ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

独りマラソン、だが孤独にあらず(黒部名水マラソン後半)

 

 

よく30㎞や35㎞地点には魔物がいると言います。でも、私がそれ以上に怖いのが「10㎞地点の魔物」です。この魔物は誘惑が得意で、10㎞あたりを走るランナーに「あれ、おれ、今日いけんじゃね?」って思わせるんです。――でも、この誘惑に絶対のってはいけません。そのツケが30㎞に来た時に一気に襲ってきますからね。

高橋尚子(2017年6月3日トークショーより)

 

 

私たちはトンネル屋なんです。トンネルを掘るのが商売なんです。金儲け仕事なんだと思っちゃいけません。並大抵の代物じゃないことは、初めから覚悟しています。私の集めた人間たちは、たとえ熱かろうが水びたしになろうが一歩もひきませんよ。貫通してみせます。必ず貫通してみますよ。

吉村昭『高熱隧道』より

 


 前回の続き。


忘れないよう、黒部名水マラソンについて書いてしまう。日記は筋肉痛がひかぬうちに書け、である。



 

6月4日。黒部名水マラソン当日。

朝。5時半に起床。

 

朝食を軽く済ませ、宿泊先から出ているバスに乗り、会場に向かう。外は小雨が降っていた。天気予報では晴れになる予定だったのだが。

 

 

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7時前に会場に到着。写真は会場入りした直後。この1時間後には、人であふれ、即興で作った簡易棚に荷物がみっしりと置かれることになる。

 

早めに会場に到着した私は、スタートまでぼんやりと、あたりのランナーを見回す。

 

……みんな自分よりも速そうに見える。朝食を食べている人を見れば、何を食べているのかが気になる。着替えている人を見れば、どんな服装で走っているのかが気になる。トイレに並ぶ列を見れば、「トイレに行っておいたほうがいいのかしら?」という不安に襲われる。

 


――とにかく、スタートまでの曖昧な時間を、私はそわそわして過ごした。

 

――


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(スタート前に唯一撮っていた写真。自分の脚が写っているだけだが……。なんでこんな写真を撮ったんだろう?しかし、これがあとで意味深だったと感じます)

 

 

 

9時。

外は快晴。気温も20℃前後で走りやすい気候。スタートの空砲は予定通り鳴らされた(笑えるハプニングがあったが)。

 

 

〇スタート~10㎞地点(平均5:40/km)

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(最初はゆっくりゆっくり)

 

スタートは体を温めるために、とにかく無理せずにゆっくり走ることを意識。

 

 

 

 

 

言うまでもなく、どんどん抜かされる。しかし、

 

 

(焦るな、この連中を後で抜く楽しみを取っておくのだ。)

 

 

と何様に思いながら、Calm down Calm down!と、心で唱え続ける。

 

 

 

〇10~20㎞地点(平均5:30/km)

 

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ここから少しずつきつくなる上り坂。

 

しかし、当初予想したよりきつくない。


(もしかして、体の調子がいいか?)



心なしか周りのペースが遅く見え、抜かすことが増えてくる。

 

(最初に飛ばしていた人たちがここでスピードダウンか。でも、つられるんじゃないぞ。絶対に飛ばすなよ?あくまで目標ペースを維持だ。大丈夫、落ち着いていこう)

 

と思うのだが、気づかぬうちにペースアップしていたことを後で知る。(Qちゃんのアドバイス、ちゃんとわかっていたつもりなのだが…)


 

〇20~25㎞地点(平均5:30/km)

 

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日差しが少しずつ強くなる。また上り坂もピークであった。

 

自分の脚が少しずつ重くなってなり、呼吸も少し乱れてくるのがわかる。ペース維持を心がけながら走っていると、

 

(あ、あれは――)

 

前にある人物が現れる。

 

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(あれは、サブ4のペースメーカー……!)

 

ペースメーカーとは

陸上競技中距離走長距離走、特にマラソン競技でみられるペースメーカーとは、高水準かつ均等なペースでレースや特定の選手を引っ張る役目の走者のこと。

Wikipediaより

 

 

彼らは、4:00:00のビブスを身に着けている。すなわち、彼らの走りを超えることができれば、サブ4(4時間以内)を達成することができるわけである。逆に彼らよりも遅いということは――その逆を意味する。

 

今回の私の目標はサブ4であった。私にとって、彼らはぜひとも超えたい存在である。

 

(よし、この人たちについていこうか。しかし……)

 

自分自身の人間性をよく分かっている。それは、

 

追いかけるより、追いかけられる方が好きなドMニンゲン

 

ということである。

 

4時間ペースメーカーを追いかけると、つらくなった時についていくことができないだろう。逆に後ろから迫ってくると思った方が、自分を追い込める。

 

