ギザ十な日々

2人の息子と妻との日々を書いています。

誰かの「大事な本」

 

走れメロス 』も 『異邦人 』も 『おなかのすくさんぽ 』も 、実物の本とは別に 、私一人だけのバ ージョンが記憶の本棚にしまわれている 。作者が思いもしなかった形に姿を変えて 、しかし私の本棚にはおさまりのいい形を保って 、大事に保存されている 。私の書いた小説も誰かの心の中でこんなふうに模様替えされているのだろうか 。この想像は私を幸福な気分にする 。

小川洋子『とにかく散歩いたしましょう』より

 

 

 

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4月末のこと。

 

少し前に書いたマッサージ店での出来事。

 

yakiimoboy.hatenablog.com

 

 

諸々の事情によって一時閉店となったマッサージ店。施術もお上手で値段もリーズナブルだったのでよく愛用していた。閉店の知らせは本当に残念であった。

 

 

さて、これで最後、と、4月29日(日)最終営業日の夕方に訪問した。

 

なお、最終日は大変に賑わっており、客が入れ替わり立ち替わりの状態であった。どうやら、私と同じように考えた客が多かったらしく、最終日駆け込みとなったようだった。やっぱり愛されていたお店だったと思うんだよなあ。16時に予約していたのだが、お店側としても予想以上の混雑だったらしく、私は10分程度待たされることとなった。

 

待っている間、1冊の文庫本を読む。読んでいたのは万城目学氏が書いた『プリンセス・トヨトミ』という小説。別にこの作者のファンというわけでもないが、関西を舞台にした小説だったので読んでみたのであった。せっかく関西に住んでいるから、という、つまらない理由だが。

 

 

10分後、準備が整ったということで、着替えを済ませて施術が始まった。この日施術してくれたのは、私より幾分か年若の女性。過去にも1回施術してもらったことがあった。

 

 

マッサージ師「すみません、おまたせてしてしまいまして」

 

「いえ。忙しそうですからしょうがないですね」

 

 

マッサージ師「最終日ということで駆け込みのお客様が多くて」

 

「そうですかーーいや、閉店、本当に残念ですね」

 

マッサージ師「そう言っていただけると・・・・・・。予定では夏に再開しますので!ところで、待たれている間、本読まれてましたけど、本好きなんですか?」

 

「あ、・・・・・・まあ、そうですね」

 

マッサージ師「普段どういうのを読まれるんですか?」

 

「普段は・・・・・・なんだかよくわからない本ですよ。まあ、気まぐれに。ただ、小説はあんまり、ですね。今日は久しぶりに小説読んでました」

 

小説は本当に読まなくなった。学生時代はよく読んでいたんだけどなあ。社会人になって手に取る本のタイプが変わった。今は、仕事に関わる専門書だったり、資格のための参考書だったり、会社で読むことを勧められた(反吐が出そうな)ビジネス本くらいである。後は、電子書籍で眺める程度の情報雑誌くらい。

 

昔、何かの雑誌で某タレントさんが、「本棚を他人に絶対見せたくない」ということを書いていたのを思い出す。理由が同じかどうかは知らないけど、私も同感である。

本棚は、その人がどのような世界に興味をもち、また、普段の言動がどのような世界観を基にしているのかを示しているように思う。だからこそ、人間の底が知られそうで怖いのである。

 

同じ理由で、私はあまり誰かに本を勧めない。まあ、その本の出会いを自分だけで独占したいという、みみっちい欲もあるのだと思うが。

 

ところで、ここが私のタチの悪いところなのだが、自分ではあまりオススメしないくせに、人のオススメの本を聞くのは非常に好きなのである。それは、その人のことをいろんな意味で知ることができるからに他ならない。だからこそ、誰かが本を本気で薦めてきた時には、色々な意味で好奇心が湧き上がる。(ある意味で、その人の世界観を知ることになるかもしれないのだから。無論、見栄を張っている場合はすぐに見破れるしね)

 

 

さて、本の問いかけをされたので、マッサージ師にもいつものように聞いてみる。

 

「マッサージ師さんはどうですか?本はお好きですか?」

 

マッサージ師「はい!好きなんですよ。本」

 

「そうですか。オススメとかありますか?」

 

マッサージ師「あります!もうこれしかないってくらいのオススメです。私にとってかけがえのない本なんですよ」

 

「・・・・・・ほう(えらい自信だな)」

 

マッサージ師「『ーー』って本なんですけどーー」

 

初めて聞く本だった。作者の名前は聞いたことがあるような。マッサージしながらあらすじを語るのを、相槌を打ちながら聞く。その口調が、気取る様子でもなく、かといって表面をすくったような感じでもない、本当にその本が好きなんだというのがよく伝わるものだった。それに、偶然ではあったが、私の今の仕事の内容に少し関わるものであったことも手伝い、余計に興味を持つことになった。

 

「面白そうですね。こういう本があることは知らなかったです。今度読んで見ますね。本当に読んでみます」

 

マッサージ師「ぜひ読んでみてください!でも、今日で閉店なので感想が聞けないのが残念ですが(笑)」

「またマッサージ店が再開した時に、ですかね」

 

 

本のタイトルだけしっかりと覚え、マッサージを終えたのであった。次の再開は予定通りであれば夏頃とのこと。待ち遠しい限りである。

 

 

ーー

 

 

銀二貫 (幻冬舎時代小説文庫)

銀二貫 (幻冬舎時代小説文庫)

 

 

 

あらすじ

大坂天満の寒天問屋の主・和助は、仇討ちで父を亡くした鶴之輔を銀二貫で救う。大火で焼失した天満宮再建のための大金だった。引きとられ松吉と改めた少年は、商人の厳しい躾と生活に耐えていく。料理人嘉平と愛娘真帆ら情深い人々に支えられ、松吉は新たな寒天作りを志すが、またもや大火が町を襲い、真帆は顔半面に火傷を負い姿を消す…。

 

 

つい先日、ネットで購入した本が届いたので読んでみた。小説を読んで「ページをめくるのが止まらない」という感覚を久しぶりに味わえるほど、面白かった。というか、私が知らなかっただけで、かなり有名な小説みたいですね(笑)。調べたら、NHKでもドラマ化され、舞台化もされていた名作の模様。

 

学生時代によく読んだ山本周五郎みたいな世界観だなあ、と思ったら、作者が山本周五郎ファンみたいですね。もともと漫画家だったせいか、文章も読みやすく、ストーリーも軽妙。でも、しっかりと新幹線の中で涙を流してしまうヤラレタ感。

 

そういえば、マッサージ師さん、この作者の『みをつくし料理帖』シリーズも好きだっていってたっけ。せっかくだし読んでみようかなあ。そして、マッサージ店が予定通り再開したなら、本の内容について話してみたいものである。

 

 

久しぶりに良い本の、良い出会いでした。そして、ヨウカンとトコロテンがたべたくなりました。

 

 

 

・・・・・・マッサージ店、無事に再開してほしいなあ。