ギザ十な日々

結婚、子育てと少しずつ責任感じてます。

人生で初めてしらふで上司とサシ飲みする

 

先週。木曜日。

 

上司と一緒に金曜日まで九州出張。

 

夜。宿泊先に荷物を置いた後、上司と居酒屋で夕食をとることになった。私は飲まないので、上司だけがお酒を飲み、私はノンアルコールビール

 

f:id:yakiimoboy:20211226213431j:plain

 

以前から記しているのだが、私はお酒を飲まない生活を始めている。(今や1年と3ヶ月目)。ほぼ毎日飲むような生活をしていたので、周りからしたら『何かあったの?』という状態だろう。元々は妻のつわりなどがきっかけだが、今となっては特別な理由も無く、ただなんとなく酒を飲みたくなくなっているだけ。だから、説明がしにくいし、理解も得られにくい。ただ、今まで在宅勤務メインだったので、飲み会もなく、何か支障がおこることも無かった。

 

しかし、やはり営業活動が増えてくると、少しずつ飲み会やら懇親会やらの話も出てくる。

仲の良いお客さんからの誘いの場合、「久しぶりに飲むと体がビックリするので、もう少し慣れてからお願いしたい」と正直に理由を伝え断った。

だが、直属の上司からの誘いとなるとなかなか断りにくい。それでも、やはりお酒を飲まない生活をしていることを正直に伝えて、今回も私はしらふの状態でお許しをいただいた。

 

上司「・・・しかし本当に飲まないんだねえ」

 

「はい。飲みたいですが、もはや宗教みたいになっていますね・・・お酒を飲まない口実のために入信しようかと思っているところです」

 

上司「アホなことをいいなさんな。まあ、俺は遠慮無く飲むよ」

 

「すみません、気にせずお願いします」

 

上司「じゃあ、乾杯・・・ぷふぁ、ヤキイモ君、知らないかもだけど、生ビールってめちゃめちゃ美味いよ」

 

「知ってますよ。本当に美味そうに飲みますね・・・」

 

と皮肉を言いながら、私はノンアルビールを飲む。

 

 

その後、約1.5時間程度、酔いが進む上司と二人で居酒屋で過ごす。初めてしらふで酔っている人と一緒に食事をするが、思ったより悪くない。話しやすい上司の方なので、しらふといえど私も居心地の悪い感じは無かった。気になるのは

 

・つまみになりそうな一品ばかり、先に食べなければならないのが辛い

・店内が寒く感じる。(酒飲んでいれば麻痺してそこまで寒くないのかしら?)

 

ということくらいだろうか。あとは、相手は自分だけ酔っていて不愉快では無いのだろうか?ということくらい。これは人によっては不愉快に感じるかも知れないけど、ひとまず今回の上司はあまり気にしていない様子だったので、こちらも気が楽だった。

 

 

上司「じゃあ、そろそろ帰るかー」

 

「そうですね。すみません、お会計を願いします」

 

店員「はーい。少々お待ちください」

 

といって店員さんが持ってきたお勘定には、8,500円とある。

上司がそれをみると

 

上司「えーと、じゃあ、俺が5,500円だすから、ヤキイモ君は3,000円でいい?」

 

「すみません、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 

と言って、お会計を済ませる。

 

 

上司と宿泊先に向かってお別れする。

 

部屋に入り、ふうとため息が出る。

 

「・・・3,000円、でかいな」

 

 お酒を飲んでいたならばそこまで気になる金額ではない。むしろ、上司に多く出して頂いたことにお礼を言いたくなる。だが、お酒を飲んでいないとなると、ずいぶんと高い支出に感じてしまう。もちろん、3,000円くらいの物は食べたので、別に損をしたわけではない。だが、3,000円あったら、酒ありきではない美味しい物をもっと食べられただろうに・・・。焼き鳥とかモツ煮は美味しかったけど、俺が食いたかったのはメニューの端っこにあった焼き鳥丼だったんだよね・・・でも、あの流れだと頼めなかったなあ。最後にシメのラーメン食べたけど、最後までしょっぱかったなあ・・・。

 酒がある場で酒を飲まないヤツって、なんかちょっと悪いことしている感じになるのかしらね。

 

