ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

シューズはどこへ消えた?

 

 

これまで犯した過ちを振り返り、将来の計画に生かそうと思った。人は変化に対応することができるようになるのだ。それは――

 

 物事を簡潔に捉え、柔軟な態度で、すばやく動くこと。

 物事を複雑にしすぎないこと。恐ろしいことばかり考えて我を失ってはいけない。

 小さな変化に気づくこと。そうすれば、やがて訪れる大きな変化にうまく備えることができる。

 変化に早く対応すること。遅れれば、適応できなくなるかもしれない。

 

最大の障害は自分自身の中にある。自分が変わらなければ好転しない――そう思い知らされた。

スペンサー・ジョンソン 『チーズはどこへ消えた?』より

 

 

 

弱者は決して許すことができない。許しとは、強者の態度である。

マハトマ・ガンディー

 

 

水曜日。朝。

 

「……どういうこと?」

 

朝、会社に出勤しようとして玄関に立った時、違和感を抱く。

 

「……靴。あれ?」

 

玄関に脱ぎ散らかされている一足の靴は、おそらく昨日私が履いていたものだろう。しかし、わけがわからない。なぜならば、

 

 

 

このシューズは私のものではないから

 

 

である。

 

「なんで……?」

 

私は、ビジネス用の靴を3足を持っているのだが、そのうちの1つがなくなった。代わりに、今持っている靴とよく似ている靴があったのである。違う点は、色だけであった。

 

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どうやら、昨日のどこかのタイミングで、靴を間違えてしまったようである。

 

 

「まいったなあ……」

 

しかし、私以上にまいっているのは、私のせいで靴を失ってしまった方であろう。とんだご迷惑をかけてしまった。

 

 

ひとまず、昨日の自分の行動を振り返ってみた。

振り返ってみると、昨日はいろいろな場所で靴を間違える可能性があったようであった。

 

 

可能性1  月曜日に泊まったカプセルホテル

 

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今回の月曜日と火曜日は東京出張だったため、月曜日にビジネスホテルに泊まっていた。いつもならば直前に連絡しても必ず予約できるお気に入りのホテルがあったのだが、この日はあいにくの満室だった。ほかのホテルも当たってみたのだが、直前に確認したこともあり、高級ホテル以外はどこも満室となっていた。

 

そこで、仕方なく、最終手段としてカプセルホテルに泊まった。(カプセルホテルは学生時代から愛用していたため、特に抵抗はない)

 

当日宿泊したカプセルホテルには靴だながあったのだが、そこはフリーに使えるところで、出し入れも自由にできる。

 

「もしかして、朝にホテルを出たとき、間違えたのかしら?」

 

カプセルホテルに泊まった日は、先輩からの誘いで遅くまで飲んでいた。朝は寝ぼけ状態だったので、靴を取り間違えてしまった可能が十分ある。

 

冒頭述べた通り、色違いではあるものの、私が持っている靴とサイズやデザインがまったく同じだったため、私の間抜けっぷりからしたら、火曜日も気づかずに履き続けたかもしれない。

 

 

 

とりあえずホテルに電話してみた。

 

「――あ、そうですか。わかりました、ありがとうございます」

 

 

……他の客から靴に関する問い合わせは来ていないらしかった。問い合わせが来たら電話してもらうよう、約束はしたが……。

 

 

 

ひとまず、べつの可能性も考えてみることにした。

 

 

可能性2 開発センターの靴だな

 

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ホテルを出たその日は、東京出張2日目。新商品について話し合うべく、東京にいる先輩社員とともに、自社の研究開発センターに訪問していた。

 

開発センターでは、訪問客は靴からスリッパに履き替える必要がある。特に鍵をかける必要はない。

 

「もしかして、開発センターから帰るときに靴を間違えてしまった……?」

 

この場合、話が少し厄介になる。開発センターには、我々のような自社の営業が訪問することもあれば、他社の営業や関連業者も出入りしている。自社の人間の取り間違いならば問題は比較的小さいが、他社の場合、迷惑をかける範囲が広くなってしまう。

 

私は、焦りつつ、こっそりと開発センターにいる同期に電話をしてみる。

 

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(本人ではない。同期にちょっと顔が似ているモデルさん)

 

同期「はい。もしもし」

 

「あ、もしもし?ちょっと相談したいことがあるんだが」

 

同期「なに関係?」

 

「靴関係。事情はコウコウコウコウコウ」

 

同期「何それ(笑)普通間違う?」

 

「いや、わからん。どこで間違えたのかわからんのだ。助けてくれ」

 

同期「助けて、って言われてもなあ。取り合えず事務職の人に聞いてみるけど」

 

「頼むぜよ。俺の名前は出すなよ」

 

というわけで、同期に確認を取ってもらったのだが――。

 

プルルル

 

「はい、やきいもです」

 

同期「あ、もしもし?僕だけど」

 

「あ、待ってたよ。どうだった?」

 

同期「そういう話は特に来てないって。たぶん開発センターで間違えたわけじゃないんじゃない?」

 

「わかった。じゃあね」

 

同期「おい、それだけか。こんなくだらないことに付き合わせやがって」

 

「靴が見つかったらお礼する。報告を待て」

 

 

というわけで、可能性2の可能性は著しく低くなった。

 

 

可能性3 居酒屋

 

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 開発センターの帰り、先輩社員数名とともに、ふらりと居酒屋に行く。お店は気さくな赤ちょうちん居酒屋だった。

 

「……あの店、靴を脱ぐシステムだったよな」

 

そのお店は座敷であり、皆が靴を脱いでいた。当日のお店は結構繁盛していて、お客も満席だった。そして、座敷の下には、ビジネスシューズがたくさん置いてあった。

 

 なお、その日の飲み会は、私以外は東京にいる先輩たちだった。普段関西にいる私だけは、その日のうちに新幹線に乗って帰る必要があったのである。話が盛り上がっている中、私はギリギリまでその雰囲気を楽しみ、時間が危ういことを知って慌ててその居酒屋を後にしたのである。

 

「あの時慌てていたから、靴を履き間違えた、とか?」

 

なにより、この居酒屋が、家に着く前に靴を脱いだ最後の場所である。 普通に考えれば、この居酒屋の可能性が一番高いはずである。(なぜ最初に電話しない)

 

 

 

私は居酒屋に連絡してみた。

 

店員「火曜日、というと、昨日ですか?少々お待ち下さい、確認しますので」

 

「はい」

 

しばらく音楽が流れる。そして。

 

店員「ああ、あったようですね……はい。靴が違うって話があったようです」

 

「本当ですか!?すみません、本当にご迷惑を……」

 

ホっと安堵した。取り合えず、犯行現場はハッキリした。

 

店員「いえ、ですが……」

 

「あの、その方に連絡をお願いいただいてもよろしいでしょうか?それか、私の方で直接お詫びさせていただきたいのですが……」

 

店員「あの……それがですね」

 

「?」

 

 店員「実は――」

 

「――え?」

 

店員「そうなんです――なので、電話ができないんですよ」

 

「あ、そうなんですか……それは……ええ、いや、こちらが悪いので……どうも」

 

私は電話を切る。そして、私はどうすべきか再び迷う。

 

確かに私は居酒屋で靴を履き間違えたようである。しかし、残念ながら、間違えてしまった相手とは接触できそうになかった。

 

 

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靴を間違えられた当人は、間違えたことに気づきながらも、そのまま私の靴を履いて店を出て行ったようである。どうやらその方は、靴を間違えられたことに呆れながらも、笑って済ませたようだ。

 

……あ、いらぬ邪推をする人の為に念押ししておくが、入れ替わった靴を比較すると、たぶん、価格的には私の靴の方が安いはずである。色違いの靴の買ったので、大体の価格相場はわかるのである。

 

 

ともかく、私は袋小路に入ってしまった。そして、なす術がなくなり、力が抜けたのであった。

 

靴を間違えてしまった方、もしもこのブログを読んでいらっしゃいましたら……ご連絡の程を……。心よりお詫び申し上げます。

 

 

 

――

 

と、 ここまでは、実は先週の水曜日(5月31日)に書いたものである。

 

――

 

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「……ダメだな」

 

私は左下にある『下書き保存する』をクリックし、この日記を公開することなく保存した。 

 

公開をためらったのは、こういった日記を公開することに、自分自身のモラルを疑ったからである。靴を間違えておきながら、それをもとに日記を公開するなど、私の理性が許さなかった。それに、こんなちっぽけなブログで呼びかけたところで、おそらく持ち主に届く可能性は非常に低いだろう。

