「まくら」営業、はじめました。

営業職の男です。「まくら」を極めて営業のタツジンになりたいのです。

失われた記憶

 

 人間よりは金のほうがはるかに頼りになりますよ。頼りにならんのは人の心です。

尾崎紅葉

 

 

みんなが正直であればいいんです。そのほうが得なんです。そうすればみんなが救われるんです

ライアーゲーム』より

 

 

 

 

 

 

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3か月前のこと。

 

課長と同行営業。取引先であるカリアゲ商事に夏季ご挨拶。

 

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 (酒は飲んでません) 

 

 

 

何事もなく挨拶を終え、そのまま車で事務所に戻ることなった。

 

課長「そろそろ昼だし、そのままどこかで昼ご飯を食べてから帰るか」

 

「そうですね。どこがよろしいでしょうか?」

 

課長「そうねえ、とりあえず車を出してくれ。助手席で適当に探してみるから」

 

 

 

営業車に乗る。私が運転、課長は助手席に座り、スマホで飲食店を検索し始めた。

 

課長「今日はカレーの気分だな。ここから少し行ったところに評判のカレー屋があるみたいだから、そこに行ってみよう」

 

「承知しました」

 

 

課長が行きたいというカレー屋へ向かう。少しして目的地に無事到着するが――。

 

 

「――あ、駐車場がないですね。どうしましょう?」

 

課長「そうねえ……。まあ、いいよ。適当に近くの駐車場に停めてよ」

 

「承知しました」

 

パーキングを見つけ、そこに車を停める。

 

 

 

――

 

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店主「アリガトーゴザイマシター!!」

 

カレーを食べ終え、駐車場に向かう課長と私。

 

 

「カレー、どうでした?」

 

課長「う~ん、まあ、なんというか……普通だな。悪くないけど、特段記憶に残る感じでもないな。お前は?」

 

「まあ、そうですね。でもまあ、おいしかったですよ。パーキングに車を停めてまで食べに来たいとは思いませんが(笑)」

 

課長「そりゃそうだろうな……あ、雨が降ってきた。早く戻ろう」

 

 

――

 

車に戻り、駐車場代を払う。 駐車場代200円。

 

課長「あ、いいよ。俺払うから……って、悪い悪い、細かいのがないや。さっきのカレーで使っちゃったんだよね。まあ、後で払うからここは払ってもらっていい?」

 

「わかりました。あ、でも100円でいいですよ?」

 

課長「そうはいかんよ。この店がいいっていったのは俺なんだから」

 

「すみません、ありがとうございます。それではとりあえずここはまとめて払っちゃいます」

 

課長「うん。後でちゃんと請求して

 

ということで200円を払い、そのまま事務所に戻ったのであった。

 

 

 

 

些細な夏の出来事である。

 

 

 

――

 

今日。夕刻。

 

外勤から戻り、事務所にて内勤していると、隣に座っていた課長に声をかけられる。

 

 

課長「――なあ、焼き芋よ」

 

 「はい?」

 

課長「10月中旬にさ、お前と一緒に出張しただろ?」

 

「はい。ホンニャラごっこ株式会社にプレゼンに一緒に行きました。はい」

 

課長「そう、それ。あの日ってさ、朝に事務所を出て、新幹線で最寄り駅まで行っただろ」

 

「はい。ホゲホゲ駅でプレゼンの打ち合わせをしました」

 

課長「そうそう。それで、ホゲホゲ駅近くのファミレスで打ち合わせしながら昼食をとっただろ?」

 

「はあ」

 

課長「あの時、2人してパスタを食べたの、覚えてる?」

 

「はあ」

 

課長「確かお互いナポリタンを食べたけどーーまあ、なんだ。あれだ」

 

「……」

 

課長「――」

 

 

「…………あ!!」

 

 

私はその時のことを思い出す。

 

――

 

10月中旬。

 

 

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あの日は、プレゼンの打ち合わせをしながら、二人して同じナポリタンを食べた。

 

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「コウコウこうなって、この段階でこれを見てもらうこととなります」

 

課長「なるほどね。いいんじゃない?ところで、この時に使うポケットティシュって用意してある?」

 

「あ!忘れてました!」

 

課長「しょうがないなあ。まあ、気づいてよかったよ」

 