そう思うと、コロナ以前の飲み会でお酒を飲まないのに参加していた同僚の方々って、この時の私と同じ気持ちになっていたのかしら・・・?とりあえず、もしも将来、上司の立場で飲み会を開く際には、しらふの人からは極力お金をもらわないようにした方が良いのかな、と思ったのであった。

 

あと、今回は2人で特別な気を遣う方では無かったので良かったけど、これがもしも重役との接待とかだったら話が全然違うんだろうな。

 

とりあえず、もう少し酒の無いサラリーマン生活を続けてみよう、そう思ったのであった。一体いつまで続くかな。

 

 

値上げ交渉におわれる日々・・・の戯れ言

 

f:id:yakiimoboy:20211222220205j:plain

 

どの業界も値上げラッシュである。我々の業界も同じで、その上がり幅はかつてないほどだ。私は営業職なので、このような状況な中、お客様に製品の値上げの案内をしなければならない。

 

 値上対応は、営業担当にとってどれだけ経験を積んでも気の重い仕事である。でも、ここで逃げたら値上げの負担を全てこちらで受けなければならなくなる。だから、イヤでも値上げはしなければならない。

 

11月から値上げ対応に追われており、先週も目一杯値上げ案内を行った。そして、今週もまた値上げ案内である。そして明日も、明後日も。こんな落ち着かないクリスマスになるのも久しぶりである。

 

先日も上司と九州出張。オミクロン株が少しだけ心配ではあるものの、このタイミングを逃すとまた出張できなくなる可能性が高くなる。警戒しながらお客様を訪問を実施している。

 

 

値上げ商談を終え、次のお客様(もちろん値上げの案内)に向かう車中。

 

「さっきの担当者さん、値上げ幅にびっくりしてましたね。『なんとか値上げ幅を半分にできんのか?』っておっしゃってましたけど・・・」

 

上司「そうねえ。まあ、自分たちが言うのもアレだけど、すごい上がってるからね。俺が逆の立場だったらそりゃ驚くよ。でも、値上げしないとこっちも苦しいからなあ」

 

「値上げ幅半分って・・・どうなんでしょう。そりゃそうしたいところですけどね・・・。今のお客さんは取引額が大きいから、値上げを理由にカット(製品が使われなくなること)になると恐いですし・・・」

 

上司「まあ、もう一回部長と相談だな。ーーしかしまあ、原材料が何でも上がっているのに、おれらの給料はちっとも上がらんなあ」

 

「あははは。またソレですか」

 

上司がこのジョークを言うのを何回聴いただろう。商談先も同じようにこのジョークを皮肉交じりにおっしゃる。本当に、今、日本中の購買担当者と営業担当者が同じような冗談を言っているのではないか?と思うほどだ。

 

「あとはなんとか配送単位をまとめるか、安価品も並行して提案するか、落としどころとして改定時期をずらすか・・・うーんどうしたらいいのか」

 

上司「真面目だなあ、君は」

 

上司のその一言に、急に冷静な気持ちになる。

 

「・・・本当ですね。なんでこんなに真面目に考えているんですかね。時折り思っちゃいますよ。値上げしたって別に俺の給料も評価も上がるわけじゃ無いんだよなって。そう思っちゃうと、気持ちがスーッと冷えてしまうと言うか。」

 

上司「それはわかるよ。俺もだよ。別に値上げ達成しても出世できるわけじゃ無いしなあ」

 

「・・・仮に今のお客さんの値上げを満額認めてもらったとして、何か良いことあるんでしょうか?」

 

上司「どうだろうね。俺たちからすれば大きい金額だけど、会社全体からしたらちっぽけな金額だからね。せいぜい、部長から『よくやった』って一言あるくらいじゃないか」

 

「子供や奥さんとの時間を犠牲にして仕事に向き合って、お客様にもいろんな迷惑をかけて、得られるのが部長の『よくやった』だけですか・・・。あんまり割に合わないですね」

 

上司「あはは。まあ、それが営業だよ。頑張れ未来のエース」

 

「さっきのお客さんに『半分で良いです』って言いに行きたくなりました・・・。値上げ対応終えたら異動希望出します」

 

営業なんてろくな仕事じゃ無いなあ、なんて思う、昨今の値上げ事情に悶える営業マンの会話でした。明日も値上げ対応頑張ります。・・・お客様、ご迷惑をおかけします。こんな嫌な話でも面談してくれるお客様には心より感謝したい次第です。

 

 

 

 