 

「とりあえず、今は保存だけ……」

 

と思い、今回のことは忘れることにした。

 

 

――しかし、ひょんなことから、このたび、上記の日記を公開することになる。

 

 

 

 以下、続き。

 

 

 

――

 

6月7日。水曜日。

 

この日は、東京で会議だった。朝から新幹線に乗り、夕方過ぎに会議終了。

 

 

 

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エレベーター内。

 

ノワゼット「お、やきいも。これから新幹線?」

 

会社の先輩であるノワゼット氏(仮名)に声をかけられる。ノワゼット先輩は私が新入社員のころに指導係だった男性。今は同じ部署で重要な仕事を任せられている中間管理職である。

 

「そうなんですよ。朝一で東京に来て、この時間から新幹線で帰ります。会議のためだけに来るのって、移動費がかなりもったいないですね」

 

ノワゼット「まあ、しょうがないんじゃない?――それにしても、お前、フルマラソンでたんだって?うわさで聞いたけど」

 

「一応、そうなんですよ(ホマレホマレ)」

 

ノワゼット「すっかりこげ茶色に焼けて。すごいなあ。俺じゃ無理だわ」

 

「いえ。暇を持て余しているだけですから――」 

 

ノワゼット「あ、そういえば、こげ茶色で思い出したけどさあ――」

 

「?」

 

ノワゼット先輩は、苦笑している様子。

 

ノワゼット「おまえさ、1週間前に〇〇って店で飲んだの、覚えてるだろ?」

 

「え、ええ。もちろん(記憶から消したい店です)」

 

実はこのノワゼット先輩、先週の火曜日の夜の飲み会にいらっしゃっていた先輩の一人である。

 

ノワゼット「あの日、おまえ、俺たちより早く帰っただろ?大変だったんだよあの日。俺の靴がなくなってさあ」

 

「……え?」

 

 私の全神経が耳に集中する。

 

ノワゼット「あの日、帰ろうと思ったら俺の靴がなくなっててさ、見知らぬ靴があるわけ。誰かが履き間違えてもっていったんだろうな。店員に聞いても全然ぴんと来ていないし」

 

「……」

 

ノワゼット「予約して入るような店でもなかったから、店員にきいたってわかるわけないし。みんなを待たせるわけにもいかないし、しょうがないから残っていた靴履いて帰ったよ。奥さんにも怒られるし。奥さんはその靴を履けって言うんだけどさ、でも、見知らぬ奴の靴なんて気持ち悪いだろ?だから、ほら、この前の日曜日に新しい靴も買ったわ」

 

笑いながら足を上げるノワゼット先輩。

 

「あ、あの」

 

ノワゼット「最近、『チーズはどこへ消えた?』がまた流行りだしてるみたいだな。大谷翔平効果らしいけどね。まあ、なんにしても、俺の場合はシューズはどこに消えた?って感じだよ、まったく(笑)」

 

「あの、ノワゼットさん」

 

ノワゼット「ん?」

 

「なくなった靴って、茶色ですか?」

 

ノワゼット「うん。こげ茶色」

 

「サイズは25.5あたり?」

 

ノワゼット「うん。ビジネスシューズは小さめにしてんの」

 

「もしかしてブランドって、〇〇?」

 

ノワゼット「……おい」

 

「あの、実は――」

 

ノワゼット「まさか、お前……」

 

 「す、すみません。犯人は僕のようです」

 

ノワゼット「おおい!!なんだよ、靴買っちまったよ!」

 

「本当にすみません……!」

 

と心の底からお詫びを伝える。

 

 

ノワゼット「まあ、いいか、取引先と話すいいネタができたよ(笑)お前もネタにしていいよ(笑)」

 

「あ、ありがとうございます」

 

というわけで、何の因果か、あの靴の持ち主は無事に見つかったのであった。

 

それにしても、間違えた相手が身近な人で、しかも温和な先輩でよかったです。こういったときに笑って許してくれる先輩は、今後も尊敬させていただきます(ただ、その日から、いろんな先輩に「靴泥棒」と呼ばれましたが)。

 

 

 

まあ、せっかくなので、あの日の日記含め、靴について書いたのでした。当人から許可もらったからいいですよ……ね?

 

 

 

独りマラソン、だが孤独にあらず(黒部名水マラソン後半)

 

 

よく30㎞や35㎞地点には魔物がいると言います。でも、私がそれ以上に怖いのが「10㎞地点の魔物」です。この魔物は誘惑が得意で、10㎞あたりを走るランナーに「あれ、おれ、今日いけんじゃね?」って思わせるんです。――でも、この誘惑に絶対のってはいけません。そのツケが30㎞に来た時に一気に襲ってきますからね。

高橋尚子(2017年6月3日トークショーより)

 

 

私たちはトンネル屋なんです。トンネルを掘るのが商売なんです。金儲け仕事なんだと思っちゃいけません。並大抵の代物じゃないことは、初めから覚悟しています。私の集めた人間たちは、たとえ熱かろうが水びたしになろうが一歩もひきませんよ。貫通してみせます。必ず貫通してみますよ。

吉村昭『高熱隧道』より

 


 前回の続き。


忘れないよう、黒部名水マラソンについて書いてしまう。日記は筋肉痛がひかぬうちに書け、である。



 

6月4日。黒部名水マラソン当日。

朝。5時半に起床。

 

朝食を軽く済ませ、宿泊先から出ているバスに乗り、会場に向かう。外は小雨が降っていた。天気予報では晴れになる予定だったのだが。

 

 

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7時前に会場に到着。写真は会場入りした直後。この1時間後には、人であふれ、即興で作った簡易棚に荷物がみっしりと置かれることになる。

 

早めに会場に到着した私は、スタートまでぼんやりと、あたりのランナーを見回す。

 

……みんな自分よりも速そうに見える。朝食を食べている人を見れば、何を食べているのかが気になる。着替えている人を見れば、どんな服装で走っているのかが気になる。トイレに並ぶ列を見れば、「トイレに行っておいたほうがいいのかしら?」という不安に襲われる。

 


――とにかく、スタートまでの曖昧な時間を、私はそわそわして過ごした。

 

――


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(スタート前に唯一撮っていた写真。自分の脚が写っているだけだが……。なんでこんな写真を撮ったんだろう?しかし、これがあとで意味深だったと感じます)

 

 

 

9時。

外は快晴。気温も20℃前後で走りやすい気候。スタートの空砲は予定通り鳴らされた(笑えるハプニングがあったが)。

 

 

〇スタート~10㎞地点(平均5:40/km)

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(最初はゆっくりゆっくり)

 

スタートは体を温めるために、とにかく無理せずにゆっくり走ることを意識。

 

 

 

 

 

言うまでもなく、どんどん抜かされる。しかし、

 

 

(焦るな、この連中を後で抜く楽しみを取っておくのだ。)

 

 

と何様に思いながら、Calm down Calm down!と、心で唱え続ける。

 

 

 

〇10~20㎞地点(平均5:30/km)

 

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ここから少しずつきつくなる上り坂。

 

しかし、当初予想したよりきつくない。


(もしかして、体の調子がいいか?)



心なしか周りのペースが遅く見え、抜かすことが増えてくる。

 

(最初に飛ばしていた人たちがここでスピードダウンか。でも、つられるんじゃないぞ。絶対に飛ばすなよ?あくまで目標ペースを維持だ。大丈夫、落ち着いていこう)

 

と思うのだが、気づかぬうちにペースアップしていたことを後で知る。(Qちゃんのアドバイス、ちゃんとわかっていたつもりなのだが…)


 

〇20~25㎞地点(平均5:30/km)

 

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日差しが少しずつ強くなる。また上り坂もピークであった。

 

自分の脚が少しずつ重くなってなり、呼吸も少し乱れてくるのがわかる。ペース維持を心がけながら走っていると、

 

(あ、あれは――)

 

前にある人物が現れる。

 

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(あれは、サブ4のペースメーカー……!)

