ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

マラソン前の無秩序(北海道マラソン2018 前乗り)

 
金曜日。
 
東京本社での会議を終えたらすぐに駅に向かう。向かう先は羽田空港
 
 

すぐに受付に荷物を預けるとともに、従業員の方に運航状況を確認。
 
「はい、台風の影響も、今のところはないと思われますので、通常通りの時刻で運行する予定となっております」
 
 
ほっと胸をなでおろす。
 
 
と、その時、携帯電話が鳴る。登録のない番号、でも、何度か見た事があるような番号。
 
はてな
 
なにか嫌な予感がしつつ、電話に出る。
 
「ーーはい」
 
「あ、こんばんわ。〇〇生命のセイホです!焼き芋さん、今お時間よろしいですか?御無沙汰してます。三カ月ぶりくらいでしょうか?その後、
いかがお過ごしでしょうか?」
 
「ええ、特に変わりなく(嫌な予感はこれか・・・・・・)」
 
 
 
 
平日の昼休みの時間帯、よく我が事務所の出入り口にいらっしゃる生命保険の女性営業(通称、生保レディ)の方である。一度、昼食後に事務所に戻った時に声をかけられ、それ以降、定期的にお電話をいただいている。
 
言っておくが、私は生命保険に入る予定は今の所ない。最初お会いした時も丁重に断った。……しかし、私の伝え方が悪いのだろうか、その後も定期的にお電話をいただく。その度に曖昧にはぐらからす。
 
 
 
興味ないから、もう電話かけなくてもいいですよ
 
と言わないは、私の愚かしい性格ゆえである。
 
 私も営業関係の人間なので、上のような断り言葉は結構傷つくのである。特に、若ければ若いほど傷は深くなるだろう。今回私に電話をかけてきた女性営業も、おそらく入社2〜3年目。この人を傷つけても、私は何の責任も負えないしね。仮にそれをバネに更に一生懸命提案されても、多分私は生命保険に入らないし。
 
 今のように曖昧に返し、この女性営業が私の営業活動をやめてくれることを祈っているのである。生命保険なんて成果主義の面が強いだろうから、私の相手なんかさっさと辞めて、少しでも別の人に営業をかけてほしいものだ。(生命保険の営業にとって、一番迷惑な客って、私みたいなやつかもね)
 
 
「焼き芋さん!最近お変わりなく過ごされていますか?あ、まだマラソンに精を出されていますか?今年の大阪マラソンは出られますか?」
 
「(俺、この人にマラソンの話したんだっけ?)ええ、まあ、そうですね。大阪マラソンは出ないですけど」
 
「あ、そうなんですね。ーーそれで、どうでしょう?またよろしければ保険のご説明にあがれればと思うんですが」
 
「(まあ、そうなるよな)そうですねえーーただ、最近ちょっと忙しくてなかなかゆっくり検討も難しくて」
 
「そうなんですねーーちなみに、来週だとどうでしょう?本当に資料をお渡しするくらいなんですが」
 
「そうですねえ(おお、強行突破か)ーーあ、すみません、ちょっとこれから飛行機に乗らなければならなくて…」
 
「え、飛行機ですか!?それは失礼いたしました。ちなみにどちらにいかれるんですか?」
 
「北海道なんですよ。それも、おっしゃっていただいたマラソン目的です」
 
「マラソン?え、そうなんですか!?それはすごい、へえええ!すごいですね!頑張ってきてください!!お応援してますから!日程についてはまたよろしくおねがいしますね」
 
「はい、頑張ります。ではすみません、失礼します」
 
「失礼します!」
 
解放されたことに安堵。しかし、マラソンのことは言わなくても良かったなあ、と、いろんな意味で後悔。
 
 
その後、羽田空港内の蕎麦屋に入り、晩御飯を食べる。
 

(ネギトロ丼セット。もちろん、お酒なんか飲みません。尿酸値下がるまでは)
 
 
 
さて、腹を膨らませた後、私は羽田から北海道の新千歳空港に飛び立ったのであった。
 
 
 
北海道に来た理由、それは先ほどの生保レディとの電話にもありましたとおり、マラソン関係です。そう、8月下旬の夏の時期に開催される
 
 
です!
 
 

 
 
参加規模:約20,000人
 
かなり大規模なマラソン大会で興奮!
 
