ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

禍福がまま

 

 

 人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ。出場の時だけ舞台の上で、見栄をきってわめいたり、そしてあとは消えてなくなる。

ウィリアム・シェイクスピア

 

 

真の勇気が試されるのは逆境のときではない。 幸運な時、どれだけ謙虚でいられるかで試される。

ヴィクトール・エミール・フランクル

 

 

 

初心忘るべからず

誰でも耳にしたことがあるこのことばは、世阿弥が編み出したものです。今では、「初めの志を忘れてはならない」と言う意味で使われていますが、世阿弥が意図とするところは、少し違いました。

世阿弥のことば:ビジネスパーソンに捧ぐより

 

 

 

 

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勤労感謝の日である2017年11月23日、この日記を記す。 先週の出来事である。

 

 

 

11月13日月曜日。 

 

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東京本社。この日は終日会議だった。各営業担当が自身の活動内容と売上実績を報告する。

 

 

「えーというわけで、売上状況ですが、ワタクシが担当している企業はすべて軒並み好調となっております。このまま行ってくれれば、前年比、予算比共に大幅達成して2017年を終えることができそうです。また、2018年もすでに売上増を見込める企業がいくつかあり――」

 

「ワタクシを中心とし、各部署を巻き込んでいたホンニャラ計画、ようやく始動できそうです。手始めに、来年の1月より詳細な市場調査とトレンド情報を収集し――」

 

「この企業への取り組みに対しては、皆様から非常に厳しい意見がありましたが、初期からのワタクシの対応が功を奏し、とうとう売り上げ1.5倍につなげることができました。まさに災い転じて福原愛というわけで――」

 

 

会議終了直後、先輩であるグラタンさんに声をかけられる。

 

グラタン「やきいも、調子いいなあ。お前。うらやましいよ」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。たまたまです。私は何もしていません。本当にいいお客様に恵まれてラッキーです」

 

グラタン「本当に、いろいろお前はがんばってるからなあ」

 

「いえいえ、本当にそんなことはありませんから」

 

 己を過信することなどない。今が良くてもこの先悪くなることだって十分に有り得る。だからこそ、今の売上の調子いいからって、自分まで調子に乗る必要は全くない。感情に流されず、クールに業務をこなすだけ。大丈夫、私はいつだってフラットな気持ちで仕事に向き合うことができる。そんな気持ちでパイセンと話す。

 

 

グラタン「あ、ところでさ。来週の火曜日だけど空いてる?空いているんならちょっと付き合ってほしいんだけど」

 

「来週の火曜日、ですか?」

 

グラタン「そう。ちょっと大阪出張するんだけど、その際に一緒に同行してほしいんだよね」

 

余談ながら、グラタンさんは、私よりも一回り社歴が上の先輩であり、新入社員のころからいろいろと面倒を見てもらっていた方である。そんな先輩から同行営業をお願いされることは、私のようなペーペーからすればとても名誉なことである。しかし、この時の私は違うことを考えていた。

 

(……同行営業ねえ。まあ、要するに取引先までのアッシー君になれってことでしょ?めんどくさ。新入社員ならわかるけど、俺ももう、ソレナリの担当企業とか持ってんだからさ) 

 

「……あの、来週火曜はちょっとどうしても営業に行く必要がある取引先さんがあるんですよ。まだ日程調整中ですが、もしかしたら難しいかもしれませんね」

 

グラタン「あ、そうなんだ。そりゃしょうがないな」

 

「すいません。申し訳ないす。あ、でも、もしもアポイントがうまくとれなかったら、その時はお供させていただきますので――」

 

と、(当人としては)体裁よく断ったのであった。

 

 

(断る力も大事って、勝間和代が言ってたよ)

 

などと思いながら。

 

――

 

会議終了後、いそいそと新幹線に乗り、その日のうちに大阪に帰る。東京から大阪までの約3時間、いつもならば晩酌をするか、内勤業務がたまっていればパソコンを開いて作業をする。だが、この日は窓を景色を流しながら、先ほどまでの自分を振り返る。

 