 

ペースメーカーとは

陸上競技中距離走長距離走、特にマラソン競技でみられるペースメーカーとは、高水準かつ均等なペースでレースや特定の選手を引っ張る役目の走者のこと。

Wikipediaより

 

 

彼らは、4:00:00のビブスを身に着けている。すなわち、彼らの走りを超えることができれば、サブ4(4時間以内)を達成することができるわけである。逆に彼らよりも遅いということは――その逆を意味する。

 

今回の私の目標はサブ4であった。私にとって、彼らはぜひとも超えたい存在である。

 

(よし、この人たちについていこうか。しかし……)

 

自分自身の人間性をよく分かっている。それは、

 

追いかけるより、追いかけられる方が好きなドMニンゲン

 

ということである。

 

4時間ペースメーカーを追いかけると、つらくなった時についていくことができないだろう。逆に後ろから迫ってくると思った方が、自分を追い込める。

 

自分のドMな性格を考慮し、私は少しだけペースを上げ、4時間ペースメーカーを抜いた。これが吉と出るか、凶と出るか、この時はまだわからなかった(というか、これを書いている自分にもわからない)。

 

〇25~30km地点(平均5:20/km)

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(……つ、つらい)

 

エネルギー不足、足の疲労、呼吸の乱れが増してくる。すでに上り坂を終え、下り坂を走っているはずなのだが、ちっとも走りが楽にならない。

 

 

(ここで楽になるはずだったのに……おかしい、何かがおかしい)

 

(タイムは落ちてないが…身体はつらい。これは何を意味するのだろう?大丈夫?ねえ、大丈夫?)

 

(落ち着け……、Calm down Calm down!でも、落ち着いている場合か?)

 

(……まだ先は長い。あと15㎞、走り切れるだろうか?)

 

(焦るな、焦るな。でも、後ろからペースメーカーが来ているのでは?)

 

と、肉体の疲れが精神の方に迫ってくるのを感じる。一番つらいところであった。

 

 

――その時である。

 

「頑張って!サブ4狙えるよ!」

 

コースのど真ん中に、一人の女性が立って応援している。そして、横切るランナーにハイタッチをしている。

 

 

 

そう、その女性は

 

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高橋尚子、その人である。決して疲れからくる幻影ではない。

 

横切る際、高橋尚子とハイタッチした。

 

(……高橋尚子とハイタッチした)

 

(……高橋尚子に応援された)

 

(……高橋尚子がサブ4狙えるといった )

 

(……高橋尚子が走っている姿がかっこいいといった)

 

(……高橋尚子がサブ4とったら抱きしめてくれるといった)

 

 

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精神の不安は払われ、気持ちは高ぶった。ありがとう、高橋尚子。絶妙な場所にいらっしゃいましたね。

 

 

〇30~35km(平均5:30/km)

 

 

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Qちゃん効果も薄れ、肉体的な疲労がピークを迎える。

 

(練習不足の影響がここにきたか……なぜあんなに出張を入れた!?なぜあんなにサービス残業をした!?なぜもっと朝早く起きて練習しなかった!?なぜもっとお酒を控えて夜に走ろうとしなかった!? なぜ直前体を休めずにバカみたいな練習をした!?……すべて……すべては、もう遅い!)

 

沿道の応援も少なくなり、一層の孤独感が増していった。そして、自責の念に襲われる。

 

 

 

……その時である。

 

後ろから私を抜かしたランナーの姿をみて、血の気が引いた。

 

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絶望の4時間ペースメーカー。

 

 

(そ、そんな……いやじゃあ!)

 

私は急いでペースメーカーを再び追い抜く。一心不乱とはこのこと。

 

 

しばらくして、給水所によろめきながらたどり着く。すでに満身創痍。

 

(給水所で止まる時間すら惜しい。しかし、もう止まりたい……涙)

 

 

私は水を受け取り、そのあとに体を拭くスポンジを受け取る。

 

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おそらく地元の女子高生だろう。ボランティアで参加してくれていたと思われる。


その娘から水をたっぷり含んだスポンジを受け取る。その時、女子高生は小さな声で

 

 

ファイトっ!

 

と声をかける。

 

 

あたりまえだが決して深い意味はない。たまたま彼女のもとに「とあるランナー」が来たから、その人にスポンジを渡し、定型的な声掛けをしただけである。そんなことはわかっている。

 

しかし、私の消えかかっていたモチベーションを再燃させるには充分であった。

 

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(ここからは、気を抜いたら終わりだとおもえ)

 

このあたりで、うっすらと涙が流れたことを覚えている。

 

 

〇35~40km地点(平均5:50/km)

 

ここまでくると、歩いている人や、立ち止まってストレッチしている人や、動けずに倒れこんでいる人たちも多くなってくる。

 

そんな光景の中、2人の自分が心の中でせめぎあう。

 

(歩こうか?少し歩いて休息を取ろう。給水所で少し長めに休みな)

 

(絶対歩くなよ。歩くともう動けなくなる)

 

(大丈夫。少し歩いて最後のラストスパートにかけるんだ)

 

(そんな器用なこと出来るのか?自分のことは自分が一番わかっているだろ。歩いたら終わりだ)

 

こんな葛藤と戦いながら、ペースを落としつつ、かろうじて足を止めずに走り続ける。

 

 

 

37㎞あたりの給水所。ボランティアでコールドスプレーを用意してくれていたので、足に噴射する。

 

(――あれ?全然冷えない……?)

 

原因はすぐに分かった。それは、私の格好にある。

 

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こいつを履いていたからである。これまで私の足をサポートしてくれていたが、ここにきて脚の冷却を妨げるとは。

 

(これも運命なり……!)

 

私はコールドスプレーを返す。

 

給水所で水をもらうと、その隣であるものを発見。

 

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マラソンをしたことがある人ならばわかるであろう。

 

水浴び

 

である。柄杓で水をすくい、それを体にぶっかける。これにより、体の熱が一気に冷まされるのである。

 

(こいつならばタイツ越しでも効くはず……!)

 

と思い、私は自分のふくらはぎに柄杓で水をかける。その様子を見ていたボランティアの方々が、

 

「背中から一気にかけましょうか!?」

 

と言ってくれる。私は迷うことなく

 

「お願いします!」

 

「よっしゃ、せーの!」

 

3人がかりで一気にかがめた背中に水をぶっかけてもらう。全身から一気に放熱された。

 

「ありがとうございます!」

 

「がんばって!」

 

(一気にラストスパートじゃ!)

 

 

 

と思ったのだが…。

 

 

ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん

 

(あれ?何だこの音……)

 

体中から水が揺れる音。脚は冷えているものの、腰に鈍い痛みが襲う。

 

(……やばい、まさか……これって……)

 

私は、自分が大いなる失敗をしたことに気が付く。

 

 

私は、上記のランニング用タイツのほかに、短パンを身に着けていた。ただし、ランニング用の立派な代物ではなく、中高生が身に着けるような体育着仕様の安物である。(彼女はパジャマと呼んでいる)

 

 

――数年前~数十年前に、体育着でプールに入った時のことを思い出してほしい。身体が一気に重くなった記憶はないだろうか?……あの重みである。

 

おまけに、ウエストポーチも身に着けており、こちらも結構な水を吸水していた。そのため、下半身が一気に重くなったのである。

 

(やばい……短パンとウエストポーチ脱ぎたい……でも、こんなところで脱いだら声援が悲鳴に変わる……)

 

 

絶望の中、私は、ふと、『黒部の太陽』と、昨日まで読んでいた『高熱隧道』を思い出す。

 

 

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(黒部峡谷にトンネルを掘った時、先人たちはたとえ高熱に襲われても水びたしになっても、どんな困難に襲われても、決してあきらめなかった。俺だって――)

 

黒部の戦士に思いをはせ、水が自然に蒸発してくれることを願いながら走りをつづけた。

 

 

 

〇40㎞~ラスト(平均6:10/km)

 

もう、ぐでんぐでん。ラストスパートをかける人たちから、どんどん抜かれる。

それでも、足を止めないことだけを考えて走り続けた。

 

(本当に、この2.195㎞はなんでこんなに長く感じるんだろうか?)

 

しかし、歩みを進める以上、終わりは少しずつ近づいてくる。

 

ゴールが見え、声援が一層高まる。中には

 

「ゼッケン番号チョメチョメ(私の番号)頑張れー!」

 

なんておばあちゃんの声が聞こえる。私は照れながら手を振ってこたえる。でも、あの声は本当にうれしかった。ありがとう、おばあちゃん。

 

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直前に後ろの人に抜かれながら、どうにかフィニッシュ。

 

 

――

ゴールした直後は、足が動かず、近くの芝生で倒れたら、しばらく起き上がれなかった。でも、最高に気持ちよかった。

――

 

ゴール後1時間くらいして、ようやく着替えを済ませる。

 

配られていたトン汁と鱒寿司と御団子を受け取りに行く。ボランティアの女子小中学生から受け取り、最後まで癒される。(登場人物に女性が多い日記です)

 

 

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豚汁、とってもおいしかった。有名店のコース料理や最高級和牛でも、この豚汁にはかなわないだろう。本当においしかった。本当においしかった!これを食べるために走ってるんだよなあ!