 
8月24日(金)の夜に北海道の千歳に宿泊。そして、8月25日(土)は前日受付のために札幌に赴く。
 

 
(天気は雨がパラパラ。大阪と比較すると寒いくらいですね。でも、走るんだったら快適そう。)
 
 
受付を終えた後、しばらく札幌をぶらぶら。そして、昼過ぎに宿泊先がある千歳駅へ。
千歳駅に着いたら、前にも一度訪れた水族館に行く。(前が結構楽しかったんですよ)
 

(魚達の群れはずっと見てても飽きない)

(魚さん達のレースです)

 (千歳川を生きる野生の魚さん達まで見えます)
 
 
 
魚たちが群れで泳いでいる姿は、むしょうに心が惹かれる。とても不思議な動きを見せるけど、それを指揮するのは、単純ないくつかのルール。群が描くスケールからはまるで想像できないが、言われてみればそんなものなのだ。
 
 
無論、魚達は群のことなど考えてもいないことだろう。ちょうど、マラソン大会に参加するランナー1人1人が総和で作るランナー群の存在など、まるで興味がないのと同じように。でも、ランナー群も、調べてみると、意外と面白いかもしれませんね(ーー面白いっていえや!!)。
 
 
 
 
さて、明日は北海道マラソン!いつものようにグダグダ走りたいと思います。無事晴れますように!!
 
 
グダグダ感が今日の日記に出てますね(特に生保レディの話、全然いらんやんけ)。
 
 
 
 
 
 
 
 

尿酸、異常事態

 
 
 

 
 
昼前。
 
事務所にて産業保健師と面談。
 
産業保健師「はい、焼き芋さんね。一ヶ月前に受診してもらった健康診断の結果が出ましたので」
 
「はい・・・・・・」
 
産業保健師「だいたい健康的ね。ほとんどAよ。あ、君、よく走っているんだっけ?」
 
「本格的ではないですが、週に数回程度は」
 
産業保健師「理想的な習慣だと思います。あ、そういえばお茶が好きなんだって?」
 
「まあ、偉そうなもんでもないですが、毎日好き好んでお茶は飲んでますね」
 
産業保健師 「お酒は?」
 
「・・・・・・しばしば」
 
産業保健師「ほぼ毎日、っと。量は?」
 
 
 
 
 
その後も雑談を交えながら、私の食生活や睡眠時間、職場環境などをチェックされる。
 
産業保健師「なるほどねえ。食生活、崩壊してるわね。まさに独身男性の典型的な好き勝手で乱れきったものだわ。見事な偏食っぷりと不規則な食事、そして
アルコール摂取量の多さーーせっかくの運動習慣やお茶習慣も台無しね」
 
「……うっ」
 
 
産業保健師「今は若いから数値に出てないけど、この食生活を続けていたら、必ず近い将来、ボロボロと症状が出てくるわよ」
 
「は、はあ……(まあ、症状が出たら考えたらいいでしょう)」
 
産業保健師「ちなみに、要指導事項なのがあるわね。まさに今伝えた食生活由来の問題だと思うけど。ほら、尿酸値がかなり高いわね」
 
「…尿酸値?」
 
産業保健師「去年も6.7と高かったけど、今年は7.9ーーねえ、痛風になっちゃうわよ。このままだといつ発症してもおかしくないわね。基準値をしっかりと超えてるし」
 
痛風ですか?でも、痛風って、なんか中年のおじさまがなるイメージが…(僕チン、まだ20代ですが)」
 
 
産業保健師「昔はね。でも、今は尿酸値をあげるような美味しいものが誰でも安価で食べられるから、年齢関係なく起こりやすくなってるのよ。まあ、食生活以外の理由も色々あるけど、焼き芋さんの数値を見る限りだとーーまあ、十中八九食生活でしょうね」
 
「そんな・・・・・・痛風って、どんな感じなんですか?」
 
産業保健師「高い尿酸が結晶化するでしょ?それが原因で関節に激痛が生じるわけ。足や指が腫れ上がっているの見たことない?」
 
「あり、ますね(自分とは無縁とおもってましたが)」
 
産業保健師「あれね・・・・・・死ぬほどの激痛よ。本当に、言葉通り激痛」
 
「激痛・・・・・・」
 
産業保健師「まあ、激痛よね。会社で発症した人もいるけど、大量の痛み止め薬を飲むんだけど、それでもおさまらなくて、悶絶する人もいたわね。あと、あまりの痛さにトイレに駆け込んで吐いた人もいるわよ。見てるこっちも痛くなってくるわ」
 