怖くてすごいCM

少し前。

出張で愛媛に行った時のこと。

18時頃、私はレンタカーでその日の宿に向かっていた。運転中、ラジオの FM 愛媛を流す。


今日の晩飯何にしようかな、息子は何してるかな、奥さん息子二人っきりで寂しがってないかな、なんて考えていると、ラジオからCMが流れる。


www.youtube.com




...衝撃的な展開で。正直幸せの CM なのかと思っていたので結末にヒヤッとした。 自分自身の運転にも緊張感が走った。


宿に着いた後もなんとなくこのCMのことが気になる。調べてみると、どうやら2020年に優秀賞をとった作品らしい。ラジオCMに賞があるなんて知らなかったけど、これはとってもおかしくない位インパクトのある内容であつた。


こういう発見も出張の楽しみの1つだったりするんだよね。radikoプレミアムに加入すればいくらでも地方のラジオが聴けるんだけど、早送りしたり聞き逃したりしちゃってるんだよね。


以上。なんてことのない日記でした。

妻の口が悪くて困っていた・・・が、それすらもかけがえのない一日か。

 

 

ブログで妻のコトを悪く書くのは良くない、というのは分かっている。

・・・でも、今日だけは許して欲しい。

 

 

最近、妻の口が悪い。

男はつらいよ』にはまっていたときも、寅さんに影響を受けて口調が悪くなることがあった。妻は人一倍、周りから影響を受けやすいのだ。地方に行くとそのエリアの訛りが簡単に移ってしまうほどだ。

 この点から考えると、育休中の妻が最も影響を受けるのは、何を隠そう、この私である。なんせ、日々のように会話をするのは私くらいだからだ。だから、当初は妻の口が悪いのは私にも非がある・・・いや、「私にだけ」非があるとすら思っていた。だから、家にいるときには丁寧な言葉遣いを心がけるようにしていた。

 

それなのに・・・最近の妻の口はますます悪くなるばかりだ。なんというか、嫌みが多いのである。例を書き連ねることもできるのだが、それは妻に申し訳ないから辞めておこう。(本当はいろいろ書いたところで全部消した)

 

言った後で「ごめん」と謝ってくるから、本当に反射的に出ているようである。だからこっちもなんとか直して欲しいと思うのだが・・・

 

一体どうしたら妻の口調は穏やかになるんだろう・・・。ホント、今の悩みである。

 

今日も食事中の妻から1つ2つカチンとくるようなことを言われ、イライラする。何か妻の悪口への対処法はないか、そう思っていろいろ調べる。

 

なかなか思ったようなのが出てこないので、グーグルからYouTubeに変更し、

 

妻 口が悪い

 

と検索してみる。そして、最初に出てきたのがこの動画であった。『俺の嫁は口が悪いww』という動画。

 

www.youtube.com

 

 

・・・この動画を見終わった後、なんだかさっきまでイライラしていた頭がスーと冷めていく感じがした。妻がいなくなったら、妻の悪口すらも聴けない・・・そんな考え、まるで発想に無かった。前半からの展開に、涙が出そうになる。

 

・・・悪口くらいなんだ。それくらい、大きな心で笑い飛ばしてやれば良いじゃないか。お前の方が1歳年上なんだから・・・今はそんな気持ち。

 

ああ、いかん、急にKOKIAの『ありがとう・・・」を聴きたくなってきた。

 

寝る前にいい動画に出会った、って話でした。書き始めた段階では妻の悪口日記になる予定だったのだがね・・・。

 

 

サラリーマンが「資格取得」へ向かいたくなるのは、昔も今も変わらないみたい 『資格の経済学』を読んで

 

f:id:yakiimoboy:20211212210947j:plain

 

図書館でたまたま目に付いた本。『資格の経済学』という本を借りて読む。

 

www.amazon.co.jp

毎年、百数十万人もの人が、ホワイトカラー向け資格試験を受験している。資格に無縁と思われてきた日本の労働市場で、資格はすでに重要な役割を果たしている。他方、企業のホワイトカラーの間では脱組織型の働き方にとどまらず、転職・独立の新しい動きが見られる。本書は、環境の変化に対応し切れず、企業社会の中で混迷するホワイトカラーの将来を切り開く鍵〈資格〉を通して、企業内キャリア形成の「社会化」の試みを提言する。 

表紙より

 