 (今日の会議、ちょっと調子に乗りすぎた感じだったよなあ。たまたま運よく売り上げが伸びただけなのに、ちょっと生意気だったかな)

 

(グラタン先輩に対しても、ああいう言動は良くなかったな。俺が後輩からそんな態度だったら、やっぱり嫌だもんなあ……)

 

常に謙虚であれと思って仕事をしてきたつもりである。自分は組織に属する身であり、そのうえで活動しているだけである。それゆえに、一番危険なのは過信だとも思っている。

……しかし、些細な成功体験一つで、我がふるまいはフラフラと変わってしまう。私自身、少し仕事に慣れてきて、オゴリ高ぶった気持ちが出始めていたのかもしれない。会議での調子に乗った発言はもちろん、尊敬している先輩に対しても、あのような態度をとるとは、実に情けなく、恥ずかしい。

 

家についてからも、どこか今日のことが気になり、なかなか寝付けなかった。

 

 

――

 

翌日。

 

起床後も昨日のことが気になり、起きて早々、同じ悩み事に取りつかれる。

 熱湯で少し濃いめに淹れたお茶を飲む。 苦味と渋味で頭が少しすっきりし、悩む以外のことを考える余地ができる。そして、

 

(初心に戻らねば。全ての慢心を捨てるのだ。そうだ――今日はこいつを結んでみるか)

  

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クローゼットの中のあるネクタイを手に取る。そのネクタイは、就活生の頃に使用していたものである。

 

 就職状況が今よりも少し厳しかった頃、何のとりえもないまま田舎から出てきた私にとって、就職活動はそれまでにない試練だった。その中で採用していただいた今の会社。 それなりに熱い思いをもって入社させていただいた。それが入社して数年の月日を経て、大切な気持ちを失いかけていたのではないか?

 

就職してからはほとんどつけることがなかったこのネクタイ。慢心におぼれた私の気持ちをただすためにも、今一度就活時代の気持ちを思い出したい。そのために、実にバカバカしい発想ではあるが、あのころつけていたネクタイを結んでみたのであった。

 

――

通勤中。

 

電車での移動中、頭の中で何度も

 

(過信するな、身の程を知れ、オゴリを捨てよ――)

 

と繰り返す。そして、以前見た夢の日記を読み返す。奇しくも、この日記を書いたのは、調子に乗ってしまった2017年11月13日(月)の、ちょうど1年前であった。

 

 

yakiimoboy.hatenablog.com

 

 

会社からの最寄り駅に到着。ここで何を思ったか、

 

(あ、とりあえず、ICカードにチャージしておこう)

 

と思う。電車に乗る前の改札で残高を見たら、数百円しか入っていなかったからである。(千円以上無いと不安になる)

 

 

改札を出る前に、駅内にある券売機に向かう。

 

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5000円取り出し、ICカードにチャージする。その最中も、

 

(とりあえず、始業時間になったら、いの一番にグラタンさんに電話しないと)

 

と、またくよくよ考える。

 

――

 

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 会社。

 

始業時間の9時を迎えると、私はすぐに電話をかける。

 

「あ、おはようございます」

 

グラタン「あ、おはよう。どうした?」

 

「すみません、朝から――。あの昨日グラタンさんからいただいた来週の火曜日の件なんですけど」

 

グラタン「ああ、うん」

 

「昨日はあんなことお伝えしましたが、やっぱり一緒にご同行させていただいてもよろろしいですか?」

 

グラタン「え?あ、いいの?だって、別件があったんじゃなかったっけ?」

 

「いや、せっかくグラタンさんがこちらにいらっしゃるので、やっぱり、ぜひお供させてください。お願いします……、もちろん、もしよければなんですが……」

 

グラタン「ああ、いいよ、こちらこそ頼むよ。じゃあ、火曜日ね。またスケジュールはメールで送るわ」

 

「ありがとうございます!それは、よろしくお願いいたします!失礼いたします」

 

何か胸の中のつっかえが取れた気分。だが、その後も決してオゴらぬよう自分に言い聞かせる。お客様からのお電話は丁寧に受け答え、内勤業務の方の仕事も積極的に手伝う。少々極端だったかもしれないが、そのくらいの方が今はちょうどいい。