「・・・・・・」
 
産業保健師「まあ、貴方の場合、食生活を改善すればなんとかなるんだからまだマシよ。中には、尿酸値がそんなに高くないのに痛風になっちゃった人もいるし、食生活がちゃんとしているのになっちゃう人もいるんだから」
 
「なるほど・・・・・・」
 
産業保健師痛風だけじゃなく、尿酸値が高い状態が続くと、脳卒中とか心疾患になりやすくなるのよね。若いからって調子乗ってると」
 
「もう、十分です・・・・・・・。わかりました、食生活を改めますから、許してください・・・・・・」
 
 
 
その後も、産業保健師から食生活について具体的なアドバイス。野菜を食べろ、酒を控えろ、尿酸値の高い食べ物を減らせーーどれもありきたりなアドバイスなのかもしれないが、「痛風黄色信号」の私からすれば、すべてが目からウロコの内容だった。
 
「ありがとうございます。約40分の面談ですが、大変感じるものがあった時間でした。まず、酒を控えます。あと、野菜をちゃんと食べます」
 
産業保健師「私の立場からすれば、そう言ってくれると嬉しいです。それを続けたら、さらに男前になるから、頑張って!」
 
 
「男前になります!見ててくださいよ、今年中に尿酸値を劇的に下げてみせますから」
 
 
 
我ながら単純な性格である。だが、体のことについては、危険信号に素直に従った方が良いだろう。とりあえず、今日は休肝日とし、久しぶりに自炊して野菜たっぷり食べました。酒がなくても意外と満足な夕食なのであった。
 
 
 
 

ミーハー、上等!(ありがとう、金足農業)

 
 
 
 
(ただの金足農業びいきのくだらない人間の日記です)
 

 
 
 
15時過ぎ。
 
 
取引先での商談を終え、営業車に戻る。ラジオは高校野球の実況を再開する。営業車をコンビニに駐めて聴き続けるほどの肝の座ったサボり根性はなかったので、そのまま事務所に向かった。
 
 
車を発進した頃には、5回裏の大阪桐蔭の猛攻によって、1対12と点差が広がっていた。そして、6回から絶対的エースである吉田選手が交代し、代わりにサードを守っていた打川選手がマウンドに立った。
 
ラジオで解説をする方々の声が、私が商談に入った14時半頃とはまるで別人の印象を受けた。なんというか、解説する際にいちいち言葉を選んでいるような感じ。14時ごろは、高揚感を抑えきれない様子だったと思うのだが。話す内容も、大阪桐蔭の打線の凄さが中心になっており、吉田選手の名前はあまり出なくなっていたように思えた。
 
 
(・・・・・・むしろ、車を停めなくてよかったのかもしれない。)
 
 
聴くのが辛かった。ラジオで聴いている私はそうだったけどーー秋田から駆けつけた方々は、どうだったんだろう?あくまで私個人だが、ただただ、早く試合の決着がついてくれることを望むようになっていた。彼らが早くこの状況から解放されて欲しかった。試合の最中にこんなことを考える応援、なんと情けないことだろう。
 
 
 
偶然、高速道路で事故が発生し、大きな渋滞に巻き込まれた。予定であれば、15時半に
着く予定だったが、車は完全に停止状態。後ろからは、救急車と消防車と、覆面パトカーが次々からやってくる。私も前後の車がするように車を端っこに寄せた。どうやら、しばらく渋滞は続きそうだった。サイドブレーキと引き、ギアをPに入れた。
 
私は、ラジオを聴くことだけに専念した。地元民として、彼らの頑張りを最後まで応援しなければならない、と、実に勝手でなんともミーハーな、馬鹿げた考えに正直になることにした。(大阪に住んでいても、やはり地元は金足農業という認識である)
 
 
 
 
 
 
16時半大阪桐蔭が金足農業の菊地選手を打ち取り、2対13で試合終了した。そして、大阪桐蔭の2度目の春夏連覇という前代未聞の偉業によって、100回目の甲子園に幕をが下りたことを告げた。
 