私自身、最近、「なにか資格でもとろうかな・・・」と、漠然と資格取得について悩んでいた。だからこそ、普段は通り過ぎる中公新書コーナーに並ぶこの本がパっと目に留まったのかもしれない。

 

 この『資格の経済学』が出版されたのは1995年である。さすがに書いてあることが古いかな?と思ったが、初めの数ページを読んだだけで、この本が令和の現代でも全く色あせないことに気づかされる。

 

・崩壊する社内終身雇用制

・早期退職

・日本的雇用システムの限界

・全般的に若年層は不足、中高年齢層は過剰。

・特に過剰雇用感は四五歳以上の管理・事務職、いわゆる中高年ホワイトカラー

・グループ企業・関連子会社への出向が増加。しかし、受け入れ側は「今後、出向を受け入れたくない」という認識

 

どれも約30年前から言われていたことと思うと、なんか意外。現代が厳しいのでは無く、いつの時代もマスコミが厳しく表現する、ということなのか?、それともこの本の時代から更に環境変化に拍車がかかっているのか?(両方か?)

 

さて、この本のメインテーマは、ホワイトカラーにとっての資格である。 ここで言う『資格』とは、冒頭で私が述べたような「国家資格」や「民間資格」の類いの資格のことである。

 

f:id:yakiimoboy:20211212203853p:plain

 

 

 資格取得者の多くは、家族の理解を得ながら『家族とともに過ごす時間』を勉強時間に当てている。その苦労は現代も変わらない。

一方で、資格取得の努力は、会社側から理解を得るのがなかなか難しいことも記されている。資格の勉強をしている人の多くは上司や同僚に秘密にしているのが実情だったらしい。これも今も変わらないだろう。

 最近、職場のベテラン社員の方が「資格取得なんて仕事が無くて時間があるヤツがやることだ」と言っていたけど、そういう考えをしている人は結構多い気がする。だから、あんまり声を大にして資格取得を誇れない側面もあるのだと思う。

 また、多くの会社は、資格支援として受験料や学習費用を負担してくれる制度を設けてくれてはいる。だが、それは資格を取得しようとする社員の目的と必ずしも合致しているわけではない。筆者曰く

 

会社:今の業務に活きるような資格取得を支援したい

社員:社内評価を上げたい、転職に有利になりたい

 

ということらしい。うん、この構図も面白いくらい、現代と同じだろう。

そう思うと、資格取得は会社側にとってはそんなに推奨できる物でも無いのかな。社員が転職するのは権利として認めなければならないけど、その手助けをするわけにはいかないしね。それこそ、本業をおろそかにして資格勉強をされたらたまったものでは無いだろう。

 

この本に書いてあることはすでに30年程度前のことだけど、現代の資格取得を目指すサラリーマンの心情をも見事に捉えているように思われた。同じようなテーマの類著を探してみたけど、意外とこういう本は見つけられない。資格関連の本は毎年(ほとんど変わらないのに)新しい年度の著書が出るというのに、なんとも皮肉っぽい話である。

 

 

さて、前述の通り、私自身、最近漠然と資格取得を考えるようになっていた。それは、なんとなく先行き不透明な世の中の状況に不安を覚えたからである。終身雇用が崩壊することが目前に迫る中、今後のためにも何か勉強した方がよいのではないか・・・?資格取得したら、今後転職する際に有利に働くのでは・・・?と、不安な気持ちを解消するのが目的な感じ。だから、別に何か「この資格が取りたい!!」という強い気持ちがあるわけでも無い。最近は、『中小企業診断士』がいいか、『簿記1級』がいいか、それとも英語やり直そうか・・・と資格について悶々と調べていた。

 

この本を読み終えた今、「とりあえず資格でもとるか」はやめておこう、そう思いました。難関資格とってもウチの上司は評価を上げてくれる感じもしないし、何より今すぐ転職したいわけでも無いしね。

 不安に煽られて、闇雲に直接業務に関係の無い資格に時間と心を奪われるのでは無く、今の業務にしっかり向き合おう、そして、よりレベルの高い業務に結びつくような知識経験を深めよう、そう思った社畜タロウでした。

 

息子、落下す

 

土曜日。深夜1時。

 

妻の叫び声。

 

「おちる!!おちる!!!」

 

息子がベッドの端っこで仰向けの状態になっている。妻と私の間に挟まって寝ていたはずなのに、妻がミルクを作っている間、反りながら移動していたようである。

 