 

――

 昼。

 

ほうじ茶「おい、やきいも、昼メシ行こうぜ」

 

「あ、はい」

 

先輩社員であるほうじ茶さんから声を掛けられ、慌てて財布を手に取る……のだが。

 

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「……あれ、おかしいなあ?あれ?」

 

ほうじ茶「おい、どないしたん?」

 

「財布が……あれ?ない、なあ」

 

上着を探しても、財布がない。カバンの中を探っても、財布が見つからない。

 

「おかしいなあ……」

 

ほうじ茶「家にわすれたんやないか?」

 

「そうなのかなあ。もしかしたら、そうかも、しれません」

 

ほうじ茶「ええわ、貸してやるからさ。でも、1,000円までやぞ?こっちかて苦しいんやからさ(笑)」

 

「あ、すみません。ありがとうございます。申し訳ないです……」

 

ほうじ茶「お前、なんか今日変やな。朝から妙に気を遣って」

 

「い、いえ……」

 

社内にある食堂に向かい、昼ご飯を食べる。

 

ほうじ茶「最近、すっかり寒くなってきたなあ。もう、コートが必要やろ」

 

「……そうですね。ええ、そうですね」

 

ほうじ茶「布団から出るんもだいぶ億劫になってきたしな」

 

「……そうですね。本当にその通りです」

 

ほうじ茶「地球も熱うなっている言うけど、冬はやっぱり冷えるもんなあ。あ、温暖化って冬が寒くなるんやったっけ?

 

「……そうですね。そう思います」

 

ほうじ茶「……お前さあ」 

 

「……はい?なんですか?」

 

ほうじ茶「今日の午後の予定は?どうなってんの?」

 

「え?今日ですか?ええっと……今日は一日内勤ですが」

 

ほうじ茶「そうか。やったら、一回財布を探してきな」

 

「え?」

 

ほうじ茶「お前、財布が気になってしょうがないやろ?俺がお前だったら、絶対気になってるわ。ええよ、課長は今日おらんし。気になるんやったら、俺から課長にやんわり言うとくから」

 

全てを見透かされていたようだった。食事中も、私は財布が気になってしょうがなかった。家にあればいいけど、もしもなかったとしたら?そう思ったら怖くてしょうがなかったのだ。

 

「……すみません、ありがとうございます。恥ずかしいかぎりです」

 

ほうじ茶「ええって。遅くなるんやったらとりあえず電話してくれたらええわ」

 

「会社にはできる限り早く戻りますので」

 

ほうじ茶「とりあえず、1000円札渡しとくわ。まあ、多分家にあるんやろうけど、万が一何かあった時に文無しじゃ困るやろ」

 

「すみません……それじゃ念のため。お借りいたします」

 

ほうじ茶「利子はつけてくれてもええで」

 

「はい。財布が見つかった際には、いくらでも」

 

と、言葉に甘えて1000円札を受け取り、一度最寄り駅に向かう。本当に、 先輩が人として大きく見えた。もしも逆の立場だったら、同じことができるだろうか?

 

――

 

オフィスを出て、ひとまず駅に向かう。

 

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この段階で、財布のありかとして想定できるのは7パターンだった。

 

①自宅

②自宅から駅までの通勤路。

③自宅最寄り駅内

④電車内。

⑤会社最寄り駅内。

⑥会社最寄り駅から会社の通勤路。

⑦会社内。

 

 

会社から駅に向かう最中、少しずつ事態の深刻さを感じながら、それでも極力冷静に頭を働かせた。

 

(最後に財布を使ったのはいつだろう?冷静に思い返せ。……そうだ。朝だ。朝、会社からの最寄り駅で、交通ICカードにチャージしたんだっけ!これは明確に記憶している。ということは……)

 

①自宅

②自宅から駅までの通勤路。

③自宅最寄り駅内

④電車内。

⑤会社最寄り駅内。

⑥会社最寄り駅から会社の通勤路。

⑦会社内。

 

 

ということになる。

 

このように、答えが絞られたとしても、決して喜ばしいわけではない。選択肢が減ることは、答えに近づいていると同時に、ある意味で恐怖を増強させた。この時の心理状況としては

 

(絶対的に有力なのは、駅の中に財布があること。でも――もしも、もしも、もしも会社最寄り駅内にないとしたら……?)

