「まくら」営業、はじめました。

営業職の男です。「まくら」を極めて営業のタツジンになりたいのです。

お灸をすえてほしいの……

 

 

 

健康は実に貴重なものである。これこそ人がその追求のために、単に時間のみならず、汗や労力や財宝をも、否、生命さえも捧げるに価する唯一のものである。
モンテーニュ 

 

 

健康な人には病気になる心配があるが病人には回復するという楽しみがある。

寺田寅彦

 

 

 

私は若い。まだ20代である。

 

私の年齢を聞いただけで、私という人間をうらやむ人も多いことだろう。いかに高齢者が元気な時代といえど、20代のエネルギッシュっさには全くもってかなわないからである。

実に当たり前だが、身体のどこにも気がかりなところなんてない。皆さんは五臓六腑への負荷や、骨量や筋肉量などが気になるのだろうが、私にはまったく関係のないことである。言うまでもなく、常備薬など1つもない(皆さんは2,3種類のものをお持ちでしょう?)。カロリーや糖質・脂質の摂取量を計算しながらの食事?実に馬鹿らしい、好きなものを好きなだけ食えばいいじゃない。今日も酒とパスタとお好み焼きと白飯をテーブルに並べて食事をしようかしらん。

 

まさに、最高の健康優良児である(そしてイケメンである)。若さは、それだけですばらしい。それだけで、すべてを凌駕する価値があるのだ。

 

 

 

――ところで、人生の先輩に問いたい。

 

 

自分はもう、若くないんだな

 

 

こんな言葉を自分自身に本気で向けたのは、いったいいつ頃のだろう?具体的なタイミングは人それぞれだろう。ひょんなつまずきで何気なく思う人もいれば、大きな病を患ってから深く思う人もいるだろう。

 

 

私の場合は、2017年夏のタイミングで、このことを思うのだった。

 

 

 

 

月曜日。朝。

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「ぜんぜんツライじゃん……」 

 

朝起きて、頭の状況を確認し、やはり鈍痛を感じる。

 

 

少し前から、頭痛を感じていた。土日は休息に努めていたのだが、月曜日になっても頭痛がまったく治らない。

 

頭痛の原因は明白ではないが、

 

肩コリからくる頭痛 

 

というのはなんとなく予想がついていた。

 

 

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肩コリがひどくなると、頭痛につながることがあるというは聞いていたからである。そして、ここ最近肩コリが殊にひどいのだ。

 

今朝起きると、頭痛だけではなく、歯の痛みも感じる。なんだか奥歯に違和感がある感じ。歯と歯の間に鉛の塊でも挟み込まれている感じ……苦痛である。

 

(肩コリに頭痛、そして歯痛まで広がっちまった……大丈夫なのかオレ……。もしかしてヤバい病気なんじゃ――) 

 

 

身体が動かせなくなるほど重篤な状態ではない。だから、会社にはいく。でも、心の不安は増すばかりであった。 

 

 とりあえず、肩コリ用に買っていた湿布を肩に貼り、会社に行く。

  

 

――

 

オフィス。

 

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「あ、ナタデココさん、すみません。これ、〇〇社用の見積書です。ご確認お願いします」

 

ナタデココ「あ、はーい……って、大丈夫?肩揉んで。疲れたサラリーマンみたいだよ」

 

ナタデココさんは、わが部署の事務職の女性である。私よりも20個くらい上の方だが、見かけは(若いという意味で)年齢不詳人物。見知らぬ年下にため口で話された後、実は相手が年下だった、というのをたくさん経験してそうな人である。

 

 

ナタデココ「肩こってんの?」

 

「……そうなんですよ。肩コリがひどくて。少し前までマシュマロみたいな肩だといわれていたんですが」

 

ナタデココ「何キモイこと言ってんの」

 

「本気で思うんですが、今だれか女性に肩をもんでもらったら、相手が誰であれ恋に落ちる気がします」

 

ナタデココ「何キモイこと言ってんの」

 

「実際、人が人に恋をするのなんて、そんなきっかけでいいんじゃないですか?心が少し痛んでいる人に優しい言葉一言、なんとなく寂しい気持ちの人に電話1回、肩が凝っている人に肩もみ10モミで充分です……嗚呼つらい…肩コリだけでなく、頭痛にもつながっているような感じで……なんだか頭が重いです」