 
 
 
試合が終わった後も渋滞はしばらく解消されず、結局、両チーム選手の素晴らしいインタビューや、閉会式の言葉まで聴くこととなった。選手インタビューはネットニュースで嫌という程出てくると思うので、ここは秋田県民の気持ちを代弁した言葉だけを書いておく。
 
 
 
金足農業の選手の皆さん、準優勝、おめでとうございます。
秋田大会から一人でマウンドを守る吉田投手を他の選手が盛り立てる姿は、目標に向かって全員が一丸となる、高校野球のお手本のようなチームでした。
第1回大会は、秋田中学が準優勝しました。第100回記念大会も秋田のチームが準優勝ーー歴史の巡り合わせを見た思いがします。
大会審判委員長・日本高等学校野球連盟会長 八田氏
 
 
準優勝は秋田代表、金足農業です。頂点にはあと一歩及びませんでしたが、秋田代表として第1回大会以来、103年ぶりの決勝進出という、輝かしい歴史を球史に刻みました。吉田投手の快投、果敢で隙のない打線、そして、土壇場での数々の逆転劇は、多くの人の記憶に残ることでしょう。金農ファンの待つ地元秋田へ、堂々と胸を張って戻ってください。
大会会長・朝日新聞社社長  渡辺氏
 
 
この言葉の後、ラジオからは音割れするほどの歓声が響いていた。おそらく、秋田県民たちはこの言葉がなによりも響いたことであろう。少なくとも私はそうであった。(ここら辺の言葉を一部抜き取り、筋違いな批判がされたら、なんだかツライです。ネット批判はすでに始まってるようですが)
 
 
 
W杯で渋谷ではしゃぐ人々の気持ちがまるで理解できなかった。ただのミーハー群衆に思っていた(失言)。でも、今ならば彼らの気持ちがよくわかる。ミーハーでも、応援できる喜びって、やっぱりいいもんなんだね。そう思うと、ミーハーな方が、感受性豊かな人生と言えると思う。    
 
 
 
ともかく金足農業の皆さん、最高の甲子園をありがとうございました。たくさんの感動をいただきました。私ももっともっと頑張ろう。
 
 
 
・・・・・・・こんな日記を書いてなんになるのか知らんけどね。録画していた決勝試合観ながら書きたい衝動に動かされたのでした。これはすごいことである。こんなに日記に怠惰な私を、他者を応援するのが大嫌いなコジンマリとした私を、動かすくらいですから!!!
 
 
 

 

 

 

2ヶ月ぶりの日記

 

どうでもいいけど、今、二ヶ月日記を書かない、という冒険をする勇気があなたにありますか?って話ですよ。おそらくないでしょうね。怠惰を身につける以外には。

 

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ipad を手に取り、Bluetooth対応のキーボードと接続。そして、久しぶりにこの日記を開く。

 

 

なるほど、最後に日記を書いたのが6月中旬だから、日記を書くのは実に2ヶ月ぶりである。あまりに久しぶりすぎて、書き方が今ひとつ分からない。また、ほったらかしにしていたキーボードもなんだか調子が悪い(キーボードが勝手に字を入力し始めたり、勝手に字を変換してsいまう。待ったkう誤字だ辻ばかりになるではないか。)、

 

 

ーーしかしまあ、逆によく戻ってこれたものだなあ。そっちの方が感慨深い。普通、このまま日記を書かなくなるもんじゃない?

 

週に1回書くくらいの習慣づけはできていたつもりだった。しかし、1回書くのを忘れ、その翌週もいろいろあって書けなかった。その次の週こそは夏に負けないくらい熱い文章を!と思って、妙な傑作意識を持ってしまい、結局書きあげることができず。・・・・・・こうなると、普通もうダメだよね(笑)。ちょうど1ヶ月過ぎたタイミングで「戻ってきました!」って書く気にもなれず、気づけば日記を書いていたことすら曖昧になっていった。

 

そのまま、フェードアウトしそうな流れだったのだがーー何故か2ヶ月経った今日、理由もわからず日記を書きたくなったのであった。理由がわからないので、我がことながら再び日記を書いていることに妙な気分となる。でもまあ、きっと、やっぱり日記が好きなんですね、ということにしておこう(ダメだ、キーボードが完全にイカれちまいやがった。手入力に切り替えよう)