 

 通勤路と会社内では一度も財布を使用していない。この範囲での確率は限りなく低いと思っていた。駅内にない場合ーーは想像したくない。一方で、駅員に訪ねたときには

 

財布ですか?ああ、届いていますよ。 ちょうど、あなたが言うような財布が!ちょっと待ってくださいね。

 

と、言ってくれるようにも思っていた。

 

――

 

 駅。

 

「すみません、朝財布を落としてしまいまして、こちらに届いておりますか?朝8時くらいだったんですが」

 

駅員「財布ですか?少々お待ちください」

 

 

駅員室に入っていく駅員。祈るように帰りを待つが――駅員さんはすぐに手ぶらで帰ってきた。

 

駅員「……財布は、届いてないですねえ」

 

「……え?」

 

 駅員「誰かが拾われたら、ここに届くことになりますので」

 

「あの、そこの、そこのところで朝にチャージしたんですよ。そう、今日の朝の8時ごろです」

 

駅員「……届いてないですね」

 

「そう……ですか……。朝の8時ごろなんですが……」

 

駅員「ええ」

 

数秒の間、沈黙が続く。

 

「……あの」

 

駅員「はい?」

 

「一度駅の中、ちょっと見させてもらってもいいですか?」

 

駅員「は?」

 

「いや、一応見ておきたいかなあ、なんて」

 

駅員「……いいですよ。どうぞお通り下さい」

 

と、改札を開けてもらう。

 

(……)

 

ここで財布が見つかればいいのだが、残念ながら財布は見つからない。当たり前である。この時の状態としては、血の気が引いたというのは表現に適さない。この時の私は、ただ呆然とし、白昼夢の中にいるような感覚であったように思う。突然の絶望は、実感が伴うのに時間がかかるようだ。

 

 

「――すみません、ありがとうございました」

 

駅員「はい」

 

「……あの、一応、交番にも聞いてみたいので、ここから最寄り駅の交番を教えていただけますか?」

 

駅員「ここから一番近い交番ですと、とりあえず、★番出口を出ていただいて―― 」

 

「ありがとうございます」

 

と、私は頭を下げて、駅員さんが教えてくれた★番出口に向かう。時間の経過とともに、私は早足になっていった。早足になっても何一つ事態は変わらない。でも、財布がなくなってしまったという実感が伴うにつれて怖くなり、落ち着かなくなっていったのである。

 

最有力候補だった駅内に財布がなかった。そのショックはあまりにも大きかった。

 

①自宅

②自宅から駅までの通勤路。

③自宅最寄り駅内

④電車内。

⑤会社最寄り駅内。

⑥会社最寄り駅から会社の通勤路。

⑦会社内。

 

⑥と⑦が残ってほしく無かった。⑥だったら限りなく可能性が低くなるだろうし、⑦だったら見つからないうえに、別の怖さも秘めている。(あえて文章にはしないが)

 

ともかく、最後の希望は、

 

交番に行って、善良な府民が我が通勤路で財布を拾い、それを交番に届けてくれた

 

という可能性だけ。正直、なんと心もとない希望だろう。わざわざ財布を拾い、わざわざ交番まで届けてくれるものだろうか?

 

交番に向かうにつれて、私のわずかな希望がさらに望み薄であると思えた。それは、

 

私が向かっている交番が、私の通勤路からかなり離れていたから

 

である。

 

 

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(こんなに離れた交番まで、普通届けてくれるだろうか……?)

