夢となれ、2017年神戸マラソン
予想していることはまず起こらない。起こるのは、たいてい予想しなかったことだ。
ベンジャミン・ディズレーリ
数日前。
取引先の商談室。
「それで、どうです?最近の調子は?いよいよ日曜日ですね」
塩こうじ「ああ、神戸マラソンね。……それがね、やきいもさん」
「?」
苦笑いを浮かべる塩こうじさん。
塩こうじ「実は私、DNS(スタート前の棄権。 「Did Not Start」の略)しようと思ってるんですよ……」
「え!そうなんですか?それまたどうして――」
塩こうじ「うん。なんだか1か月くらい前からふくらはぎが本当に痛くて……走ると、4~5㎞あたりでもう、痛くて痛くてしょうがないの」
「……ええ」
塩こうじ「行きつけの整体師に相談したんですけど、いろいろ遠回しに『出ないほうが身のためだよ』って言われてしまってね」
「そうですか――。残念ですね。神戸でお会いできると思ったのに」
塩こうじ「まあ、来年2月も別の大会に出る予定ですから、そこで再起を図りますよ。ともかく、私の分も頑張ってください」
「頑張ります。いずれまたどこかで一緒に走りましょう」
塩こうじさんは、取引先の社長さんである。30代前半ながら、会社を双肩に担っている若大将。それと同時に、マラソンについて話すことのできる数少ない身近な人でもあった。
9月ごろ、塩こうじさんから
「11月19日に開催される神戸マラソンに出るんですよ」
という言葉を受け、
「実は私も神戸マラソンに出るんですよ!」
と、意気投合。私は私で11月19日に開催される神戸マラソンに出る予定だったのだ。
この大会で塩こうじさんと会えると思っていたので、大変に残念な心地。まあ、塩こうじさんの分もしっかり走らねば、と改めて気持ちを燃やす。なんたって、神戸マラソンは、私にとって本年最後のフルマラソンなのだから。しっかり有終の美を飾って来年につなげたいところである。
――
金曜日。
21時まで残業し、くたくたになりながら帰宅。帰り道、通勤路を走る人たちがちょろちょろと目に入る。
(気合入ってんなあ。この人たちは大阪マラソンに向けて練習してんのかしら?それとも、神戸マラソンの最終調整かしら?……おれも頑張らないとなあ)
などと考えながら、ふと、あることを思う。
(あれ、そういえば、神戸マラソンって、前日受付が必要なんだっけ?)
(イメージ)
マラソン大会は、当日の前日や前々日に、事前受付を行う。前日受付では、ゼッケンや参加賞等を受け取るのだ。ちなみに大きな大会では、前日に大会イベントも合わせて行われるため、結構にぎわっている。出店も結構出ているので、それを見るだけでも楽しい。
ところで、前日受付は、大会が行われる開催地で行われる。そのため、地方で行われる大会の場合、遠方からの参加者は事前受付がなかなか難しいことも多い。その点を考慮し、地方大会では事前に郵送でゼッケンや参加賞が送られてくることもある。
だが、神戸マラソンは都市部開催だし、大規模な大会なので、前日の土曜日に事前受付を行っているだろうと思われた。金曜日にそんなことを思い返す時点で、気持ち的にかなり出遅れているのだが。
(明日、一回神戸に行かないといけないのか。何時から受付してるんだろう……って、あれ……?)
私は事前受付のことを考え始め、妙な違和感に襲われる。
(あれ?……なんかおかしくね?)
家に辿り着く直前だろうか。私は事前受付があるにしても、あるモノが己の手元にないことに気が付く。
(あれ、なんでアレがないんだろう……?)
家にたどりつき、念のため郵便受けを覗く。しかし、やはりあるモノは届いていない。
あるモノとは、
事前受付の際に受付に渡す「参加者ハガキ」
である。
大会数週間前に、運営側から参加者だけにこのハガキが送られてくる。このハガキには、事前受付の情報なども記されているわけである。そして、そのハガキはゼッケンや参加賞を受け取るための引換券にもなっている。
そんな大事なハガキが、私に届いていない。コレイカニ……?
(運営側のミス?……それとも――)
私はスマートフォンを取り出す。調べたのはランネット(※)の申し込み履歴である。
ランネットとは
マラソン情報が集う総合サイト。マラソン大会の参加についても、このランネットを通じて申し込むことが多い。ホテルも宿泊総合サイト(「じゃらん」とか)を通じて予約するでしょ?就職活動も就職サイト(「マイナビ」とか)を通じてエントリーするでしょ?マラソン大会もおんなじ感じなのよ。
……
……
「うそ……」
私はランネットの大会エントリー履歴を見て愕然。
(ランネット エントリー履歴より)
我ながら実に信じられないことであるが……私は、私は、
神戸マラソンの抽選に落選していた
ようである。
……いや、ちょっとまて。そんなの納得できるか。とんだミステリーである。
なぜ私は落選しているのに、大会を迎える2日前まで「当選していた気持ち」でいたのであろう?
約半年間も自分で自分をだまし続けたというのか。そんなことはあり得ない。
(だって、大会運営側から「『当選』しました」ってメール来たじゃん!)
6月ごろ、大会運営側から当選したというメールが来ていた。それすらも私の幻想だったと言うだろうか?
そこで、改めてメールボックスを調べてみると……
6月、神戸マラソン運営側から届いたメール
……私は確かに当選している。しかし、なぜか、ランネットでは落選となっている。これはどういうことだろう?本格的なミステリーである。
ただ、神戸大会運営サイドやランネットに文句をつける前に、私は考えられる「あること」を想像する。そして、今一度、運営側からきたメールをよく見てみる。
(……もしかして)
「おれ、ちゃんと入金したっけ……?」
記憶をたどってみるが、入金した記憶がない。
勝手にカード引き落としと思っていたのだろうか……?信じられないことだが、私だったらやりかねない。私以外の人間だったら「嘘だろ」と言いたくなるところであるが。私はそういう人間である。
――話を整理する。おそらく、こういうことだろう。
私にとって本年最後のフルマラソンは、参加する前からすでに終わっていたようである(というか、そもそも参加する権利すらなかった)。もはや自分の間抜けっぷりに、自己嫌悪を抱く余地すらない。あまりに予想外なことに笑ってしまったのであった。
ともかく、なんだか拍子抜けし、体から一気に力が抜けた金曜日の夜でした。そして、金曜日の夜は実にだらしなく過ごしたのであった。当然、土曜日も前日受付に行くことなく、衣替えやら掃除などして過ごしたのであった。
11月19日に神戸マラソンに参加される皆様、頑張ってくださいね。中には眠れぬ夜を過ごされる方もいることでしょう。でも、マラソンは参加するだけでも意義があるのです。こんなアホからすれば、心からそう思うわけです。参加される皆様は、それだけで実に美しいのです!頑張ってください!
……それにしても、取引先の塩こうじさんになんて言おうかなあ。というか、同僚にも「神戸マラソンに出ます」って言っちゃったんだよなあ。月曜日は自分へのご褒美ってことで、有休取ってんだよなあ(笑)
嗚呼、恥ずかし(心から苦笑)