 

 

ちなみに日記をサボっていた2ヶ月間、別に心乱したり、多忙を極めていたわけではない。結婚はもう少しだけ先になりそうだし、転勤や異動の予定もない。両親もまだ元気にしている。実に平和、特段変わりない日常を過ごしていた。

 

あえて書くとしたら、彼女と一緒に激安タイ旅行ったことくらい?あと、暑すぎて外走れないので、近所の市営ジムに通いを始めたことくらいろうか。あ、あとはiPadを買ったおかげで、読書量がかなり増えたかなあ。電子書籍って、最初は敬遠していたけど、使い始めたら便利すぎて読書が止まらないのである。タイの珍道中やジムで引き締まったボデーや電子書籍の素晴らしさを日記に書いても良かったんだけどーーまあ、

 

…あえて書くほどのこと?

 

という、日記を継続する上で絶対に考えてはいけないことがちらついてしまうのである(単なる言い訳だね。それにしても、キーボードないとこんなに書きづらいものか?)

 

 

今回のはリハビリということで、また明日からゆるゆる日記を書いていきます!ひさしぶりに他のブログもお邪魔してくるとするか。浦島気分でちょいと楽しみでん。二ヶ月、60日,1440時間、86,400分。昨日以上ではあるが、100年といえば大袈裟ですね。 (そんなことよりも、まずはキーボード買おうっと)

 

 

地震につき、控えめに

 

月曜日。

 

朝、6時過ぎに起床。

 

(走るにしては遅い時間だな。5時に起きて走る予定だったのだが・・・・・・。)

 

貴重な朝の時間である。ウダウダしている暇はない。気を取り直し、シャワーを浴び、着替えを済ませる。朝食に牛乳を一気飲みし、7時過ぎに家を出る。

 

 

ーー 

 

電車に乗っている最中、ぼんやりと、昨日自分が書いた日記を読み返す。

 

(150km、6月走りきれるかな・・・・・・、まあ、今朝は走れなかったけど、夜に走ればいいか。今日は午前中にアポイントがあるだけだし。早く帰って走ろうっと)

 

 

10分ちょいで会社最寄り駅に到着。そこから10分程度歩く。

 

エレベーターに乗り、8時前にオフィスに到着。オフィスには先輩社員が数名いる程度。元気のない挨拶を済ませたあと、PCを開く。

 

(さて、メールチェックをした後は、午前中の商談の準備をさっさとすませーー)

 

そう思った、その時である。

 

 

 

7時58分。

 

 

 

ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ

(・・・・・・・!!)

 

 

 

揺れを強く感じる。ただ、それ以上に、携帯電話から鳴り響く「緊急地震警報」のけたたましい警音の方に驚いた。

 

 

 

揺れは比較的すぐに収まった。まわりを見渡すと、慌てふためいている人もいれば、私のようにどうしたらいいかわからずに辺りを見渡している人もいれば、何事もなかったかのようにPCに向き直す人もいる。

 

地震発生からすぐに、上司から安否メールが入った。上司は電車に乗っていたようだが、地震の影響で電車が止まり、身動きが取れない状況らしかった。上司以外の同部署の方々とも連絡がつき、どなたも会社に行けない状況であった。どうやら、私が所属する部署の同僚は、私以外、誰も会社に来れないようであった。

 

すぐに、館内アナウンスが流れ、津波の心配がないことを伝えた。そして、数分前に私が乗っていたエレベーターが運転停止したことを告げる。もしもエレベーターに乗っていたら・・・・・・ちょっと怖くなる。

 

 

インターネットのニュースをチェックする前に、他部署の方の

 

震度6弱 大阪直下らしいよ。やばくない?

