絶望は突然に
絶望、それは献身の双生児である
アルジャーノン・スウィンバーン
人間って闇の底に突き落とされて初めて小さな光を知るんじゃないかなって思う。
憔悴しきっている私の前に人事担当者。
総務部「――それでは、改めて焼き芋さんの車両違反を確認します。一般道におけるスピード違反で3点、携帯電話使用2点、赤信号時の信号無視で2点。累計7点」
「……はい」
総務部「後は点数にかかわらないけど、免許証不携帯で罰金3000円ですね。罰金の累計は39000円です。当然、こちらは全額焼き芋さん負担となります」
「……もちろんです」
総務部「そういえば、あなた、すでに過去の違反で点数がたまってますね。今回の違反の前に5点分加算されていましたね」
「……」
総務部「焼き芋さん、間違いないですよね?」
「は、はい」
総務部「今回の一連の違反と合わせて、累計12点。90日間免停ですね」
「……」
総務部「とりあえず課長と部長を呼びましょうか」
――
コンコン
課長「……」
部長「おい、焼き芋。お前どういうこと?(半笑い))」
「す、すみません……」
課長「すみませんじゃなくてさ、まずどういう経緯で違反したのかを説明しないと」
「す、すみません……ええっと」
部長「いや、いいよ。事情は総務部から全部聞いてるから」
課長「……」
部長「お前さ、営業としての能力を問う以前に、社会人として失格だろ」
「……」
部長「……俺たちはさ、子供のおもりしてんじゃないんだよ。それくらいはお前、わかるよな」
「は、はい」
部長「――もういいよ。お前、営業から外れるしかないね。だったそうだろ?車に乗れない営業なんて、使い物にならないだろうが」
「で、でも、電車を使うとか」
課長「まだそんなこと言ってんの?お前ほど問題抱えている奴、前例がないんだよ。笑えないよ」
総務部「言葉はある程度慎んでください。今の若者は、すぐにパワハラだの言ってきますので」
「い、いえ、そんなこと僕は」
部長「そんなこと言えるわけないよな。今の状況で。まあ、もうどうでもいいよ。営業は無理。少なくとも、うちの部署からは外れてくれ」
総務部「その判断は一度総務部で話し合います。ただ、部長の言っていることは的外れでないことはわかりますよね?」
「」
ーー
会議室を出ると、同い年くらいの従業員が、いつものように愚痴を話しているのが聞こえた。
従業員A「なんでこんなにめんどくさい案件が一気に立て込むわけ。嫌がらせでしょ(笑)」
従業員B「クレーム対応本当に気が進まないわ。俺はこんなことをするために会社に入ったんじゃないんだからさあ」
という、実にありきたりな内容。そんな会話をしている彼らがとてもうらやましく思えた。もはや自分には、そんなことを思う権利すら失われた。
――転職って、どうやって進めればいいんだっけ……?そう思わざるを得なくなった。
「……夢?」
ベッドの上。カーテン越しに明かりが漏れる。
絶望的な夢。起きた直後は、どちらが現実なのかわからなかった。少しして、
免停になって折檻されていたのが夢だった
ことを確信。ほっと胸をなでおろす。
……こういう悪夢は時折見る。仕事で大失態をしたり、なぜか裁判で負けて犯罪者になったりする。ひどいときには人を殺して死刑になった時もある。
こういう絶望感たっぷりな夢は、『どうせ夢なんだろ』という感想を持つこともない。実感が伴い、起床後も鮮明な記憶として残る。
これは後味が悪い夢?…いや、そんなこともない。
こういった夢を見た後の気分は、決して悪い心地ではない。むしろ、ホッするというか、安堵感に包まれる。大事件の前に時間を巻き戻したような気持ちだろうか?今までの普遍的な日常が、心満たされた世界に変わる。
一方で、時折味わう夢の中の絶望感は、自分を戒める強力な効果がある。今回の車両違反の例でいえば、
これからは車の運転を気を付けないと
と強い気持ちとなる。
(これは、麻薬にはまったことで絶望的な未来が待っているのを描いた作品を見た後に、「麻薬なんて絶対にやらないようにしよう……」と思う感覚に近いかもしれない。)
更に言うと、車両違反した人の気持ちを十分に理解したくなる。失敗するのは他人事ではないのだから。失敗してしまった人にやさしくできる人は、過去に同じような失敗をした人ということだろう。
あくまで考察レベルではあるが、絶望の疑似体験は
①今がいかに満たされているかを感じる効果
②絶望に近づく行動をしないための抑止力効果
③失敗した人を責めるのではなく、理解する努力をする効果(山本周五郎効果と呼ぼう)
があるのかもしれない。
とすると、今回のような悪夢も、一概に悪いものとは言えないように思う――というか、かなり良いものに思う。 夢を見ている間はまさに「絶望」だが。
……しかし、自分の脳みそは、何故こんな夢を己の意識に見せたのだろう?
とてもFU・SHI・GI。