熱めに淹れたお茶を飲みつつ、この日記を記した土曜日なのでした。日記が書ける余裕があるんだから、そのうち治るでしょう(笑)

 

 

 

皆様も体調にはくれぐれもお気を付けて。鼻は極力ほじっちゃだめよ?……特に小さなお子さんがいる方々はね。

 

 

 

 

 

絶望は突然に

 

 

 絶望、それは献身の双生児である

 アルジャーノン・スウィンバーン

 

 

人間って闇の底に突き落とされて初めて小さな光を知るんじゃないかなって思う。

佐村河内守

 

 

 

 

 

 

 

憔悴しきっている私の前に人事担当者。

 

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総務部「――それでは、改めて焼き芋さんの車両違反を確認します。一般道におけるスピード違反で3点、携帯電話使用2点、赤信号時の信号無視で2点。累計7点」

 

「……はい」

 

総務部「後は点数にかかわらないけど、免許証不携帯で罰金3000円ですね。罰金の累計は39000円です。当然、こちらは全額焼き芋さん負担となります」

 

「……もちろんです」

 

総務部「そういえば、あなた、すでに過去の違反で点数がたまってますね。今回の違反の前に5点分加算されていましたね」

 

「……」

 

総務部「焼き芋さん、間違いないですよね?」

 

 

「は、はい」

 

総務部「今回の一連の違反と合わせて、累計12点。90日間免停ですね」 

 

「……」

 

総務部「とりあえず課長と部長を呼びましょうか」

 

――

 

 

 

コンコン

 

課長「……」

 

部長「おい、焼き芋。お前どういうこと?(半笑い))」

 

「す、すみません……」

 

課長「すみませんじゃなくてさ、まずどういう経緯で違反したのかを説明しないと」

 

「す、すみません……ええっと」

 

部長「いや、いいよ。事情は総務部から全部聞いてるから」

 

課長「……」

 

部長「お前さ、営業としての能力を問う以前に、社会人として失格だろ」

 

「……」

 

部長「……俺たちはさ、子供のおもりしてんじゃないんだよ。それくらいはお前、わかるよな」

 

「は、はい」

 

部長「――もういいよ。お前、営業から外れるしかないね。だったそうだろ?車に乗れない営業なんて、使い物にならないだろうが」

 

「で、でも、電車を使うとか」

 

課長「まだそんなこと言ってんの?お前ほど問題抱えている奴、前例がないんだよ。笑えないよ」

 

 総務部「言葉はある程度慎んでください。今の若者は、すぐにパワハラだの言ってきますので」

 

「い、いえ、そんなこと僕は」

 

部長「そんなこと言えるわけないよな。今の状況で。まあ、もうどうでもいいよ。営業は無理。少なくとも、うちの部署からは外れてくれ」

 

総務部「その判断は一度総務部で話し合います。ただ、部長の言っていることは的外れでないことはわかりますよね?」

 

 

 

「」

 

 

ーー

 

会議室を出ると、同い年くらいの従業員が、いつものように愚痴を話しているのが聞こえた。

 

従業員A「なんでこんなにめんどくさい案件が一気に立て込むわけ。嫌がらせでしょ(笑)」

 

従業員B「クレーム対応本当に気が進まないわ。俺はこんなことをするために会社に入ったんじゃないんだからさあ」

 

 

という、実にありきたりな内容。そんな会話をしている彼らがとてもうらやましく思えた。もはや自分には、そんなことを思う権利すら失われた。

 

 

 

――転職って、どうやって進めればいいんだっけ……?そう思わざるを得なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……夢?」

 

 

ベッドの上。カーテン越しに明かりが漏れる。 

 

 

絶望的な夢。起きた直後は、どちらが現実なのかわからなかった。少しして、

 

免停になって折檻されていたのが夢だった

 

ことを確信。ほっと胸をなでおろす。

 

 

 

……こういう悪夢は時折見る。仕事で大失態をしたり、なぜか裁判で負けて犯罪者になったりする。ひどいときには人を殺して死刑になった時もある。

 

こういう絶望感たっぷりな夢は、『どうせ夢なんだろ』という感想を持つこともない。実感が伴い、起床後も鮮明な記憶として残る。

 

 

 

これは後味が悪い夢?…いや、そんなこともない。 

 

 

 こういった夢を見た後の気分は、決して悪い心地ではない。むしろ、ホッするというか、安堵感に包まれる。大事件の前に時間を巻き戻したような気持ちだろうか?今までの普遍的な日常が、心満たされた世界に変わる。

 

 一方で、時折味わう夢の中の絶望感は、自分を戒める強力な効果がある。今回の車両違反の例でいえば、

 

これからは車の運転を気を付けないと

 

