ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

送別会で泣くヤツってあざとい、と思うところもあるんだけど・・・

 
 
時折 、したり顔に 、 「あの人は清濁あわせ呑むところがあって 、人物が大きかった 」などという人がいる 。それは 、はっきりまちがっていると 、わたしは思う 。少なくとも子どもには 、ちがうと教えたい 。ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である。
 
磯田道史『無私の日本人』あとがきより
 
 
 
 
 
 

 
 
 
木曜日の夜。東京の某居酒屋。
 
 
幹事「えーそれでは、異動されますシマウマ課長、前にどうぞ!」
 
 
送別会の幹事を担当している先輩社員の司会進行のもと、シマウマ課長は照れ臭そうに前にでてくる。
 
私が所属する部署と、日常業務で関係する部署の社員の方々を合わせて、約30名が参加した。この日は、1月付けで別部署に異動となったシマウマ課長の送別会が催されることになっていた。
 
ちなみに、私は普段大阪にいるが、このために朝から東京に来ていた。
 
 
幹事「今更説明の必要はないかもしれませんが、シマウマ課長は入社してから20年以上、うちの部署一筋で活躍されてきました。当然、この中にもシマウマ課長にお世話になった方はたくさんいると思います」
 
 
ここで周りから拍手が起こった。シマウマ課長は手と頭を横に降っている。
 
幹事「では、シマウマ課長からお言葉ーーをいただく前に、特にお世話になってきた人からの言葉を聞きたいと思います。まず始めに、やきいも君、お願いします!」
 
 
薄々嫌な予感はしていた。しかし、まさか一番手に私の名が挙がってしまうとは。皆の前で話すなんて事前に聞いていないし、当然、何も考えていない。飲み会が始まって約1時間経過し、アルコールが回り始めているため、いつものような計算高いスピーチをできる状態でもない。周りは「面白いこと言えよ!」だの「10分あるからゆっくり喋って良いぞ!」だの囃し立てる。
 
 
「えー、事前になにも聞いていなかったので、なにを話したらいいのかというのもあるんですがーー」
 
社会人経験を重ねてきたからだろうか、こういうときに考えながら話すことに、少しずつ慣れてきた気がする。
 
「私にとってシマウマ課長は、私にとっては、社会人になってはじめての上司でした。話しながら、色々な思い出が思い出されます。私が新入社員の時ーー」
 
 
言葉に詰まることもなく、伝えたい気持ちがスラスラと出てくる。新入社員の頃は、よく言葉のチョイスを間違えて、先輩社員を冷や冷やさせていたが。
 
ちなみに、この時お話ししたのは、私が新入社員の頃にやらかしてしまった大問題についてであり、その失態をシマウマ課長が助けてくれた、というものである。個人的な話なので詳細は控えたいが、本当に、この日のことを思い出すとシマウマ課長には頭が上がらなくなる。
 
「ーーということで、シマウマ課長は私にとっていつまでも心の上司でございます。別の部署に行っても、またご指導をお願いいたします。以上です」
 
頭を下げ、拍手と野次の中、席に戻る。そして、次の指名が続く。
 
私の後の社員も、皆がシマウマ課長の優しくてまっすぐな人柄の素晴らしさを語っていた。一部の人から「もっと悪いことも言えよ!」なんて野次がとんだが、シマウマ課長の場合、それが本当に難しいのである。私が言うのもなんだが、心が澄んでいるというか、悪いことを全く思いつかない清々しさを持っている。そして、シマウマ課長と一緒に仕事をしていると、もっと頑張りたい!と思えるような不思議な魅力を感じるのである。それは、私だけではなく、多くの人が語るところであった。
 
 
 
 
そのあと何名かのスピーチを聞いたあと、シマウマ課長の言葉となる。
 
シマウマ課長「えー、今日はこのような場を設けていただきありがとうございます。正直、今日は皆様からどんな恨みつらみを言われるのかとヒヤヒヤしておりましたが、どなたももったいないような言葉をいただきまして、恐縮しておりますーー」
 
 
・・・・・・正直、シマウマ課長がなにを言っていたのか、ほとんど覚えていない。シマウマ課長の話す姿を見ているうちに、涙が溢れてきたからだ。周りに気づかれぬよう、その拭き取り作業に追われていたのである。
 