自分のドMな性格を考慮し、私は少しだけペースを上げ、4時間ペースメーカーを抜いた。これが吉と出るか、凶と出るか、この時はまだわからなかった(というか、これを書いている自分にもわからない)。

 

〇25~30km地点(平均5:20/km)

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(……つ、つらい)

 

エネルギー不足、足の疲労、呼吸の乱れが増してくる。すでに上り坂を終え、下り坂を走っているはずなのだが、ちっとも走りが楽にならない。

 

 

(ここで楽になるはずだったのに……おかしい、何かがおかしい)

 

(タイムは落ちてないが…身体はつらい。これは何を意味するのだろう?大丈夫?ねえ、大丈夫?)

 

(落ち着け……、Calm down Calm down!でも、落ち着いている場合か?)

 

(……まだ先は長い。あと15㎞、走り切れるだろうか?)

 

(焦るな、焦るな。でも、後ろからペースメーカーが来ているのでは?)

 

と、肉体の疲れが精神の方に迫ってくるのを感じる。一番つらいところであった。

 

 

――その時である。

 

「頑張って!サブ4狙えるよ!」

 

コースのど真ん中に、一人の女性が立って応援している。そして、横切るランナーにハイタッチをしている。

 

 

 

そう、その女性は

 

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高橋尚子、その人である。決して疲れからくる幻影ではない。

 

横切る際、高橋尚子とハイタッチした。

 

(……高橋尚子とハイタッチした)

 

(……高橋尚子に応援された)

 

(……高橋尚子がサブ4狙えるといった )

 

(……高橋尚子が走っている姿がかっこいいといった)

 

(……高橋尚子がサブ4とったら抱きしめてくれるといった)

 

 

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精神の不安は払われ、気持ちは高ぶった。ありがとう、高橋尚子。絶妙な場所にいらっしゃいましたね。

 

 

〇30~35km(平均5:30/km)

 

 

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Qちゃん効果も薄れ、肉体的な疲労がピークを迎える。

 

(練習不足の影響がここにきたか……なぜあんなに出張を入れた!?なぜあんなにサービス残業をした!?なぜもっと朝早く起きて練習しなかった!?なぜもっとお酒を控えて夜に走ろうとしなかった!? なぜ直前体を休めずにバカみたいな練習をした!?……すべて……すべては、もう遅い!)

 

沿道の応援も少なくなり、一層の孤独感が増していった。そして、自責の念に襲われる。

 

 

 

……その時である。

 

後ろから私を抜かしたランナーの姿をみて、血の気が引いた。

 

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絶望の4時間ペースメーカー。

 

 

(そ、そんな……いやじゃあ!)

 

私は急いでペースメーカーを再び追い抜く。一心不乱とはこのこと。

 

 

しばらくして、給水所によろめきながらたどり着く。すでに満身創痍。

 

(給水所で止まる時間すら惜しい。しかし、もう止まりたい……涙)

 

 

私は水を受け取り、そのあとに体を拭くスポンジを受け取る。

 

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おそらく地元の女子高生だろう。ボランティアで参加してくれていたと思われる。


その娘から水をたっぷり含んだスポンジを受け取る。その時、女子高生は小さな声で

 

 

ファイトっ!

 

と声をかける。

 

 

あたりまえだが決して深い意味はない。たまたま彼女のもとに「とあるランナー」が来たから、その人にスポンジを渡し、定型的な声掛けをしただけである。そんなことはわかっている。

 

しかし、私の消えかかっていたモチベーションを再燃させるには充分であった。

 

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(ここからは、気を抜いたら終わりだとおもえ)

 

このあたりで、うっすらと涙が流れたことを覚えている。

 

 

〇35~40km地点(平均5:50/km)

 

ここまでくると、歩いている人や、立ち止まってストレッチしている人や、動けずに倒れこんでいる人たちも多くなってくる。

 

そんな光景の中、2人の自分が心の中でせめぎあう。

 

(歩こうか?少し歩いて休息を取ろう。給水所で少し長めに休みな)

 

(絶対歩くなよ。歩くともう動けなくなる)

 

(大丈夫。少し歩いて最後のラストスパートにかけるんだ)

 

(そんな器用なこと出来るのか?自分のことは自分が一番わかっているだろ。歩いたら終わりだ)

 

こんな葛藤と戦いながら、ペースを落としつつ、かろうじて足を止めずに走り続ける。

 

 

 

37㎞あたりの給水所。ボランティアでコールドスプレーを用意してくれていたので、足に噴射する。

 

(――あれ?全然冷えない……?)