 

 

ーー

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その日のうちに、痛い足を引きずりながら、大阪の地に帰りました。本当は黒部観光したかったけど、それはまた時間に余裕があるときですね。

 

 

最後に、タイムですが……

 

 

無事サブ4達成できました!3時間58,9分くらい?なので、ほとんどギリギリでしたね(笑)

 

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いろいろな人の支えがあったからこその完走だったと思います。独りで黒部に赴きましたが、決して孤独ではなかったです。本当にありがとうございました。

 


長文、失礼いたしました。この日記を書き終えた今も、完走の実感がわきませんが……日焼けた肌を見たり、脚の筋肉痛を感じるたびに、「走ってきたんだよなあ」と思うところでございます。

 

しばらく走りたくないけど…また少ししたら、走りたくなるのかしら……?

 


以上、自己満足記録でした~:->:->

 

黒部は挑戦の地(黒部名水マラソン前半)

 

 

 

バカ、なめるんじゃない。黒部じゃケガはないって。ミスしたら死ぬしかないんだ。気を緩めるんじゃないぞ。

黒部の太陽』より

 

 

 なぜ人間は、多くの犠牲を払いながらも自然への戦いをつづけるのだろう。たとえば藤平たち隧道行工事技術者にしてみれば、水力用隧道をひらき、交通用隧道を貫通させることは、人間社会の進歩のためだという答えが出てくるが、藤平にとって、そうした理屈はそらぞらしい。かれには、おさえがたい隧道貫通の単純な欲望があるだけである。発破をかけて掘りすすみ、そして貫通させる、そこにかれの喜びがあるだけなのだ。自然の力は、容赦なく多くの犠牲を強いる。が、その力が大きければ大きいほど、かれの欲望もふくれ上がり、貫通の歓喜も深い。

吉村昭『高熱隧道』より

 

 

 

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先週某日。

 

出張で広島に行っていたのだが、そのビジネスホテルで『黒部の太陽』を鑑賞する。

いつもならば出張中は酒を飲んだり、会社PCを開いて仕事をしたりするのだが、今回は酒も炭酸ジュースにし、仕事もほどほどに終わらせ、上映会を楽しんだ。

 

 

黒部の太陽 [通常版] [DVD]

黒部の太陽 [通常版] [DVD]

 

石原裕次郎三船敏郎。日本を代表する二人の映画スターが、限りない映画への夢を抱いて実現させた世紀のプロジェクト。
昭和30年代、不可能と呼ばれた黒部ダム建設に、文字通り命を賭けた男たちのドラマを、映画演劇人総出演の豪華キャストにより、
かつてないスケールの空前のスペクタクル映画。

 

 上映時間が3時間越えの超大作だった。途中眠くなったりもしたが、その日のうちに最後まで見終えることができた。三船敏郎石原裕次郎の夢の共演が見られる傑作作品である。CG無しにこの作品を作り上げるのはどれだけ大変だったことだろう?(というか、本当に死者を出してないんだよね……?)

 

ところで、この映画を出張中に観た理由、それは、6月4日に控えた

 

黒部名水マラソン

 

 に参加するからであった。

 

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黒部に行くのは初めてであった(というか、富山県自体、初めて足を踏み入れた)。そこで、予習目的で「黒部の太陽」を観たというわけである。

 

これでばっちり、黒部への興味関心を持つことができました。

  

 

――

6月3日。(大会前日)

 

昼前、前日受付のために、会場の宇奈月温泉に向かう。マラソンは前日受付が多いし、そもそもフルマラソンの開始が9:00なので、前日から現地に入っていないと参加が難しいのである。余談ながら、マラソン前日のホテルは確保が非常に難しく、価格も暴騰する傾向にある。私も泊まる場所がなかなか見つからずに苦労した。

 

 

さて、大阪から向かう場合、以下のルートとなる。

 

新大阪→→(サンダーバード号)→→金沢駅→→(北越新幹線)→→黒部宇奈月温泉駅→→(バス)→→会場

 

 

移動中、一冊の本を読む。それは、以下の本。

 

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高熱隧道 (新潮文庫)

高熱隧道 (新潮文庫)

 

 黒部第三発電所――昭和11年8月着工、昭和15年11月完工。人間の侵入を拒み続けた嶮岨な峡谷の、岩盤最高温度165度という高熱地帯に、隧道(トンネル)を掘鑿する難工事であった。犠牲者は300余名を数えた。トンネル貫通への情熱にとり憑かれた男たちの執念と、予測もつかぬ大自然の猛威とが対決する異様な時空を、綿密な取材と調査で再現して、極限状況における人間の姿を描破した記録文学

 

黒部の予習第2弾である。最初に取り扱った『黒部の太陽』が黒部第四発電所(クロヨンダム)ならば、この小説の題材はその前の黒部第三発電所である。

 

 小説ながら、正直『黒部の太陽』よりも恐ろしく、迫真に感じた。トンネル貫通を阻む高熱地獄や泡雪崩など、圧倒的な自然の脅威に立ち向かう人間が勇ましい。

……しかしそれ以上に、閉塞的な環境で、トンネル貫通を何が何でも行わなければならない状況に追い込まれることで、主人公や周囲の人間の人格がみるみる変わる過程があまりにも不気味であった。あくまで資料を基に描かれた作品ではあるが、このような出来事が現実にこの国で起こっていたことを思うと、背筋が寒くなる。

 

個人的感想だが、フィリップ・ジンバルドー『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』(スタンフォード監獄実験のレポート)や、スタンレーミルグラムの『服従の心理』(アイヒマン実験のレポート)を読んだ時のような、人間の脆さを感じた。

 

読了後は決して爽やかな気分ではないものの、「いい本を読んだなあ」と思えた。吉村氏の小説は初めてだったが、ほかの作品も読んでみたいなあ。マラソンを通じて、良い出会いができたと感じました。

 

 

……あ、そうそう、マラソンの日記でしたね(笑)

 

 

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15時頃、会場に到着。会場に着くと、一気に感情が高ぶりますね。

そして、この日楽しみにしていたのが、高橋尚子氏のトークショーである。

 

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会場は人でいっぱいでした。Qちゃん、きれいだなあと思ってみていたが、実は私よりも20歳近く離れていることを後で知る。走っている人って、本当に若いですね。

 

話し方や動作をみていると、すっかりテレビの人って雰囲気だなあ、って感じました。Qちゃんもどんどん変わっていくんだなあーなんて、何様目線で思ったのでありました。

 

――

会場を後にし、宿泊施設に向かう。

 

宿泊先のロビーでのんびりしていると、近くに座っていた人に話しかけられる。

 

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年齢30代前半くらいのイケメン男子。まあ、高橋尚子に限らず、ランナーって年齢がわかりずらい人が多いので、あくまで推定ですが。

 

男性「あなたも明日参加するんですか?」

 

「あ、はい。そうなんです(笑)」

 

男性「フルですか?」

 

「そうですね(へらへら)」

 

男性「そうですか!お互い頑張りましょう」

 

 

その後、お互いのことについてさっくりと話す。話していると、私とは違い、本格的なランナーであることがすぐにわかる。

 

 

男性「僕、マラソン始める前は10㎏以上太っていて、これはまずいなあって思って。それで始めたんです。そこからはまっちゃって、今では毎日走ってますね。今だと180日連続ランニング中です(笑)」

 

「すごい記録ですね。ぼくなんか、平日に1回、土曜日に1回走るのがせいぜいなので……全然練習量が違いますね(笑)意識が足りないですね」

 

男性「いや、そんなことはないですよ。走る頻度は人それぞれでいいと思いますから。ただ、私は少し病的になってきている気がしますね(苦笑)ところで、今回の目標タイムはどんな感じですか?」

 

「うーん、前回が4時間15分くらいだったので、できればサブ4(4時間以内)でしょうか?(笑)まあ、練習量があれなので……ひとまず、完走できることを第一に頑張ります(笑)男性さんはどうですか?」

 

男性「そうですね~いやあ、今回はタイムを少しでも伸ばしたいと思ってるんですが、今回のコースはちょっときつそうですね(苦笑)」

 