 

という声が聞こえる。どうやら、ことは思いのほか重大のようだった。午前中に入っていたアポイントはキャンセルを入れた(といっても、取引先も地震の影響で出社できていなかったので、何も問題はなかったが)。

 

ーー

 

その後、ツレや両親、ずいぶん疎遠だった友人、会社の取引先からメールが届く。私もサラリーマンらしく、大阪の取引先に安否の確認連絡をする。

 

始業後すぐに、我が部署の部長からも連絡が入る。無理せずに早めに帰宅せよ、との指示。ただ、地震の影響に伴う情報共有や、配送トラブルの対応もあったため、すぐに帰宅することはできなかった(だって、代わりにやってくれる同僚が会社に誰も来ていなかったんだもん)。

 

 

 

16時過ぎ、一通り地震の影響に伴う業務を済ませ、帰宅することにした。

 

ーー

 

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(最寄駅の張り紙)
 

帰りの電車も動いていなかったので、仕方なく、会社から家まで歩いて帰宅。同じように歩いて帰宅する人たちの行列により、大渋滞に巻き込まれた。私のようなサラリーマンならカバン一つでいいが、観光目的の人や出張関連の人たちは、道の悪い中、重いキャリーバッグを引きずらなければならず、一層大変そうだった。海外から来た人たちは、もっともっと大変なことだろう。

 

ーー

 

1時間半程度歩き、家に到着。マンションのエレベーターも使えなかったので、階段で部屋までたどり着く。

 

(部屋の中、大丈夫かな・・・・・・)

 

おそるおそる、家のドアを開ける。

 

 

ドアを開けると、特段変わった様子はない。電気は無事に通っている。ガスコンロをひねると、無事に点火する。蛇口をひねると、変わらずに水は流れる。ホッと胸をなでおろす。

 

 

・・・・・・しかし、視界にあるものが。

 

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(ハンバーグ・・・・・・?)

 

少し前に買ったハンバーグ。冷蔵庫に入れていたハンバーグである。だが、なぜか床に落ちている。

 

 

・・・・・・あ!ハンバーーグ!!

 

 

私はすぐに冷蔵庫が開きっぱなしになっているのを確認。中のものを確認すると、全て生暖かくなっていた。この時期の冷蔵庫内の生暖かさは不快以外の何物でもない。

 

(まあ、この程度で済んだのならかわいいものか・・・・・・)。

 

さて、本丸の部屋の扉を開けるとーー

 

 

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(我がナルシスト鏡)

 

本棚がひっくり返り、本が床一面に散らばる。また、ナルシスト鏡(エクササイズ用に昔買った高さ2m近くの鏡)が綺麗に倒れている。幸い、割れてはいなかったけど、ナルシスト鏡の圧力でずっと愛用していたゴミ箱がぐちゃぐちゃに圧壊されていた。あと、ゴミ箱の中身が散乱していた。

 

(この程度なら、かわいいものよ)

 

 

部屋の片付けをさっさとすませ、テレビをつける。

 

 

人が亡くなったことを知る。

避難所に避難している人たちが映る。

交通インフラが乱れ、先ほどの私のように歩いて移動している人たちが映る。

明日からは雨の影響でより一層の警戒が必要だという。

地震は今回だけにとどまらず、ここ一週間は余震や同程度規模の地震が起こる可能性があるらしい。

 

 

テレビをつけながらラジオを聴く。大阪府民の個人的な体験報告が流れる。阪神大震災を思い出すという人がとても多いことを知る。

 

そして、パーソナリティの

 

「今日はみなさん疲れております。これからも何が起こるかわかりません。まだまだ気を緩めずに、まず今日は体をゆっくり休めてください」

 

という言葉が響く。今日だけで終わるなんて思うなよ、というように聞こえてしまい、ちょっと怖くなった。でも、たしかに、今日1日でなんだか疲れた。

 

ーー

 

2011年3月11日、私は被災地にいた。まだ大学生だった。

 

食事もままならず、テレビも見ることができず、水も電気もガスも携帯電話も使えなかった。友達もいなかったので、まさにひとりぼっちだった。

 

あの時に比べれば、今回の地震はまだ耐えられる(もちろん、まだ避難所で大変な思いをしている人がたくさんいるし、何より人が亡くなっているので、いい加減なことは書けない。あくまで私の個人的な体験の範囲での感覚ある)。でも、今日は今日でなんだかとても疲れた。一体、この状況はいつまで続くんだろうか。

 

 

しばらくは、何が起こるかわからないから、少し控えめにいきます。いろいろとね。

 

 

 

150kmの呪縛

 

 

日曜日の朝。

 

起きたら、すでに9時。すっかり寝過ごす。

 