ーー
 
スピーチ終了とともに飲み会はお開きとなった。皆がいそいそとトイレに駆け込んだり上着や靴を探している頃合いを見計らって、私はシマウマ課長のところへ向かう。そして、
 
「すみません、先程は失礼しました。でも、本当に、お世話になりました」
 
とだけ、涙ながら伝える。シマウマ課長は笑顔で
 
シマウマ課長「いやいや、ありがとう。でも、毎回会議で聞いているけど、大阪ですごい頑張ってるね」
 
その言葉で、涙がまた溢れた。次の言葉を述べようとしたが、私の泣きっ面に部長が気づき、
 
部長「おい、やきいも、なんでお前泣いてんの?笑」
 
と囃し立てモード。
 
「すみません、本当に、感謝の気持ちだけちゃんと伝えたかったので。これからもよろしくお願いいたします。失礼いたします」
 
と言うだけいって、いそいそと居酒屋を抜け出した(※)。
 
(※)多くの先輩が残っている中、私のような下っ端が勝手に先に帰るのは、普通ご法度である。
 
 
ーー
 
最寄駅で電車に乗り、大阪に戻る新幹線に乗れる品川駅へ向かった。電車に乗っている最中も、涙が止まらなくて困った。周りに悟られぬよう、立ちながら外の景色を見ているのを装ったが、ガラスに反射した乗客と目があってしまい、大変に罰が悪かった。新幹線に乗っている最中も、ボーとしているうちにまた感情がたかぶり、涙が出る始末。
 
 
ーー
 
翌日、金曜日。
 
 
昼休憩中、フリーデスクでたまたま隣になった女性社員(カシスさん)と話す。
 
 
「ーーそういえば、昨日、シマウマ課長の送別会があったんですよ。カシスさんって、シマウマさんご存知ですか?」
 
カシス「シマウマさん?ああ、前に大阪支店にいたのよね」
 
「あ、カシスさんもシマウマさんと接点あったんですね」
 
カシス「まあ、仕事で直接関わることはなかったけど、背が高くて優しい人だったってのはよく覚えてるよ。でも、送別会だったんだね」
 
「そうなんです。そこで情けないことに、昨日、涙が止まらなかったんですよ」
 
カシス「え、シマウマさんが?」
 
「いえ、僕がです」
 
カシス「なんであんたが泣くのよ(笑)普段、無表情なのに」
 
「新入社員の頃に上司だったんですよ。当時はいろいろお世話になりまして」
 
「ふーん。でも、泣くってよっぽどよね。あ、もしかして酒入ると泣き上戸になるの?」
 
「そうかもしれないですね。最近映画とかドラマとか観てても泣くことが多いんですけど、決まって酒を飲んでいるときで…。歳をとると涙脆くなるって言いますが、私もそういう歳なんでしょうか?それともストレス?」
 
カシス「何言ってんのよ、まだそういうこと言うには若いわよ。でも、別に根拠はないけど、歳をとったら涙が出やすくなっていうのはあるんだと思うわよ」
 
「そういうもんですか?」
 
カシス「若いうちは自分が主役で、自分だけの視点で感情も決められてしまうことが多いんだと思うけど、歳をとると、いろんな立場の人の気持ちを想定できるようになるじゃない」
 
「はあ」
 
カシス「取引先の気持ちもそうだし、社内の人もそうだし、何より家族の気持ちなんか、私、ずっと考えているもの。知らないうちにいろんな立場で気持ちの動きを考えるようになると、喜怒哀楽の幅が広がってくるんじゃないの?共感する力がつくっていうのかしらね」
 
「なんだか、深いですね」
 
カシス「・・・深いかしら?でも、シマウマさんの送別会で泣くっていうのは、単純にやきいも君がシマウマさんにお世話になったって気持ちが強かった、ってことじゃないの?」
 
「うーん、そうですね…本当にお世話になりましたからね。あんなに素晴らしい上司に出会えたのは幸せだと思います」
 
カシス「将来部下を持ったときに、そういう風に思ってもらえるように頑張りなさいよ」
 
「そんな日が来るのか……今のように小狡くて怠惰で他者への配慮に欠けているうちは…ダメですね。頑張ります」
 
 
いつか遠い将来自分が部下をもったと想像した時、私の送別会の際に泣いてしまう部下ーーというか、少しでも寂しさを抱いてくれる部下…作れるものだろうか?
 
……正直、自信がないなあ。体当たりでぶつかれば問題視される世の中だしね。というか、そんな関係性を期待すること自体、時代遅れなのかしら?…そうは思いたくないんだけどなあ。
 
 
 
って、今はこんなことで不安になるより、目の前の仕事に向き合うべきですね(笑)シマウマ課長、お世話になりました。成長した姿をお見せできるように、頑張ります!