「そうですね。結構高低差がはっきりしていましたからね」

 

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黒部名水カーターマラソンHPより

 

 男性「今のところ、ベストタイムが3時間5分くらいなので、5分縮めてサブ3ってところですかね。これまで、毎回5分ずつ縮めることに成功しているから、なんとか……って感じですね(笑)」

 

「は、はあはははは。頑張ってください(次元が違う)」

 

 

 

こういう徹底したランナーって、本当にマラソンへの向き合い方がすごいと思いました。ブログを拝見しても、こんな感じの人がわんさかいてびっくりさせられますが、直接会話をしてみると、その意識の高さにもっとびっくりしましたね(笑)

 

 

なんというか、彼らは、おさえがたい走ることへの単純な欲望があるだけである。発破をかけて走りすすみ、そしてゴールにたどり着く、そこにかれの喜びがあるだけなのだ。フルマラソンのコースは自然の産物であり、容赦なく苦労を強いる。が、その力が大きければ大きいほど、かれの欲望もふくれ上がり、ゴールの歓喜も深い。

 

という感じですかね。まあ、あたしゃここまでの境地にはまだまだ程遠いですがね。ただ、こんだけ取り組み方に差があると、かえってすがすがしい気持ちで応援したくなりました(笑)

 

 

本番に向けて夜は22時くらいには眠った。

 

 

 

当日は後半に続く。(興味があったらよんでね)

 

 

 

戦の前のひとっぱしり

 

 

人間の体は、使えば使うほど丈夫になるし、鍛えれば鍛えるほど強くなっていく。それは、高橋尚子もあなたも同じなのだ。だれもがオリンピックの金メダルを取れるわけではないし、世界最高記録を樹立できるわけではないが、だれもが今の自分より丈夫になれるし、強くなることができる。ランニングを始めることで、自分にはこんなこともできたのかと、きっと驚くことになるだろう。

小出義雄『知識ゼロからのジョギング&マラソン入門』より 

 

 


自分が一歩でも二歩でも走れば必ず速くなる。
昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分と、いつも自分に挑戦して欲しい。人と比較しないで、まず自分を超えていく。そういう気持ちを持って、毎日一生懸命走って欲しい。

 高野進(男子短距離陸上競技選手、日本陸連強化委員長)

 

 

 

朝。

 

6時半に起床。カーテンを開けると、見事な晴天がひろがっていることに安堵。夜中に干した洗濯物もすっかり乾いている。

 

 

 カラダを軽くストレッチし、朝食にバナナ数本とエナジー系ゼリーを食す。

 

 

「――さて、いこうか」

 

8時過ぎ、ランニングウエアで家を出る。

 

――

 

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いつものランニングコースである河川敷に向かい、いつものように走り始める。ただし、今日はいつもよりも長く走った。

 

 

 

 

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距離的にはもはやフルマラソンであった。最初は好調だったのだが、29㎞あたりから足が一気に痛くなった。さらに、エネルギー不足と水分不足と日射ダメージで満身創痍となり、結局途中から歩いてしまった。……これが俗にいう「30㎞の壁」というやつである(たぶん)。

 結局、30㎞地点からほとんどプラプラ歩いてゴールしたため、事実上、30㎞ランだったような気もする。でも、なんとか42.195㎞何とか走りぬいた。

 

まあ、なにはともあれ、本番前にフルマラソンの距離感を確認できたのは良かったと思います。

 

 

 

 

 

あ、本番?

 

 

実は、来週こいつに参加してきます。

 

 

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先週くらいに参加案内が届いた。公式大会でのフルマラソンはこれで2回目。黒部が俺を呼んでいる。当日は高橋尚子氏もスペシャルゲストで参加するらしい。超楽しみ~。

 

目標は、

 

前回タイムの「4時間13分」を超えること

 

……前回の自分、今の自分にとっては結構手ごわいですね。でも、決して勝てない相手ではないと思っております。

 

 

ともかく、あと1週間はしっかり体を休め、本番に臨むぜよ。黒部ダム建設の戦士たちに敬意を表しながら、頑張ります。

 

 

 

曇り日の結論

 

 

 

晴れる日、曇る日、嵐の日。人生はお天気そのもの。人の運命はどうなるか分かりません。お天気同様、予測不可能ですよ。

福井敏雄(気象予報士)

 

 

 いいかえれば、人生には明確な「結果」があり、そのときになればある行動の意味を最終評価できるという考え方そのものが、都合のいい作り事に等しい。現実には、われわれが結果とみなす出来事も決して真の終点ではない。むしろそれは押しつけられたまがい物の里程標であって、映画の結果が実際にはこれからもつづく物語にまがい物の終止符を打つことであるのと変わらない。そしてある過程のどこに「終わり」を押しつけるかによって、結果から導かれる教訓は大きく異なってくる。

 

 ダンカン・ワッツ『偶然の科学』

 

 

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金曜日の夜。

 

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テレビを見ながら、何ともむなしい気持ちでいた。花の金曜日だというのに、どうしてこんなにむなしいのだろう?酒のせいか、くだらないバラエティー番組を見ても涙がこぼれる。

 

自分の気持ちを高めようと、借りてきた『七人の侍』のDVDを観る。だが、今度はこの映画の内容のすばらしさよりも、長すぎる放映時間に疲れを覚える。

 

気づけばもう23時。前半のDVDが終わる。後半のDVDを観ようか?いや、今日は早めに眠りにつこう。今自分に必要なのは、休息なのだ。

 

 

 

酔いきれぬ頭のまま、私は布団に入った。

 

 

――

 

土曜日

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朝。8時30分ごろ。

 

電話。会社の携帯が鳴る。

 

土曜日に会社の携帯が鳴る悪夢

 

かと思ったが、どうやら現実に会社の携帯が鳴っている。

 

「はい――焼き芋です」

 

ナタデココ「あ、もしもし、ごめんね、土曜日に」

 

「あ、ナタデココさんですか。おはようございます」

 

ナタデココさんは、私が所属する部署の事務職の女性である。

 

 

ナタデココ「あれ、まだ寝てた?」

 

「モーニングコールでした。いい目覚めです」 

 

ナタデココ「あら、それは失礼しました(笑)」

 

「どうかしましたか?土曜日に電話なんて」

 

ナタデココ「いや、ちょっと焼き芋君にお願いしたいことがあって」

 

「はあ」

 

ナタデココ「実はどうしても今日中にやらなければならない仕事があって――」

 

「はい」

 

ナタデココ「仕事内容はコウコウコウコウ――って感じ」

 

「なるほど」

 

ナタデココ「――でも、今日はちょっと用があって、対応できないのよ。だから、休日に申し訳ないんだけど……」

 

「いえいえ」

 

ナタデココ「……お願いしていい?」

 

「もちろんです。あたりまえです。承知しました」

 

ナタデココ「本当に?ありがとうね!」

 

「いえ、いつも助けていただいていますから。それに今日は特にすることがなかったので」

 

ナタデココ「じゃあよろしくね!ほんと助かります」

 

 

電話を切る。すぐに、お礼のメールがナタデココさんから届いた。これで、「夢を見たたと思っていた」で済ませる選択肢はなくなった。

 

というわけで、土曜日に急きょ会社に行くこととなった。

仕事内容は決して複雑な内容でない。単純作業であり、誰でもできるものである。ただ、期日が限られているという点で、どうしても土曜日にその仕事を遂行しなければならなかったのである。

 

休日に仕事をしなければならないことは、私の気分をより一層落ち込ませた――わけではなく、むしろ高揚させた。

 

 先輩社員から仕事を頼まれるというのはうれしいものである。それが別に私じゃなければできない仕事というわけでもなかったとしても(まあ、私にしかできない仕事なんてないですが)。

 

この時ばかりは、土曜日に何も用事を入れていなかった自分をほめてやった。そして、昨日までモヤモヤしていた悩みはすっかり忘れ、最高に晴れやかな土曜日の朝を迎えた。

 

シャワーを浴びる。

家を出る。

会社に着く。

仕事を始める。約1時間で終える。

完了した旨ナタデココさんにメールし、会社を出る。

家にそのまま帰る。

 

 

 ――

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帰宅。すでに夕方になっている。

携帯を見ると、彼女からの着信履歴があることに気が付く。

 

 

「あ、もしもし?」

 

彼女「あ、おはよう。今起きたの?」

 