 

 

 ――

 

 

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お巡りさん「……今のところ、こちらには届いていないですね」

 

「あっ……そうですか……」

 

この段階で、ようやく白昼夢から覚め、完璧な絶望感に襲われる。そして、今後具体的に訪れるであろう、各種問題事項がじわじわと頭の中をよぎる。

 

「……届いてないですか(本当に落とした。ない。財布がないことが明確になった。本当にヤバい)」

 

お巡りさん「そう、ですね。現段階だとまだ届いてないですが……。警察として、遺失届書を作製したいと思いますが」

 

「……はい。お願いいたします(財布の中、いくら入ってたっけ?この前お金おろしたばっかりだったから――。あと、接待の時の領収書が入ってたっけ。精算できないじゃん)」 

 

お巡りさん「これから、やきいもさんがなくされた財布の特徴について質問をさせていただきます」

 

「……はい。(あ、家の鍵、財布の中に入れてたんだっけ。じゃあ、財布無いと家に入れないじゃん。笑えるんですけど)」

 

お巡りさん「まず、お名前と住所を」

 

「……はい(クレジットカードはやく止めないと。止め方わかんないけどね(笑)……あ、財布に免許も入ってんじゃん。免許と家の鍵――超笑える。家に帰ったら荒れてたりして(笑)。でも、それだったら家の中に入れるから好都合だな、なんつって。わらえる)」

 

お巡りさん「財布はどんな形ですか?また、財布の中身ですが、記憶されている範囲でいいので、できる限り詳細に教えていただけますか?」

 

「はい……ええっと……(おわった。最悪。人生終わったかも。本当、最悪。会社に言ったら笑い話どころか自己管理能力が低いってことにされるんだろうな。どっちにしろ、もう会社行きたくないんだけど。家帰って寝たい。あ、家に入れないんだ。死んでしまえよ。もう、何もかもめんどくさ」

 

お巡りさん「カードは、何枚くらいありましたか?できればどんなカードが入っていたかも明確にお願いします」

 

「そう、ですね……(なんでこんなことに……リセットボタンはどこ?リセットボタンはどこ?リセットボタンは……?)」

 

 

 

これもすべて、朝からぼんやりしていた私の過失。ぼんやりしたのはなぜ?それは、私の昨日から慢心があったから。反省したとしてもすべてが遅い。全て自分の責任で、すべてを失った。ざまあない。

 

拾ってくれた方、いらっしゃるのであれば、財布の現金は喜んですべて差し上げます。だから、お願い、それ以外のものは……助けてください。 

 

――

 

お巡りさん「――はい、ありがとうございます。それでは、ひとまず財布の届け出がありましたら、やきいもさんにご連絡させていただきます」

 

「……はい。お願いします」

 

お巡りさん「あ、お時間大丈夫ですか?」

 

「ええ。大丈夫です(あ、そういえば昼休みに抜けてたんだっけ)」

 

お巡りさん「近くにもう一つ交番があるんです。そこもやきいもさんの通勤路の近くにありますんで。そちらに一度電話で聞いてみますね」

 

「……はい。お願いいたします」

 

 

電話をかけるお巡りさん。

 

お巡りさん「あ、すみません、★★駅前交番のものですが。財布の落とし物を確認したく」

 

「……」

 

お巡りさん「はい。時間帯は朝の8時ごろ」

 

「……(財布無くなったのも、全部自分のせい。全てはつながっていたんだ。すべて受け入れなきゃ。いつか笑い話になるのかな。少なくともいまは無理だけど……)」

 

お巡りさん「中には現金約〇万円。小銭少々。カードは4枚前後で、種類は――」

 

「……(これは夢じゃない。夢になってくれない)」

 

お巡りさん「小銭入れの中に鍵が1つ」

 

「……(すべては自分のせい)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お巡りさん「――え?ええ。はい。うん。そうです……はい。ええ、ええ」

 

「……?」

 

お巡りさん「――あ、そうですか。まだそちらに?本署には行ってない?」

 

「……(本当に)」

 

お巡りさん「わかりました。そちらにまだあるということですね」

 

「……(ダメ……もう、泣きそう)」

 

お巡りさん「はい。では、またそちらに持ち主さんがうかがいますので。ええ、やきいもさんです」

 

 

ガチャ。

 

お巡りさん「――やきいもさん」

 

 冷静にふるまうお巡りさん。

 

「……はい」

 

言葉を待っている間、心の中で今にもあふれだしそうな感情。

 