と強い気持ちとなる。

(これは、麻薬にはまったことで絶望的な未来が待っているのを描いた作品を見た後に、「麻薬なんて絶対にやらないようにしよう……」と思う感覚に近いかもしれない。)

 

更に言うと、車両違反した人の気持ちを十分に理解したくなる。失敗するのは他人事ではないのだから。失敗してしまった人にやさしくできる人は、過去に同じような失敗をした人ということだろう。

 

 

あくまで考察レベルではあるが、絶望の疑似体験は

 

①今がいかに満たされているかを感じる効果

②絶望に近づく行動をしないための抑止力効果

③失敗した人を責めるのではなく、理解する努力をする効果山本周五郎効果と呼ぼう)

 

があるのかもしれない。

 

とすると、今回のような悪夢も、一概に悪いものとは言えないように思う――というか、かなり良いものに思う。 夢を見ている間はまさに「絶望」だが。

 

 

 

 

……しかし、自分の脳みそは、何故こんな夢を己の意識に見せたのだろう? 

 

 

 

 とてもFU・SHI・GI。 

 

 

 

 

 

失われた記憶

 

 人間よりは金のほうがはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です。

尾崎紅葉

 

 

みんなが正直であればいいんです。そのほうが得なんです。そうすればみんなが救われるんです

ライアーゲーム』より

 

 

 

 

 

 

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3か月前のこと。

 

課長と同行営業。取引先であるカリアゲ商事に夏季ご挨拶。

 

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 (酒は飲んでません) 

 

 

 

何事もなく挨拶を終え、そのまま車で事務所に戻ることなった。

 

課長「そろそろ昼だし、そのままどこかで昼ご飯を食べてから帰るか」

 

「そうですね。どこがよろしいでしょうか?」

 

課長「そうねえ、とりあえず車を出してくれ。助手席で適当に探してみるから」

 

 

 

営業車に乗る。私が運転、課長は助手席に座り、スマホで飲食店を検索し始めた。

 

課長「今日はカレーの気分だな。ここから少し行ったところに評判のカレー屋があるみたいだから、そこに行ってみよう」

 

「承知しました」

 

 

課長が行きたいというカレー屋へ向かう。少しして目的地に無事到着するが――。

 

 

「――あ、駐車場がないですね。どうしましょう?」

 

課長「そうねえ……。まあ、いいよ。適当に近くの駐車場に停めてよ」

 

「承知しました」

 

パーキングを見つけ、そこに車を停める。

 

 

 

――

 

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店主「アリガトーゴザイマシター!!」

 

カレーを食べ終え、駐車場に向かう課長と私。

 

 

「カレー、どうでした?」

 

課長「う~ん、まあ、なんというか……普通だな。悪くないけど、特段記憶に残る感じでもないな。お前は?」

 

「まあ、そうですね。でもまあ、おいしかったですよ。パーキングに車を停めてまで食べに来たいとは思いませんが(笑)」

 

課長「そりゃそうだろうな……あ、雨が降ってきた。早く戻ろう」

 

 

――

 

車に戻り、駐車場代を払う。 駐車場代200円。

 

課長「あ、いいよ。俺払うから……って、悪い悪い、細かいのがないや。さっきのカレーで使っちゃったんだよね。まあ、後で払うからここは払ってもらっていい?」

 

「わかりました。あ、でも100円でいいですよ?」

 

課長「そうはいかんよ。この店がいいっていったのは俺なんだから」

 

「すみません、ありがとうございます。それではとりあえずここはまとめて払っちゃいます」

 

課長「うん。後でちゃんと請求して

 

ということで200円を払い、そのまま事務所に戻ったのであった。

 

 

 

 

些細な夏の出来事である。

 

 

 

――

 

今日。夕刻。

 

外勤から戻り、事務所にて内勤していると、隣に座っていた課長に声をかけられる。

 

 

課長「――なあ、焼き芋よ」

 

 「はい?」

 

課長「10月中旬にさ、お前と一緒に出張しただろ?」

 

「はい。ホンニャラごっこ株式会社にプレゼンに一緒に行きました。はい」

 

課長「そう、それ。あの日ってさ、朝に事務所を出て、新幹線で最寄り駅まで行っただろ」

 

「はい。ホゲホゲ駅でプレゼンの打ち合わせをしました」

 

課長「そうそう。それで、ホゲホゲ駅近くのファミレスで打ち合わせしながら昼食をとっただろ?」

 

「はあ」

 

課長「あの時、2人してパスタを食べたの、覚えてる?」

 

「はあ」

 

課長「確かお互いナポリタンを食べたけどーーまあ、なんだ。あれだ」

 

「……」

 

課長「――」

 

 

「…………あ!!」

 

 

私はその時のことを思い出す。

 