 

原因はすぐに分かった。それは、私の格好にある。

 

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こいつを履いていたからである。これまで私の足をサポートしてくれていたが、ここにきて脚の冷却を妨げるとは。

 

(これも運命なり……!)

 

私はコールドスプレーを返す。

 

給水所で水をもらうと、その隣であるものを発見。

 

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マラソンをしたことがある人ならばわかるであろう。

 

水浴び

 

である。柄杓で水をすくい、それを体にぶっかける。これにより、体の熱が一気に冷まされるのである。

 

(こいつならばタイツ越しでも効くはず……!)

 

と思い、私は自分のふくらはぎに柄杓で水をかける。その様子を見ていたボランティアの方々が、

 

「背中から一気にかけましょうか!?」

 

と言ってくれる。私は迷うことなく

 

「お願いします!」

 

「よっしゃ、せーの!」

 

3人がかりで一気にかがめた背中に水をぶっかけてもらう。全身から一気に放熱された。

 

「ありがとうございます!」

 

「がんばって!」

 

(一気にラストスパートじゃ!)

 

 

 

と思ったのだが…。

 

 

ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん

 

(あれ?何だこの音……)

 

体中から水が揺れる音。脚は冷えているものの、腰に鈍い痛みが襲う。

 

(……やばい、まさか……これって……)

 

私は、自分が大いなる失敗をしたことに気が付く。

 

 

私は、上記のランニング用タイツのほかに、短パンを身に着けていた。ただし、ランニング用の立派な代物ではなく、中高生が身に着けるような体育着仕様の安物である。(彼女はパジャマと呼んでいる)

 

 

――数年前~数十年前に、体育着でプールに入った時のことを思い出してほしい。身体が一気に重くなった記憶はないだろうか?……あの重みである。

 

おまけに、ウエストポーチも身に着けており、こちらも結構な水を吸水していた。そのため、下半身が一気に重くなったのである。

 

(やばい……短パンとウエストポーチ脱ぎたい……でも、こんなところで脱いだら声援が悲鳴に変わる……)

 

 

絶望の中、私は、ふと、『黒部の太陽』と、昨日まで読んでいた『高熱隧道』を思い出す。

 

 

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(黒部峡谷にトンネルを掘った時、先人たちはたとえ高熱に襲われても水びたしになっても、どんな困難に襲われても、決してあきらめなかった。俺だって――)

 

黒部の戦士に思いをはせ、水が自然に蒸発してくれることを願いながら走りをつづけた。

 

 

 

〇40㎞~ラスト(平均6:10/km)

 

もう、ぐでんぐでん。ラストスパートをかける人たちから、どんどん抜かれる。

それでも、足を止めないことだけを考えて走り続けた。

 

(本当に、この2.195㎞はなんでこんなに長く感じるんだろうか?)

 

しかし、歩みを進める以上、終わりは少しずつ近づいてくる。

 

ゴールが見え、声援が一層高まる。中には

 

「ゼッケン番号チョメチョメ(私の番号)頑張れー!」

 

なんておばあちゃんの声が聞こえる。私は照れながら手を振ってこたえる。でも、あの声は本当にうれしかった。ありがとう、おばあちゃん。

 

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直前に後ろの人に抜かれながら、どうにかフィニッシュ。

 

 

――

ゴールした直後は、足が動かず、近くの芝生で倒れたら、しばらく起き上がれなかった。でも、最高に気持ちよかった。

――

 

ゴール後1時間くらいして、ようやく着替えを済ませる。

 

配られていたトン汁と鱒寿司と御団子を受け取りに行く。ボランティアの女子小中学生から受け取り、最後まで癒される。(登場人物に女性が多い日記です)

 

 

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豚汁、とってもおいしかった。有名店のコース料理や最高級和牛でも、この豚汁にはかなわないだろう。本当においしかった。本当においしかった!これを食べるために走ってるんだよなあ!

 

 

ーー

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その日のうちに、痛い足を引きずりながら、大阪の地に帰りました。本当は黒部観光したかったけど、それはまた時間に余裕があるときですね。

 

 

最後に、タイムですが……

 

 

無事サブ4達成できました!3時間58,9分くらい?なので、ほとんどギリギリでしたね(笑)

 

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いろいろな人の支えがあったからこその完走だったと思います。独りで黒部に赴きましたが、決して孤独ではなかったです。本当にありがとうございました。

 


長文、失礼いたしました。この日記を書き終えた今も、完走の実感がわきませんが……日焼けた肌を見たり、脚の筋肉痛を感じるたびに、「走ってきたんだよなあ」と思うところでございます。

 

しばらく走りたくないけど…また少ししたら、走りたくなるのかしら……?

 


以上、自己満足記録でした~:->:->