「近くのコンビニで買ってきます。購入したらここに戻りますね」

 

課長「わかった。まあ、気を付けて」

 

――

 

「行ってきました。無事に必要量、手に入りました」

 

課長「よかったよかった。じゃあ、まあ、行こうか。とりあえずここの支払いは払っといたから」

 

「あ、すみません。後で必ず返しますので」

 

課長「うん。まあ、時間もないしボチボチ行くか」

 

あの時の昼食代は課長に出してもらった。別におごってもらうつもりではなく、時間の節約のためにまとめて払ってもらっただけ。

 

 

 

 

 

……だったのだが。

 

 

 

払ってもらっていたことをすっかり忘れていたのであった。

 

――

 

 「し、失礼しました。返すといっておきながらすっかり忘れてました。あのときのナポリタンって、いくらでしたっけ?」

 

課長「ええっとね、俺もちゃんと覚えていないんだけど、確か800円くらいだったと思うよ。」

 

 「正確に払わせてください。ファミレスのHPを見ればわかりますから」

 

 

課長「いいよいいよ、そこまでしなくても」

 

「あ、すみません、それじゃあ――」

 

 

と思い、課長に800円を渡す。

 

課長「確かに受け取った。なんていうの?こういうのは忘れるとアレだからさ(笑)」

 

「そうですね。絶対に忘れちゃいけないやつです。言っていただいてありがとうございました」

 

課長「うん」

 

ということで、再び内勤に取り組む。

 

 

 

……と、これで終わればいいのだが、私の中でずっとモヤモヤしていた気持ちを吐き出したくなった。このタイミングを無くしたら一生問いかけるチャンスがないと思ったのである。

 

 

「……そういえば課長」

 

課長「ん?」

 

「あの、今更で本当にアレなんですけど」

 

課長「ん?」

 

「さっきのナポリタンと関連して、ついでにお伝えしておきたいことがあります」

 

課長「うん?」

 

「今から約3か月前。夏のころですけど。一緒にカレーを食べたこと、覚えてます?」

 

課長「カレー?夏に?」

 

 

課長はキョトンとする。私は続ける。

 

 

「はい。カリアゲ商事に一緒に夏のご挨拶に行った時です」

 

課長「カリアゲ商事に行ったことは覚えてるよ。でも、カレーなんて食べたっけ?」

 

「食べたんです。ちょうど事務所に戻る帰りがてら、課長が調べたカレー屋さんに行きました」

 

課長「ふ~ん。まあ、あんまり覚えていないけど、それがどうしたの?」

 

「そこのカレー屋に行くと、駐車場がなかったんです」

 

課長「?」

 

「そこで、近くのパーキングに停めました」

 

課長「……?」

 

「その時のパーキング代、覚えてます?」

 

課長「……いや、あんまり覚えていないなあ」

 

本当に覚えていない様子。私は続ける。

 

 

「パーキング代は200円でした。その200円はとりあえず僕が払っていたんですけど、その時に課長が『あとで俺が払うから』と言っていたんですが、今思い出したら、それ、払ってもらっていなかったなあ――なんて(笑)」

 

課長「……そんなことあったっけ?(笑)」

 

「ええ、あれは雨の日でした。課長は昼食に食べたカレーをあまり評価してませんでした。僕は普通においしいと思いました。店主が妙に陽気でした」

 

課長「……」

 

「まあ、ちょっと思い出しただけなんですけどね。お忘れならば、まあなかったことに」

 

課長「いや、それは払うよ。ごめんごめん、すっかり記憶から抜け落ちてた。じゃあ、さっきもらった800円のうち200円返すよ」

 

「いや、100円で大丈夫です。これは本当に」

 

課長「いや、いいよ。200円返す(笑)」

 

「いや、本当に100円でいいですって」

 

課長「いいから、本当に」

 

「……あ、なんだかすみません」

 

 

 

ということで、課長から200円もらう。

 

 

 

 

 

 

 

お金というのは、金額の大小にかかわらず、貸した側と借りた側の記憶に齟齬が生じるもののようである。

 

 

おしまい。

 

 

 

追記

……ただ、このタイミングで課長に請求した自分に自己嫌悪を覚える。よく奢ってもらったり仕事で迷惑をかけているのだから……もう忘れてもいい金額だったよなあ(苦笑)