(昨日の夜の予定では、朝にランニングして、その後に少し遠出して、ステキな1日を過ごすはずだったのに・・・・・・すべてがおしまい。)

 

出鼻をくじかれた気分。今から走る気にもならない。いっそ朝から冷蔵庫に入った飲み残しの日本酒でも飲んで、今日をグデグデに過ごしてやろうか。10時くらいまで布団でウダウダしながら思う。

 

 

 

 

ーーだが、いつものように、あの言葉が頭をよぎる。

 

 

人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。

 

 

 

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(先生・・・・・・)

 

松下村塾の門下生(の知り合い文献を読んだ知り合いの弟の同級生の孫の知り合い)である私にとって、吉田先生の言葉は、いつも戒めの意味を持って強く響く。そして、己が今年の1月に立てた目標を思い返す。

 

 

 

10時過ぎ、私は着替えを済ませ、家を出た。そして、ランニングを開始。

 

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この日は約8km、ゆっくりと日差しを浴びながら走る。体は少し重かったけど、走り終えた後は爽快な気分。

 

 

 

 

とりあえず、首の皮一枚繋がった。

 

ーー

 

 

2018年1月の初旬、私はある目標を立てた。それは、

 

150km/月 継続して走ること

 

別に、150kmに設定した意味はなにもない。ただ、今にして、この目標設定は絶妙であることに気づく。ちょうど、頑張ればできるくらいの距離。でも、コツコツ頑張らないと1日や2日では挽回できない距離。ーー日々の積み重ねが苦手な私にはぴったりではないか。

 

もちろん、ベテランのランナーの皆様は、距離で目標設定する必要がない方も多いだろう(そもそも、距離を目標にするのは無意味だという意見も多い)。

 

 

 

 

でも、私にはちょうどいいのです。ちなみに、以下、私のこれまでの月間走行距離です。

 

 

1月 173.5km

2月 155.1km

3月 156.9km

4月 151.1km

5月 150.1km

6月17日現在 53.3km

(すみません、フルマラソン大会参加込みの距離です)

 

どうですか。1月以外、150kmラインのギリギリプレイが続いているではありませんか。多分、150kmの目標を立てなかったら、100km/月にも満たなかったに違いない(その証拠に、昨年で100km/月走ったのは5回しかない。150km/月走ったのは・・・・・・恥ずかしいことに、0回です)。

 

 

 

6月終わりまで あと13日

150kmに到達するには、1日平均 7.43km(一切サボらずに)

 

 

無理ではないけど、ちょっと気持ちが緩んだら難しい感じ・・・・・・・。自分への約束を守るため、もうちょいだけ、頑張ってみます。明日起きれるかなあ。

 

 

 

富山の断片(黒部名水マラソン 番外編)

 

漫画っていうものを分解してみますと、結局は小さな断片の寄せ集めなんでありますね。本を読んだりテレビや映画を見たり新聞を読んだり、人と話したり、見たり聞いたりーー絶えずピッピと感性に訴えるものがあって。「あれが使えそうこれが使えそう」と捨てたり組み合わせ直したりーーそういう作業の結果、1つのアイディアがまとまってくるんです。

 なるべくおもしろい断片を数多く持ってた方が「価値」ということになるわけです。

藤子・F・不二雄

 

 

 

 

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5月27日。先週の日曜日。

 

黒部名水マラソンを終えた後、私はシャトルバスで黒部駅に向かう。そして、電車で高岡駅まで行った後、さらに乗り継いで、氷見線を走る「忍者ハットリくん列車」に乗り、とある駅を目指す。

 

 

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雨に晴れと書いて、雨晴(あまはらし)駅。

 

駅から海が見える美しい駅。1日の乗車人数は100人を切るけれど、冬には富山湾越しに立山連峰を望むことができる聖地として、世のキャメラマン達が続々と来訪するようである。

 

写真好きでもない私がこの地を訪れたのは、マラソンが終わってすぐに大阪に帰るのが嫌だったから。だって、ここで帰ったら、翌日月曜日に通常通り出社して、通常通りサラリーマン生活に戻ることになるじゃん。それはイヤだったの!(ただの甘え)

 