「そんなわけないでしょ?今日は会社に行っていたんだよ、まったくまったく」

 

彼女「土曜日に会社?なにかあったの?緊急事態?にしては、やけにご機嫌だこと」

 

「いや、緊急事態といえば緊急事態?まあ、大したことなかったんだけどね。朝、会社の先輩から電話がかかってきたんだよ。それで、どうしてもやらなければならない仕事があるけど、用事があるからできなくなったってことで、俺に急きょ頼んできたってわけ。断るわけにもいかないから引き受けたんだけど、ほんと、まいっちゃうよね(笑)」

 

彼女「仕事?なんであんたに頼むの?」

 

「そんなの俺は知らないよ、というか先輩に訊いて?(笑)まあ、先輩からしても、俺が一番頼みやすかったんじゃないの?」

 

彼女「――へえ、そうなんだ」

 

「まあ、悪い気はしないよね。先輩から頼られるって。仕事が本当にできないやつには頼まないからね」

 

彼女「どうして先輩は自分でやらなかったの?」

 

「だから、土曜日に用事があったんだって。まあ、どうしても誰にも頼めなかったら、その用事も犠牲にするもんだと思うけど、幸いなことに頼める後輩がいたってことなんだろうね。そして、それがボクチンというわけだ」

 

彼女「へえ」

 

「まあ、しょうがないよね。まったく、俺も今日はやることがあったんだけど、まあ、しょうがないよね(へらへら)」

 

彼女「何をやる予定だったの?」

 

「え?まあ、借りていたDVD観たり、落語聴いたり――あ、英語の勉強したりだよ。もう、本当に忙しいったら忙しいったら」

 

彼女「私に会いに来るっていう選択肢はないのね」

 

「え?あ、いや、まあ……え?」

 

彼女は少し不機嫌な様子。

 

彼女「はあ、なんだか疲れた。じゃあ、またね」

 

「……じゃあ、うん、とりあえず。また」

 

 

といって、電話を切る。

 

我が気持ちにモヤがかかる。 

 

――

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夜。

英語の勉強を軽くした後、ビールを飲む。まあ、特に達成感もない、ぼんやりとした気分。

 

 (あ、そういえば今日は走っていないなあ……)

 

土曜日に走るのは我が日課である。仕事とは言え、大切な日課を済ませずにお酒を飲むことにうしろめたさを覚える。

 

昨日のデジャブのように、なんだか酔いきれぬ気分。気分転換で、借りてきた『七人の侍』の後半を見る。

 

面白かったけど、なんだかかえって気分が落ち込んだ。

 

――

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日曜日。

 

この日記をコメダ珈琲で記す。

ぼんやりした日記を書いてしまいました(笑)

 

でも、こんな日記も悪くない(悪いという人は明日雨になるでしょう)。

 

 

 

あなたの弱いところ

 

 

たまに真剣な顔するとこ 話がちょっとオーバーなとこ お化けを怖がるとこ 急に歌いだすとこ ロマンチストなとこ 何かとかっこつけているけど 見栄っ張りだけど 少し猫背な後ろ姿 すぐ分かる歩き方 どんなあなたも好きだよ 好きだよ

あなたの良いところ ダメなところの全てを ありのままに愛せるように 隣にいたい

 

西野カナ『あなたの好きなところ』

 

 

あなたはお世辞にも批判にもとらわれてはいけない。どちらにとらわれてしまっても、それはあなたの大きな弱点となる.

ジョン・ウッデン

 

 

 

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あなたの強みと弱みを教えてください

 

 

就活生の頃、こんな質問を何度受けたことだろう?今となっては良き思い出である。

 

学生時分は、面接官に向かって、

 

はい、私の強みは、どんな立場の人の意見にも耳を傾けることができる点だと思います。学生時代、ほにゃららな経験をし、そこから、自分の意見、自分にとって都合の良い意見だけではなく、不都合に感じる意見や立場が違う人の新鮮な意見を取り入れることの重要性を学びました。今では、できる限り多くの人の意見を聴きながら決断するよう、努めることができます。

 逆に弱みは、少し優柔不断なところがある点です。これは強みと通じるところもあるのですが、多くの意見を聴くということは、それだけ決断が難しくなります。この点についてはなかなか難しい部分もありますが、社会人経験を通じながら、よりスムーズな決断ができる人間になっていきたいと思っております。

 

 

という言葉がすらすらと出てきたものである。

 

自慢だが、私は面接が得意だった。得意すぎて、受けた会社のほとんどが、最終面接以外パスしたことである。それが本当に最終面接だったかは不明だが(アメリカンジョーク)。

 

 

 

しかし、どうやら学生時代の「面接」と、社会人になってからの「面接」は、何かが違うらしい――。

 

 

――

 

 

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少し前。

 

「それでは、よろしくお願いいたします」

 

上司「はいはい、まあ、気楽にいこうか」

 

「はい」

  

上司との面談。最近、自分の上司が変わった。そこで、改めておたがいのことをよく知るために、面談が行われたのであった。

 

「――」

上司「――」

 

今自分が携わっている業務について、お互いの意見交換をする。組織の中にいる以上、上司が変われば業務への取り組み方も変わるものである。今回の面談は、そこらへんを柔軟にできるやつどうかを見られているといってもよい(と思う)。 

 

 

30分ほどし、上司がワンクッション置くために次のような質問をした。

 

上司「――硬い話はこれくらいにして、焼き芋君は自分自身の『弱み』をどうとらえるかね」

 

「弱み、ですか?」

 

上司「そう。弱み。英語に直すとWEAKPOINT。まあ、べつにそこまで重要な質問ではないよ?気楽な気持ちで答えてほしい。私も今後君と一緒に仕事をする上で、君の内面的な部分も知りたいだけだから」

 

「はあ。うーん……(苦笑)」

 

すぐに答えが出てこない。むろん、考え込まないと「弱み」が出ないほどの完璧な人間でないことなど、自分が一番よく分かっている。

ただ、このシチュエーションにおいて、どのように己の「弱み」を伝えるのが正しいのかよくわからなかっただけである。この場合、就活生の方がよっぽどうまく伝えられるだろう(良い回答かどうかは別にして)。

 

 

上司「ちなみに私は、自分が正しいと思ったことは、簡単に意見を曲げられないところかな(笑)15年前、私が初めて部下を持ったころ――」

  

 

上司が話しているのに相槌を打ちながら、私は自分のWEAKPOINTを探す。

 

上司「……ということがあってね。まあ、なかなか自分の意見を曲げるというのは難しいもんだ。もちろん、今後君の上司として仕事を進めるにあたり、できる限り君たちの意見もしっかり聞いていきたいと思っているから……おっと、すまんすまん、私ばかり話してしまった。それで、焼き芋君のWEAKPOINTは?」

 

 

「……そうですね、おそらく、『人付き合いが苦手』というところでしょうか?あんまり社交的な場も得意でないので」

 

と苦笑いしながら言う。もちろん、嘘を言っているつもりはない。

 

 

 

――だが、上司は今一つ納得いかない様子。

 

上司「人付き合い?そう?ほかの社員と比較しても、そういう風には見えないけど。例えば、どんな時にそう感じるの?」

 

「ええっと、なんというか、ノリとか求められる場が苦手でして」

 

上司「まあ、確かにノリや即興の笑いでその場を盛り上げるようなタイプの人間ではなさそうだが」

 

「ええ、そういう部分が特に足りないと思います」

 

上司「……でも、それはWEAKPOINTという感じでもない気がするなあ。人付き合いができない、ということではないんでしょ?できなかったら営業なんてできないだろうしね」

 

「取引先様との関係は別腹です。仕事ですので。もしもどうしても脱がなければならないならば、頭を切り替えて精いっぱい脱がせていただきます(その場合、即興ではなく、しっかり計画を練って、脱ぐタイミングを計算して脱ぎます)」

 

上司「そうか。まあ、仕事に支障が出ないなら十分だと思うがね。それに、我々の仕事の場合、一番には誠実さと真面目さが求められるからね。ここら辺は、君は充分にできるようと思うし。ベラベラと言ってはいけないこと言ったり、場当たり次第でいい加減なことを言ったりする人に比べたら、よっぽど人付き合いがうまいと思うよ」

 

「……そうですね」

 

上司「我々の仕事は、取引先との長期的な関係構築が求められる。それは夫婦関係も同じだ。夫婦は、ノリや場当たりな言動だけでは継続できないのだ。まあ、君はまだ結婚していないから、実感がわかないかもしれないがね」