妻の叫び声で、息子が今にも落ちそうな状態に気づく。私は妻と同時に息子に向かって飛び込んだがー-。

 

 

時すでに遅し。ちょうどそのタイミングで息子がベッドからずり落ちた。一瞬、時間が止まったような感覚。そして、大慌てで息子を拾い上げる。とたんに

 

「わああああああああああ」

 

と息子の大きな泣き声。しばらくあやしていると、息子は落ち着いたように泣き止んだ。どうやらどこかが痛いというのではなく、落ちたことがびっくりしたような様子であった。

妻と私はおろおろしながら、とりあえずミルクをあげてみる。すると勢いよく飲み始める。

 

「これ、大丈夫かしら…?」

 

妻「わかんない…大丈夫?ごめんね…私がミルク作るのに時間かかりすぎたから…トイレに行ったりしたから…」

 

「いや、俺も気づかずに寝てたのが悪かったんだよ…ごめんごめん」

 

と、お互い謝る。息子はミルクを飲み終えるとそのまま眠ってしまった。

ベッドの高さは大体40cmくらい。そこまで高いわけじゃないけど、頭から落ちたので不安はひとしおであった。

 

 

翌朝、いつもより息子の様子を注意深く見守る。ひとまず特にいつもと変わらぬ様子。

ネットで調べると、まずは48時間は様子を見る必要があるとのことであった。

 

www.osk-pa.or.jp

 

土曜日、日曜日と家の中でしずかに過ごす。風呂も控えてタオルで体をふいた。

親の心配は関係なく、息子は腹這いをしたり、いつも以上にミルクを飲んで元気そのもの。

 

ひとまず月曜日の朝を迎え、息子はいつも通りの様子だったので、ようやく一安心できた。

 

 息子も6か月になり、最近はなかなか寝ないようになったり、知らぬ間にびっくりするくらい移動していたり、ウソ泣き?っぽい泣き方をするようになったり…と、どんどん親を心配させるようになってきました。

 

妻の深夜の「おちる!おちる!」の叫び声が今も頭に残っており、思い出すと胸が締め付けられるような気持になる。また、不安に駆られて思わず息子の様子を確認したくなる。息子の元気な様子を見ると、強い安堵感と、息子への思いが強まるのを感じる。

 

手のかかる子ほどかわいいというけれど、たぶん、そういうもんなのかなあ、と思った、そんな出来事でした。でも、とりあえず何にもなくてよかった…。

 

ゲコのための市場は本当に広まるだろうか?『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』を読んで

 

 

昨日の夕方、飲みニケーション不要と考える人が増えた」、というニュースを目にする。

news.yahoo.co.jp

https://www.nissay.co.jp/news/2021/pdf/20211117.pdf

(元となっている調査)

 

飲みニケーションを必要と考える人が38.2%(前年54.3%)と大幅減となり、不要と考える人が61.9%(前年45.7%)から一気に増えた模様。

 

ニュースの元資料を見てみると、若い世代の不要意見が増えてる訳では無く、むしろ40代~60代の世代の不要意見が増えているのが興味深い。不要と捉えている理由も「気を遣うから」「仕事の延長と感じるから」というのが最も多い。いかにも若者が言いそうな理由を、もとは気を遣われる側のベテラン側も挙げているとは・・・。一体何が起こっているんだろう?

 

 

 

偶然ではあるが、上記のニュースを見る前に、一冊の本を読み終えていた。

それがこれ。

 

日本人の成人の半分以上は「お酒を飲まない(飲めない)」「ほとんど飲まない」「やめた」人。
それにもかかわらず、お酒を飲まないことはネガティブにとらえられることが多く、
お酒を飲まない人向けの商品やサービスはほぼ未開拓の状態だ。
日本の成人の半分以上を占める「お酒を飲まない人」をターゲットに市場が開拓されれば、
新たな成長産業となる可能性が高い。
本書のタイトルである「ゲコノミクス」とは、この新たな市場を称している。
その担い手となるのは、お酒を飲まない・飲めない・飲みたくない「ゲコノミスト」たち。

