「まくら」営業、はじめました。

営業職の男です。「まくら」を極めて営業のタツジンになりたいのです。

まくら日記(芝浜について)

 

 

「おいッ、おい四十八両あるぜ!」

 

「まあ、大変なお金だねえ……どうするい、おまえさん?」

 

「なによゥ言ってやんでえ、どうするってことァねえじゃねえかなあ、おれが拾ってきたんだ、おれの銭だあ、商売なんぞに行かなくたって、釜の蓋でもなんでもあくだろう、ええ?へっ、ざまあみやがれってんだ。ありがてえありがてえ――」

 

麻生芳伸編「落語百選 冬」『芝浜』より

 

 

 

 

 

 

ええ、毎度お忙しい中、そちら様の指をこちらのどうしようもなくバカバカしいブログにお運びいただき、ありがたく御礼申し上げます。いくら頭を下げても足りないくらい――心よりそんなことを思っている次第でございます。今日は仕事をさぼって、昼間から日記を書かせていただきます(正確に言うと、日曜日に神戸マラソンに参加し、次の日を休養にするために有休を取っていたのだが、結局日曜日は神戸マラソンに参加せず、体力有り余って月曜日を休んでいるわけでやんすが)

 

 

いやあ、あっという間に今年も年末に近づいてまいりました。今年ももう、1か月と10日程度すぎれば終わってしまいます。実に早いものですね。年々、そんなことを思うペースが速くなったのは、私が年を取った証拠でしょうか。そう思うのは少し早い気もしますが――。

 

 

ところで私、年末になると、いつもふと思い出してしまうお話がございます。それは、

 

芝浜

 

という古典落語でございます。

 

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魚屋としての腕はいいが酒がどうしてもやめられない男と、その女房のお話。男は酒のせいで仕事にも支障をきたし、挙句仕事に行くこともやめてしまう。もはや食い扶持すらなくなり、女房からは仕事をするよう促される。いやいやながら魚を仕入れるために芝の魚市場に向かうのだが、来るのが早すぎて市場はまだ開いていない。仕方なく、近くの芝の浜(芝浜)で時間をつぶしていると……男はふと、海中で揺れる『革の財布』を見つける。拾って中をみると、そこには目をむくような大金が入っていた――。すっかり有頂天になり、その金を使って遊んで暮らそうとする男、しかし、そのお金を使うことをどこかためらう女房。

 

――さて、その女房がとった行動と、夫婦の行く末とは?

 

 

 

ざっとこんなあらすじでしょうか。ちょうど最後のオチが大晦日の夜ということで、この時期になると聴きたくなるんですよね。あと、酒を辞めたいときにも聴きたくなります(笑)

 

大変面白い話ですし、お話の構成も大変に見事。古典ながら現代でも十分に楽しめる内容となっている。聴いたことがない人は、ぜひ一度聴いてみてほしいです。まあ、今のご時世、30分や1時間もあれば、様々な娯楽で楽しい時間を過ごすことができますから、わざわざ落語で大事な時間を過ごす必要性などないわけですが。でもまあ、心と時間にゆとりのある方はどうぞ。

 

 

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さて、あらすじに記した通り、大金が入った財布を拾うことで、拾い主の人生が大きく変わっていくわけですが――この芝浜を聴いていると、いつも疑問に思うことがある。

 

 

それは、実に些細なことではあるが、

 

 

財布を落としたのは、いったい何者だったのだろう?

 

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ということ。落語家によって変わるが、財布に入っていたのは30両とも48両とも50両ともいわれる。現代でいえば、500~1,000万円弱の貨幣価値らしい。

 

結局、このお金の持ち主は、最後の最後までストーリーには現れない。現れないからこそ、この大金は御役所から正式に「持ち主不在」ということとなり、最終的に夫婦のものになるわけだが。

 

それにしても、お金の落とし主、いったい何者だったのだろう?まあ、作り話なので答えなんてないのだけど、ちょっと考察してみたい。

 

あ、私、歴史学者でも落語研究家でもない、ただのド素人ですので、深い考察なんてしませんからね(イイワケ)。

 

 

 

①持ち主は殺されてしまった説

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一番最初に思いついた。これであれば、最終的に持ち主が御役所に現れなかったのも、まあうなずける。

 ……しかし、殺されたとなると、殺した人が財布をそのまま置いていった意味が分からない。普通だったら金を強奪するんじゃないかしら?(まあ、普通は殺さないけど)

 

――それに、よく考えたら芝浜に死体がなきゃおかしいか。

 

……いや、財布だけが殺された拍子に懐から抜け、波にさらわれてしまったとしたら?そんな都合よく懐から抜けるか知らんけど。

 

 

もしくは、大分前に殺されてしまっていて、財布はしばらく海をさまよっていたけど、主人公がたまたま朝早く芝浜に来た時に、浜辺に流れ着いたとか?ありえなくはないけどね。

 

 

②盗っ人の失態説

 

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例えばどこかから盗んだお金。盗人はすぐに使うと目立つからと、しばらくどこかに隠しておいて、ある程度時間が経ったらそのお金を回収しようとした。盗人はどこに隠したらいいのかわからなかったので、とりあえず芝の浜辺の砂の中に埋めておいた。だが、波にさらわれ、金が入った財布がいつのまにか浜辺に流れてしまった。

盗人が隠し場所に行ってみると、財布が無くなっていて慌てる。しかし御役所に届けようにも届けられない。泣く泣く、盗んだお金をあきらめた。

 

 

……うーん、ちょっとつらいな。いくら昔の人でも、砂の中に埋めるなよ、って言いたくなるし。でも、盗人が与太郎(落語に出てくる愚か者)みたいなやつだったら、ありえなくはない。

 

 

③鼠小僧説

 

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誰もいない冬の夜明け前の芝浜、そこで物思いにタバコを吹かす男。(酒の飲みすぎで顔色が悪いだけなのだが)全身から感じる憂いに、鼠小僧は何かを感じる。

 

(……この男、死ぬ気だな)

 

義賊である鼠小僧は、懐から革財布を取り出す。これは、先ほど悪代官の家に忍び込み、盗み取ったもの。ちょうど、夜明けに男が気づくようなところへ、静かに投げ入れた。

 

(……こんな金でも、お前さんの役に立ったら、俺の存在意義があるってものよ)

 

鼠小僧は男に気づかれぬよう、その場を静かに去っていった。

 

……これもちょっと無理があるかしら。マンガみたいな勘違いである。まあ、落語も作り話だしね。

 

 

 

まあ、ほかにもいろいろ考えられるだろうけど、こういうことをたまに考えてみるのも面白いものである。

 

そういえば、国語の授業でこういうの、あったよなあ。『三年峠』や『ごんぎつね』の続きを考えたなあ。

 

 

……ところで、なんで急にこんな日記を書いたのか。

 

 

それは、また次回にて。

 

【追記】

気になって、芝浜の財布について言及している落語噺があるのか調べてみると、『芝浜異聞』というお話がヒットした。柳家小満ん氏が演じている模様。音声は見つからなかったけど、「財布の落とし主を見つける噺」のようだ。ざっと調べてみる限りだが、多分、私が妄想した3タイプとは違うみたい……聴いてみたいなあ。