 

「なるほど(まあ、そういう仕事かもね)」

 

上司「話がそれたけど、まあ、君が社交的だったら、君じゃなくなる気もするし、いいんじゃない?あ、これは誉め言葉だよ?」

 

「あ、それはありがとうございます。じゃあ……『女性が苦手』ってことですかね」

 

 

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上司「女性が苦手?あ、そうなんだ。私もあまり得意じゃないけど。でも、女性と話ができないわけじゃないだろ?取引先に女性だっていっぱいいるんだし。それに、君、付き合っている彼女もいるんだろ?」

 

「はい。でも、なんというか、見知らぬ女性とたわいもない話をするのが苦手で」

 

上司「そんな機会、そんなにいっぱいあるの?」

 

「いや、ないですね。考えてみれば」

 

上司「じゃあ、べつにいいじゃない(笑)」

 

「そうですね、たしかに」

 

上司「まあ、プライベートを女性がらみで充実させたいならばべつだが、そうじゃないならそれはWEAKPOINTとはいいがたいね。むしろ女性が好きすぎて溺れているやつを何とかしないといけないからね」

 

「はあ(それは〇〇さんのことかしら?)……じゃあ、『お金にだらしないってところ』ですかね」

 

上司「……お金?そうなの?ちょっと意外だなあ。ギャンブル好きとか?」

 

「いや、ギャンブルはしません。2年くらい前に、パチンコで1000円使ったのが最初で最後です」

 

上司「じゃあ、女につぎ込んじゃうとか?あ、でも女が苦手なら関係ないか……あれ、あれ、それともそれともコッチが好き?」

 

「いや、そういうことは(苦笑)今のところ女性が好きです。えっとですね、ちょっと高いものでも、すぐにホイホイ買っちゃうんです」

 

上司「ほう。じゃあ、最近買った高いものは?」

 

「ミキサーですかね」

 

上司「ミキサー?」

 

「はい。ミキサーです。趣味のお菓子作りの為に買ってしまいました。キッチンエイドという、海外で有名なミキサーです」

 

 

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上司「ほう、君、お菓子作りが好きなの?」

 

「はい。パン作りも好きです。ハマると一日つぶれることもあります。そんな日は『時間を無駄にしたなあ』と後悔しますね(本当は充実感もあります)」

 

上司「へえ。男なのに変わった趣味だね。悪くはないと思うけど。それで、そのミキサーはいくらだったの?」

 

「大体5万円くらいですね。高かったんですよ。業務用ですからね。ただ、日本製にはできない強い攪拌ができます。……でも、まだ数回しか使ってなくて。こりゃ金にだらしないと言われてもしょうがないですね(笑)取引先様にも笑われましたよ」

 

と苦笑しながら言う。だが、上司はやはり、ぴんと来ていない様子。

 

上司「えっと、ほかには?」

 

「え?ほか?」

 

上司「いや、ほかに最近買った高いものは?」

 

「え~っと……なんだろう?3000円の本ですかね。あとは……え~と……」

 

上司「ふーむ、じゃあ5万円が本当に高い買い物なんだ」

 

「……はあ」

 

上司「君ぐらいの年齢の独身男なら、時々5万円使うくらい、高い買い物とは言わないだろう。もちろん、毎日5万円だったら別だがね。我々の若いころなんか、見栄のために大して乗りもしない車に百万単位の金を使ったりしていたんだから」

 

「ええ(よく聞くバブリーなやつですね)」

 

上司「しかも、それで取引先の笑い一つとれたんだったら、儲けもんだろ」

 

「……はあ」

 

上司「ほかには?WEAKPOINT」

 

「え~っと(彼女の連絡がマメでないところ?違うな。顔が悪いところ?まあ、それはしょうがないしな……性格が悪いところ?でも具体的にどこが?方向音痴なところ?でもこんな回答、上司は求めてないだろうしなあ)」

 

上司「……君のWEAKPOINTはなかなか見つからないね。まあ、いいことなんだが」

 

 「(いや、あんたが納得する『WEAKPOINT』がないだけだよ)じゃあ、酒に弱いところ。これには本当に頭を悩ませています」

 

 

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上司「あ、酒が飲めないの?」

 

「いや、逆です。酒が好きなんです。酒が好きすぎて困ってます。ほぼ毎日のようにぐびぐび飲んでます」

 

上司「なるほど、それは心配だ。身体を壊す人もいるからね」

 

「はい、そうなんです!すごい心配なんです(はい、これで終わり終わり)」

 

上司「……しかし、営業なんだから、酒は飲めた方がいいんだよな」

 

「え?」

 

上司「私はそんなに酒が強い方じゃないから、結構苦労してんだよ。特に立場が上になればなるほど、お酒を飲む機会が増えるんだよね。みんな年齢を重ねて身体が心配とか言いながら、サウナ後の牛乳のようにがぶがぶ飲んで、けろっとしている人ばっかりなんだよ。そんな人たちの中で、こっちは意識を保つのに必死なんだからね。いっつも思うんだ、『もっと酒が強かったらどれだけいいだろう』って」

 

「はあ」

 

上司「アル中にならない程度に気を付ける必要はある。しかし、そうじゃなきゃ、酒を飲めるのはSTRONGPOINTだ」

 

「はあ……」

 

上司「しかし、こう考えると、君はWEAKPOINTがないね」

 

「いや、そんなわけないんですけどね(笑)」

 

上司「うん、私もそう思うだけどさ(笑)」

 

 

不毛なやり取りをし、面談は当初予定していた30分を超え、1時間を超えるのであった。

 

 

まあ、なんとなく、上司の人柄が見えたやりとりでした。上司のこういった人柄がWEEKPOINTなのかSTRONGPOINTなのか、私にゃわかりませんがね。

 

 

 

 

父との会話

 

 

 

人生の最後の日までをどうすれば満ち足りて生きていけるかを全体から見る視点が欠けているから、私たちは自分の運命を医学やテクノロジー、見知らぬ他人が命じるまま、コントロールするがままにしている。

Atul Gawande『BEING MORTAL』
(アトゥール・ガワンデ 邦題『死すべき定め』)

 

 

 

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ゴールデンウィーク某日。

 

 

夜、父とともに酒を飲みながら、テレビを見ながら、雑談しながら――。

 

 

「――んで、肋骨の調子はいいの?」

 

父「うん、別にもう痛みはない。車の運転もできるようになったしな」

 

昨年末、父はふとした拍子に転び、肋骨を3本折っていた。父は現在67歳。農業界では平均年齢レベルだが、世の中的には「高齢者」の部類である。

 

 

「気を付けてくれよ。おふくろの負担がそのまま増えるんだから。車の運転も気を付けてよ?最近、テレビとかでも高齢者の運転が危険だって、よく話題になるし」

 

父「うーんそうだなあ。高齢者マークは70歳からだけど、俺ももう67歳だからなあ……」

 

「うんまあ、まだ若いから大丈夫だと思うけど……」

 

父「まあ、なあ……。最近、車に乗ることも減ってきたなあ(苦笑)」

 

「いやあ……そうなの?」

 

父「うん。まあ、最近の移動範囲も狭いからなあ」

 

 

冗談のつもりだったが、父の反応が想像していたよりも暗いのが気になった。私は話題を変えた。

 

 

「ー―そういや、最近走ったりしてんの?」

 

父「ーーいや、だいぶ走ってないよ。最近、足が痛いんだ。でも、お前も去年に大阪マラソンに出て、フル走ったんだろ?すごいよなあ。たいしたもんだ」

 

「うん。まあ、オヤジの影響が大きいと思うよ」

 

父「ははは。そうかねえ」

 

 

私の父は、昔から運動音痴だったようだ(これは私にもしっかり遺伝している)。しかし、ちょうど40歳ごろに自分の体が気になり始めたらしく、気軽な気持ちでランニングを始めた。元々ハマりやすい性格のようで(これも遺伝済み)、そこからフルマラソンを何十回と参加し、マラソン目的でホノルルにもいくようになった。

 

私の幼少期には、そのマラソン練習につき合わされて明け方に走ったり、親子ペアマラソン等にも参加したりしていた。走り終わった後のポカリスエットは何よりもおいしかったことを、今も忘れない。それに、確証はないが、この時の経験が今の私のマラソン趣味に影響を与えていると思っている。

 

さて、そんなマラソン好きの父だが、私が就職して以降、すっかり走る姿を見ることはなくなっていた。

 