お巡りさん「財布ですが、見つかりましたよ」

 

 

  

――

  

「あ、もしもし、ほうじ茶さん。すみません、お昼休み中に」

 

ほうじ茶「おおどうした?財布、家にあったか?」

 

「い、いえ……。あの、今警察の方にお世話になっているんですが」

 

ほうじ茶「あ、そうなん!?え、なんで警察?まあええわ。それで、見つかったんか?」

 

「あの、おかげさまで……もう……。あの、それで大変恐縮なのですが、手続きなどで13時半ごろまでかかりそうでして――」

 

ほうじ茶「ああ、ええよええよ。よかったなあ、ほんまに見つかって」

 

「ご迷惑を、本当におかけしました」

 

――

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お巡りさん「通勤路の途中の交差点に落ちていたみたいです。朝9時前には拾い主が交番に届けてくれたようで。やきいもさんの会社のすぐそばにある交番⓶の方でしたね。とりあえず、財布は確実にあります。ひとまずこちらですべき対応は終了ですので、これから交番②に取りに行っていただいてもよろしいですか?ここからタクシーで行っていただいても――いや、やきいもさんの会社の近くなので、歩いて行っていただいたほうが良いかもしれませんね」

 

 

ということで、お世話になった交番のお巡りさんに心からお礼を伝え、私は歩いて別の交番②に向かった。

 

 

お巡りさん②「では、中身の確認をお願いします」

 

「はい――。はい、大丈夫です。すべて元のとおりです」

 

家の鍵、各種カード 、現金、領収書など、すべて元のママであった。奇跡かと思わずにいられなかった。

 

お巡りさん②「そうですか。では、こちらにお名前のご記入を ――はい。これで以上となります」

 

「本当に、ありがとうございました、あ、あの、よく聞く謝礼などの対応を是非したいのですが」

 

お巡りさん②「ああ、いや、それは大丈夫です。拾い主の方がそういうのは必要ないとおっしゃってましたので。こちらからも、やきいもさんに拾い主さんの情報を開示することはできませんので」

 

「あ、そうですか……わかりました。何から何までお手数をおかけしました」

 

深々と頭を下げ、交番を出る。

 

 本当に、拾って交番に届けていただいた人には、いくら感謝してもしきれない。決して届かない気持ちであるのが残念である。

 

――

会社に戻る。

 

ほうじ茶「おお、早かったなあ」

 

「あ、本当にお手数をおかけしました……おかげさまで無事に見つかりました。1000円札。お返しいたします。本当にありがとうございました」

 

ほうじ茶「あいよ。それにしても、ツイてるなあ、お前。中身も無事なんてなあ。モッテル男は違うなあ」

 

「いえ、そんなことは全く……大変に申し訳ない次第です」

 

ほうじ茶「まあ、みんなも心配してたからよかったなあ」

 

「みんな?」

 

と、周りをみると、ニヤニヤした表情でこちらを見ている人が数名。おそらくほうじ茶さんがネタとして話していたのだろう。

 

「すみません、大変に恥ずかしいかぎりです。もう、今回の件は、私の思いあがった態度によるものだと思います。最近調子にのっていて…昨日からそのことが気になっていたのですが…多くの人の助けの元にあるのだと…そう思わないと…今までのオゴリの気持ちを捨てて頑張らせていただきます」

 

ほうじ茶「ナニ言うとるん?まあええけど、とりあえず、これだけいろんな人心配させて、無事財布見つかったんやから、ちょっとくらいオゴッてくれてもええんやで(笑)」

 

 「オゴるなんて、私には、できません。本当に」

 

ほうじ茶「って、そこはオゴらんのかーい。ええオチついたやないかい」

 

 

 

お後がよろしいようで。

 

 

本当に、この日のことはある意味でとても幸福な体験であった。この日のことを忘れずに頑張りたい。平穏な今日に感謝です。

 

 

いただいた善行を決して忘れず、己の慢心を多いに警戒すべく、この日記を残す。少しでも反省が必要なときには、長文だが我慢して読み返すべし、と自分に言い聞かすのであった。