新たな市場開拓のためには、ゲコノミストが抱いている思いを知る必要がある。
本書では、フェイスブックグループ「ゲコノミスト(お酒を飲まない生き方を楽しむ会)」に寄せられた声もふんだんに紹介しながら、正当な扱いを受けられず辛さを溜め込んできたゲコノミストの気持ちを読み解いていく。
さらに、脱アルコールのビジネス・コミュニケーションやダイバーシティの文脈からもゲコノミクスを語る本邦初の書籍。Amazonより

 

 

お酒を飲めない人、飲まない人、飲みたくない人=ゲコノミスト

 

この、ゲコノミストという視点から

 

・ゲコノミストは世の中の半分以上の大人。

・その割合は増えているし、メーカー・飲食店も無視できない存在となっている。

・ゲコノミストたちが、どれほど世の中に受け入れられてこなかったか!

・少しずつではあるが、ゲコノミストを意識したノンアル市場が拡大しつつある。その事例をいくつか紹介。

・今後、各メーカー・飲食業界もノンアル市場に商機を見いだして取り組んでいくべき!

 

ということをメインに述べられている。

 

ちなみに、私も飲み会に参加しなくなって1年半くらい経過している。いろいろあって、飲み会と合わせて家での飲酒習慣もすっかり無くなっている。今日で酒を飲まない記録が407日となった。

11月22日の「良い夫婦の日」に解禁しようか、と妻と話していたのだが、結局お酒に手を付けること無く酒無し生活を続行している。なので、私も筆者の言う選択的ゲコノミストの一人に当たるのだろう。

 

筆者の言うとおり、確かにノンアル市場は少しずつ拡大しているし、アサヒビール社のビアリーを筆頭に、低アルコール飲料も活気づいているように思う。

 

ゲコ視点の本って実はあんまり無かったので、興味深く読んだ。概ね筆者の意見には納得いく点が多かったが、気になったのは、筆者の主張の

 

飲食店は、アルコールありきではなく、ゲコでも楽しめるように工夫するべき。そのためにもノンアル開発が重要となる。

 

という点である。多分、この本で最も強く主張されている点だが、これについては、少し冷静に考える必要があるように思われた。というのも、一番上のアンケート結果にもあるように、お酒の有無にかかわらず、みんな飲み会自体をしたくなくなっているのが実情っぽいからだ。

 筆者の意見では、「酒が飲める人は飲み会が楽しいだろうが、酒が飲めない人からすれば苦痛」という前提があるように思うが、これは明らかに間違いである。なぜなら、お酒が飲めようが飲めまいが、大抵の仕事がらみの飲み会はつまらないからだ(気の合う同僚は別ですが)。

 仮に素晴らしいノンアル製品が市場に溢れたとしても、飲んべえだろうがゲコだろうが、飲み会自体に参加したくなければ、ノンアル市場開拓は難しいのではないか。

 プライベート飲み会では確かにノンアル需要があるかも知れませんね。・・・うーん、でも、それは限定的じゃ無いかしら。庶民である私は、あえてお店に行ってまでノンアル飲もうとは、あんま思わないかな・・・(お前だけだよ、といわれたら引っ込みます)。若者がお酒を飲まなくなっている、ということも述べているが、ノンアル製品が増えたらそっちに若者が流れ込むか?と言われたら、それもなんか違う気がする。「わざわざ高い金だしてノンアルを注文するのはコスパ悪」とか言いそうだし。俺が言いそうだし。

 

筆者は「お酒を飲める人はゲコの気持ちがなかなか分からない」、という。確かにそうかも知れない。だが、ゲコの人だって、お酒が飲めてしまう人の辛さをなかなか理解できないだろう。酒が飲めたからと言って、楽しいことばかりでは無いのだ。むしろ私は、ゲコの体質の人を羨ましいとすら思うこともしばしばである。

 

ちなみに、最後にゲコの糸井重里氏とゲコの筆者のゲコ✕ゲコ対談も掲載されている。内容はWebでも読むことが出来る。

 

 

この対談が素晴らしい。なんというか、筆者のやや過激なゲコ論調を、糸井重里氏がいなしてくれている感じ。藤野氏の弁も面白いし、糸井氏のちょっと冷静に会話を転がす感じも見事である。

 

いろいろ書いたけど、飲酒を中断している私としては、なかなか興味深い本でした。もしも酒飲みを再開したとき、もっとゲコの人たちに寄り添うことが出来たら良いですね。飲酒再開しよう!と思える日がいつなのか、今のところわからないですが。