「親父はもう走らんの?」

 

父「――まあね。本当に、足も痛くなってきたし。もう年だからね。40代に頑張りすぎたツケが今に来ているよ」

 

「いやいや、60代でも走っている人はいっぱいいるでしょ。70代でも関係なくフルマラソンでている人もいるし。国内だと83歳の人がフルマラソン完走最高齢らしいよ。親父なんてまだ若い方でしょ」

 

父「いやあ、もう無理だ、そんなの(笑)」

 

「大丈夫でしょ?それに今はシューズもウエアもサポートグッズも昔とは比にならないくらい出てるから、親父もびっくりすると思うぜ」

 

父「あ、そうなの?でも、無理だな(笑)」

 

「……まったく。せっかく、去年マラソン用の時計を誕生日プレゼントであげたのに。フルとは言わずにハーフでも10㎞でも――」

 

父「でも、今だって母さんと散歩してるよ。それくらいで十分なんだって。時計は散歩のときに使わせてもらってるよ」

 

「ふーん……あ、チャンネル変えていい?」

 

父「うん、好きなの観な」

 

「やっぱり実家に帰ったらローカル番組が観たいんだよね」

 

父「あ、そう。……ああ、なんだか眠くなってきた。もう21時か、いつもなら寝ているところだ」

 

「はや!(笑)おじいちゃんかよ」

 

父「もう、おじいちゃんだよ。お前も早く孫を見せてくれ」

 

 

 

……こんな会話をしつつ、私は、マラソンに対する父の態度が腑に落ちずにいた。

 

 

 

私は父との会話を通じ、父を

 

年齢を言い訳にチャレンジする気持ちを失った男

 

と解釈していた。同時に、

 

気持ち次第ではいくらでもフルマラソンのチャレンジができるはず

 

と思った。その方が、結果として心身ともに充実した老後を過ごせると思ったし、いずれ訪れる死を少しでも長引かせることができると思っていた。

 

 

 

最近、いずれ必ず訪れるであろう

 

親の死

 

意識することが増えた。それは、父が定年を過ぎたこと、年始に滑って骨折したこと、人間ドックであまり喜ばしい結果が出ていないことなどがあったからだ。もちろん、直接、両親にこんな話をするわけではない。

 

……ただ、父と何気なくテレビを見ていても、内容が「突然訪れる可能性がある危険な病気」を面白おかしく取り上げるような番組になったりしたら、私はすぐにチャンネルを切り替えるようになった。こんな番組が増えたなあと思うのは、番組数が増えたのか、私がそういった番組が気になるようになっただけなのか?……どうでもいいが、そういった番組が気になっても、親と一緒に観たいとは思わないのはなぜだろう?

 

 

――

 

 

土曜日の朝、飛行機で大阪に戻った。

 

 

 

飛行機の中で、ある本を読む。そして、涙があふれる。

 

 

 

 

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

 

 

内容紹介

「豊かに死ぬ」ために必要なことを、私たちはこんなにも知らない

今日、医学は人類史上かつてないほど人の命を救えるようになった。しかし同時に、
寿命が大きく延びたことにより、人はがんなどの重篤な病いと闘う機会が増えた。
老人ホームやホスピスなど家族以外の人々も終末期に関わるようになり、
死との向き合い方そのものが変わってしまったのである。
この「新しい終末期」において、医師やまわりの人々は死にゆく人に何ができるのだろうか?
圧倒的な取材力と構成力で読む者を引き込んでゆく、迫真の人間ドラマ。

現役外科医にして「ニューヨーカー」誌のライターでもある著者ガワンデが、
圧倒的な取材力と構成力で読む者を引き込んでゆく医療ノンフィクション。


【英語版原書への書評より】
とても感動的で、もしもの時に大切になる本だ――死ぬことと医療の限界についてだけでなく、
最期まで自律と尊厳、そして喜びとともに生きることを教えてくれる。
――カトリーヌ・ブー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)

われわれは老化、衰弱と死を医療の対象として、まるで臨床的問題のひとつであるかのように
扱ってきた。しかし、人々が老いていくときに必要なのは、医療だけでなく人生――意味のある
人生、そのときできうるかぎりの豊かで満ち足りた人生――なのだ。『死すべき定め』は鋭く、
感動的なだけではない。読者がもっともすばらしい医療ライター、アトゥール・ガワンデに期待したとおり、
われわれの時代に必須の洞察に満ちた本だ。
――オリヴァー・サックス(『レナードの朝』著者)

アメリカの医療は生きるために用意されているのであり、死のためにあるのではない
ということを『死すべき定め』は思い出させてくれる。これは、アトゥール・ガワンデの
もっとも力強い――そして、もっとも感動的な――本だ。
――マルコム・グラッドウェル(「ニューヨーカー」誌コラムニスト)

 

 

 

この本を手にしたのは、3月頃のこと。上に述べたように、昨年末から漠然と親の死というものを考えるようになった。ある日、関係しそうな本をなんとなく探していた時に、偶然に出会った。思い立ったら吉日と思い、本を購入していた……のだが、なかなかじっくり読む機会に恵まれずに、ツンドク状態となっていた。

 

だが、GW中に実家に帰ったこともあり、今一度親の死について考えてみようと思い、かばんに入れて帰省した。実家にいるときは結局読まなかったが。

 

 

 

この本では、死を目前にした人を扱っている。それは、重病を患った人だけでなく、「老衰」による必然の死を迎えた人も含んでいる。

筆者は、「死すべき定め」にある人に対し、様々なエピソード(時には身近な知人について、時には自身の親との経験について語りながら)や、学術的な見解を踏まえながら、我々はどのような過ちを犯し、どのような方法によって寄り添うことができるのかを説明する。

……決して難解な学術書ではない。しかし、単純なドキュメンタリーというわけでもない。「死」を扱うのが得意な宗教系の内容でもない。当たり前ながらハウツー本でもないし、お涙頂戴物でもない(私は泣いてしまったが)

 

繰り返すが、この本で扱っているのは「人の死」である。非常に難しいテーマであることは間違いない。終末期を迎えた人の気持ちは、この本を読んだだけで計り知れるものではないだろう。ただ、理解するためには、相当の努力が必要であり、相手の立場に立つことがいかに重要であるかということを、この本を通じて多少なりとも学ぶことができたと思う。

 

 私の父はまだ70歳前だし、余命を意識するような重病を抱えてはいない。それでも、それほど遠くない時期に、この本に書かれていることが身近になると思う。その日を前に、有意義な時間を得られたかな。

 

価格は2800円(税抜)と結構いいお値段がするが、1人居酒屋で両親についてぼんやり考えた、と思えば安いものである(実際、それ以上の価値は保証する)。

 

 

 

冒頭の父との会話は、この本を読んだ後と前とでは、まるで違ったものにとらえられる。読む前ならば、マラソンチャレンジは

 

息子として、父のためを思っての言葉

 

ということになる。……だが、読んだ後ならば

 

父の立場には何一つ立つことができないまま、父のことを自分の立場に立ったまま思いながら発した息子の言葉

 

ということになるだろう。

 

 

かつての父が大事にしていたものではなく、今の父が何を大事と思い、向き合っているのかを、思い付きではなく、もっと時間をかけて一緒に考えたいと思った。

 

両親がまだ元気なうちに、この本に出会えたことはとてもありがたいことだと思う。もっと真剣に、親の死について考えてみたい。結局、それが自分の人生にとっても大事なことになるのだから。

 

……蛇足かもしれないが、この本に記されていた印象深い一文を一つ。

 

 

時が経つにつれて人生の幅は狭められていくが、それでも自ら行動し、自分のストーリーを紡ぎだすスペースは残されている。このことを理解できれば、いくつかはっきりした結論を導き出せる――病者や老人の治療において私たちが犯すもっとも残酷な過ちとは、単なる安全や寿命以上に大切なことが人にはあることを無視してしまうことである――人が自分のストーリーを紡ぐ機会は意味ある人生を続けるために不可欠である――誰であっても人生の最終章を書き換えられるチャンスに恵まれるように、今の施設や文化、会話を再構築できる可能性が今の私たちにはある。

 『死すべき定め』より

 

 

 

 

 

――でも、こんな本を読んでるなんて、両親には絶対知られたくないですね(笑)いつも思いますが、本棚って、自分以外の人に見られたくないですよね~?特に身近であればあるほど(違う?)

 

 

 

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