――

 

10月中旬。

 

 

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あの日は、プレゼンの打ち合わせをしながら、二人して同じナポリタンを食べた。

 

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「コウコウこうなって、この段階でこれを見てもらうこととなります」

 

課長「なるほどね。いいんじゃない?ところで、この時に使うポケットティシュって用意してある?」

 

「あ!忘れてました!」

 

課長「しょうがないなあ。まあ、気づいてよかったよ」

 

「近くのコンビニで買ってきます。購入したらここに戻りますね」

 

課長「わかった。まあ、気を付けて」

 

――

 

「行ってきました。無事に必要量、手に入りました」

 

課長「よかったよかった。じゃあ、まあ、行こうか。とりあえずここの支払いは払っといたから」

 

「あ、すみません。後で必ず返しますので」

 

課長「うん。まあ、時間もないしボチボチ行くか」

 

あの時の昼食代は課長に出してもらった。別におごってもらうつもりではなく、時間の節約のためにまとめて払ってもらっただけ。

 

 

 

 

 

……だったのだが。

 

 

 

払ってもらっていたことをすっかり忘れていたのであった。

 

――

 

 「し、失礼しました。返すといっておきながらすっかり忘れてました。あのときのナポリタンって、いくらでしたっけ?」

 

課長「ええっとね、俺もちゃんと覚えていないんだけど、確か800円くらいだったと思うよ。」

 

 「正確に払わせてください。ファミレスのHPを見ればわかりますから」

 

 

課長「いいよいいよ、そこまでしなくても」

 

「あ、すみません、それじゃあ――」

 

 

と思い、課長に800円を渡す。

 

課長「確かに受け取った。なんていうの?こういうのは忘れるとアレだからさ(笑)」

 

「そうですね。絶対に忘れちゃいけないやつです。言っていただいてありがとうございました」

 

課長「うん」

 

ということで、再び内勤に取り組む。

 

 

 

……と、これで終わればいいのだが、私の中でずっとモヤモヤしていた気持ちを吐き出したくなった。このタイミングを無くしたら一生問いかけるチャンスがないと思ったのである。

 

 

「……そういえば課長」

 

課長「ん?」

 

「あの、今更で本当にアレなんですけど」

 

課長「ん?」

 

「さっきのナポリタンと関連して、ついでにお伝えしておきたいことがあります」

 

課長「うん?」

 

「今から約3か月前。夏のころですけど。一緒にカレーを食べたこと、覚えてます?」

 

課長「カレー?夏に?」

 

 

課長はキョトンとする。私は続ける。

 

 

「はい。カリアゲ商事に一緒に夏のご挨拶に行った時です」

 

課長「カリアゲ商事に行ったことは覚えてるよ。でも、カレーなんて食べたっけ?」

 

「食べたんです。ちょうど事務所に戻る帰りがてら、課長が調べたカレー屋さんに行きました」

 

課長「ふ~ん。まあ、あんまり覚えていないけど、それがどうしたの?」

 

「そこのカレー屋に行くと、駐車場がなかったんです」

 

課長「?」

 

「そこで、近くのパーキングに停めました」

 

課長「……?」

 

「その時のパーキング代、覚えてます?」

 

課長「……いや、あんまり覚えていないなあ」

 

本当に覚えていない様子。私は続ける。

 

 

「パーキング代は200円でした。その200円はとりあえず僕が払っていたんですけど、その時に課長が『あとで俺が払うから』と言っていたんですが、今思い出したら、それ、払ってもらっていなかったなあ――なんて(笑)」

 

課長「……そんなことあったっけ?(笑)」

 

「ええ、あれは雨の日でした。課長は昼食に食べたカレーをあまり評価してませんでした。僕は普通においしいと思いました。店主が妙に陽気でした」

 

課長「……」

 

「まあ、ちょっと思い出しただけなんですけどね。お忘れならば、まあなかったことに」

 

課長「いや、それは払うよ。ごめんごめん、すっかり記憶から抜け落ちてた。じゃあ、さっきもらった800円のうち200円返すよ」

 

「いや、100円で大丈夫です。これは本当に」

 

課長「いや、いいよ。200円返す(笑)」

 

「いや、本当に100円でいいですって」

 

課長「いいから、本当に」

 

「……あ、なんだかすみません」

 

 

 

ということで、課長から200円もらう。

 

 

 

 

 

 

 

お金というのは、金額の大小にかかわらず、貸した側と借りた側の記憶に齟齬が生じるもののようである。

 

 

おしまい。

 

 

 

追記

……ただ、このタイミングで課長に請求した自分に自己嫌悪を覚える。よく奢ってもらったり仕事で迷惑をかけているのだから……もう忘れてもいい金額だったよなあ(苦笑)