言葉では届かないもの
コンビニ副店長「もう少しやる気を出して品出ししたらどうなんだい」
私「だったら、やる気の出る言葉を下さい」
コンビニ副店長「……それは意味ないだろ」
私「どうしてですか?」
コンビニ副店長「今、君にやる気を起こさせるような言葉なんて、オレは思いつかないよ。――少なくともオレにはね。だって、君、オレのことキライじゃん」
私「……?」
学生時代の記憶より。
日曜日。
朝から英語の勉強。その後、ブランチに日本茶とサンドイッチを食べながらワイドショーを見る。
そして、11時ごろより会社のノートパソコンを開く。
ここ最近細かい仕事が立て込んでおり、平日の業務時間だけでは回り切らなくなっていた。そこで、最終手段として休日に仕事を持ち込んだのであった。
「――あ、ペンギンさんもパソコン開いてる」
最近のソフトは大分発達しており、パソコンを開いている人と開いていない人がわかるようになっている。(細かい記述は避けるが、そうなっている)
「この人、やっぱり、休日も仕事しているんだなあ」
ペンギンさんは、私が数年前まで東京にいたころの元上司の方である。
仕事も丁寧で、なお且つ膨大な量をこなし、いつも楽しそうにしている。ご結婚されており、お子さんも3人もいるようだ。休日は子供の部活動の世話をよくされていたが、それだけではなく、自分の趣味の釣りやゴルフも楽しんでいた。
私自身まだ短い会社人生だが、ペンギンさんは尊敬したいと思える先輩の1人である。
そのペンギンさんが、休日の昼間でも仕事をしていることをパソコン伝いで知る。
(そういえば、私がまた東京にいたころも、ペンギンさんはよく遅くまで残業をしていたなあ)
朝早く会社に来て、遅くまで仕事をする。休日も仕事をし、家族サービスも欠かさない。いったい、どこにそんな体力があるのだろう。
そんなペンギンさんに、まだ会社入りたてのころに言われていたことを思い出す。
「とにかく、入社してから3年間くらいまでは、本当にがむしゃらに頑張ってほしい。みんなが注目するような大きな仕事はないかもしれないけど、この時期にしっかり頑張れるかどうかで、その後の仕事への向き合い方と、仕事の任せられ方が決まってくるから。自分も上司から言われた言葉なんだけどね(笑)」
なんとなく、自分の心の中に残っている言葉である。大して根拠のある言葉ではないだろうけど、自分が怠けようとしたときに、ふとこの言葉を思い出し、自分のケツを叩いている。そんな6年目の夏である。
ペンギンさんではないが、ほかにも尊敬できる諸先輩の言葉は、少し似ているところがある。
とある取引先のベテラン開発担当者の言葉はこんな感じ。
「仕事が楽しいとプライベートもうまくいくもんだよ。だから、プライベートをよくするために仕事を頑張ってみな。それはプライベートを犠牲にすることとは違うからね」
飲みの席、ちょっと前の部長の言葉も忘れられない。
「お前みたいに仕事が遅いやつは、夜遅くまで残業したり、休日も仕事のことを死ぬほど考えるんだよ。そうすることで、ようやく一人前の手前くらいまでに行けんだ。そうしろ、っていいたいんじゃなくて、仕事ってそういう風に向き合うものなんだって俺がずっと思って仕事をしてきた、ってだけ」
今、迂闊に部下こういうことを言ったら、人によってはすごく嫌がるのかもしれない。場合によってはパワハラになるんだろうか。
ーーでも、不思議と上に述べた方々の言葉は心に残っているし、ストンと腑に落ちる。
たぶん、言葉自体はどうでもよいのだろう。ただ、私一個人が尊敬したいと思ってる人が発する言葉であれば、わかりやすいくらい受け入れてしまう、ということなのだと思う。私の場合、たまたま、仕事に一生懸命向き合うタイプの人が多いのかな。
上の言葉も、尊敬できない人から言われたと考えたら、
うざっ
お前が言うなお前が
勝手に考え方を押し付けないでください
と思ってしまうだろう。(ちょっと想像してみると、やっぱりその通りだった)
こんな言葉を自分も同じように言えるようになりたいものである。そのためには、仕事を一生懸命頑張らんとなあ。言葉を磨くのはその次ですね。
――
約4時間で、休日の仕事終了。
脅迫観念もなく、食事を忘れるくらい、集中した時間を過ごすことができた。また、仕事をしながら自分で淹れる日本茶は、格別に美味しかった。これもまた良き休日かな。
以上、とりとめもない気持ちで書いた、とりとめもない日記でした。:->:->:->