現実逃避するために、黒部から約2時間かけて雨晴駅に向かったわけである。そして、雨晴にある旅館に一泊し、翌日月曜日に富山観光でもしようと思い立ったのであった。あ、もちろん有給申請はしてますからね。立派な働き方改革です。

 

ーー

 

雨晴駅から旅館のリムジンバスで旅館までゆらり向かう。かなり人気の旅館みたいだけど、日曜日ということもあって、無事予約できたのでした(わーいわーい)。

 

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最高のもてなしと、最高の温泉と、最高の夕食。そして、最高のお酒。黒部名水マラソンで疲れた体と心を精一杯ねぎらった(甘やかした)のであった。思い出しただけで、極上の至福にニンマリする。

 

ーー

5月28日(月)

 

旅館の朝食(めちゃくちゃうまかった)を食べ終え、10時に旅館を出る。最高の旅館だった。また来たいなあ。

 

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雨晴名物の雨晴海岸。海岸には、観光バスで訪れた観光客がちらほらいらっしゃいました。

 

海岸を軽く歩いた後、再びハットリくん列車に乗り、高岡駅へ。

 

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高岡駅前にあるドラえもんと愉快な仲間たち)

 

 

富山県高岡市は、ドラえもんキテレツ大百科の作者である藤子・F・不二雄先生の生まれ故郷である。

 

・・・・・・あ、今まで隠してましたが、実は私、F先生の大ファンなんです。そこらへんの『ドラえもん好き』を自称する奴らには負けませんからね。F先生が書いたあらゆる作品や関連作品をかき集めましたから(高校生になってもドラえもんばっかり読んでる私を、両親は大変に心配していたようです)。

 

 

そんなF先生の故郷である高岡市をぶらり。

 

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日本三大大仏の1つ、高岡大仏。日本で一番イケメンな大仏・・・・・・らしい。

 

 

さて、せっかく高岡市に来たんだから、高岡市美術館に併設されている「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」に行かないとな。大仏さまに別れを告げ、高岡古城公園をぶらつきながら、美術館へ向かう。

 

歩いて30分ほどし、美術館に到着。しかし・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

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(・・・・・・まじで?)

 

膝から崩れ落ちる。残念ながら、館内には入れそうもない。しかし、せっかくなので、誰もいない美術館の館外をぶらぶら歩く(不審者)。

 

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誰もいない美術館。人気がなく静か。大変に心地よく、ベンチでまったりと過ごす。

 

気がつけば、2時間くらい、ぼんやりしながらこの空間を独り占めして過ごした。観光地を回っているわけじゃないのに、こんなに贅沢で充実した時間は久しぶりだった。知らないけど、どら猫って、こういう気分なのかな。これはこれで、休日をとても満喫できたと思う。

余談ながら、隣には高校があり、青春のけたたましい声が静寂の美術館に響く。ーーまあ、彼ら彼女らも、休館日の美術館にこんな輩いるなんて思いもしないことだったろう。(怖いわ)


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14時、そろそろ高岡駅に戻ろうと、来た道を引き返す。


 

(お・・・・・・・)

 

 

 

アイスクリーム屋が目に入る。来た時は気づかなかったが、お洒落な外観

 

 

 

(ーーマラソンじゃアイスクリームが食べられなかったしなあ)

 

 

と、中に入り、アイスクリームを買う。

 

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お店:CHILLOU &ソフトクリーム畑高岡店

備考:店員さんがとても素敵なお店です。アイスクリームも本当に美味しく、メニューもびっくりするくらい沢山ありました。富山県発祥のアイスクリーム屋さんとのこと、皆さんも富山に来た際はお一ついかが?

 

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高岡駅に到着し、そこから富山駅へ電車で向かう。富山旅行も終わろうとしている。

 

(最後に何かーーあっ・・・・・・・)

 

富山駅をぶらぶらしていると、ラーメン屋を発見。せっかくだからと、富山ブラックラーメンをいただく。

 

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しょっぺええなああ!!でも、癖になります。

 

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夕方、富山駅発大阪行きの高速バスに乗り大阪に帰ったのでした。月曜日ということもあり、高速バスも空いていてとても乗り心地が良かった。

 

ラソン大会、走るのもいいけど、こういう楽しみ方もたまらないんだよなあ。有給取るのは勇気がいるけど、このためだったら・・・・・・ね。