 

ナタデココ「ああ。典型的なやつね」

 

「あ、やっぱりそうなんですか?」

 

ナタデココ「もしかして歯とかも痛くなってるんじゃないの?」

 

「!?そうなんですよ。なんだか下の歯が痛くなってつらいんです。もしかしてこれも肩コリに関係しているんですか?」

 

ナタデココ「みたいよ。私も肩コリがひどいから、昔は頭痛や歯痛があったんだけどね。でも、今はそれすらも感じなくなっちゃったわよ(笑)」

 

「え」

 

すると、べつの事務職の女性のブラッドオレンジさんが

 

ブラッドオレンジ「ひどい人はそうなるみたいね。慢性化ってやつ?私も肩コリひどいから薬飲んだり整体に行ったりするんだけど」

 

ナタデココ「そうそう!整体たまに行くと気持ちいいのよね。終わった後に『すごいこってますね』って言われるのはもう慣れっこ慣れっこ」

 

と、肩コリ話で盛り上がるお二方。

 

「まだまだ私は肩コリ入門レベルですね。今も湿布貼ってるんですけど、頭痛と歯痛が気になってしまって。これは湿布じゃどうしようもないですが」

 

ブラッドオレンジ「あ、じゃあ、ロキソ〇ンあげようか?一次的だけど肩コリと頭痛と歯痛全部に効くと思うよ」

 

「え、そうなんですか?〇キソニンって、そんな万能薬だったんですか?」

 

ブラッドオレンジ「効き目は人によるだろうけどね(笑)はい、とりあえず2錠」

 

と、ブラッドオレンジさんは机から〇キソニンを2錠取り出し、私に差し出してくれる。

 

「あ、ありがとうございます……でも、これもらって、ブラッドオレンジさんは困りませんか?」

 

ブラッドオレンジ「大丈夫大丈夫。ほら、これだけ常備薬として持っているから」

 

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といって、いろいろなタイプの薬が入った袋を見せてくれる。

 

「あ、なるほど。でも、なんでそんなにたくさん」

 

ナタデココ「まだ若いからわからないだろうけど、薬はどんどん増えていくのよ(笑)それも個性だから」

 

「……なるほど。勉強になりました。とりあえず、このロキソニ〇と湿布で痛みに対応したいと思います」

 

ナタデココ「湿布貼り替えるときは手伝おうか?」

 

「い、いえ、それは大丈夫です!」 

 

と、激しく抵抗する私(ドウテイか!と、自分で自分につっこんだ)。

 

 

ロキソ〇ン服用後少ししたら、確かに肩コリと歯痛は引いたのであった。人生の先輩の経験というのは学ぶところがまだまだある、と改めて実感。

 

 

 

〇土曜日

人生で初めてマッサージに行く。

 

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(イメージ) 

 

整体師「大分凝ってますね」

 

「やっぱりですか――もう若くないですね……」

 

整体師「は」

 

 

と、少し落ち込んだそぶりを見せたが、心の中では、何か大人になったなあ、と思ったのであった。

 

 

こんなのはほんの序章で、こんな感じで体にどんどんガタが生じてくるんだよなあ、と思われる。しかし、薬がハッキリと効いたと感じる喜び、マッサージのような至福のサービスを味わえるのも、これまた新たな楽しみ何だろうなあ、と、今は気楽にとらえます。

 

 

整体の帰り道、ドラッグストアでシップとお灸を購入。

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冒頭、調子に乗ったことを書き散らして失礼いたしました。調子に乗った自分に、文字通りお灸をすえて、今日はお・し・ま・い。

(ナタデココさんの「何キモイこと言ってんの」という声が聞こえる)

 

 

 

酸っぱいマラソンと甘い休日

 

 

森の中を一匹のキツネが歩いていました。

「ああ、お腹がすいたな、なにか食べ物はないかな~。」

下ばかり見ていたキツネは、ふと、上を見あげました。

「わーっ、おいしそうなブドウだ!よし、ブドウを食べてやろう。」

キツネは、うれしくなって背のびして、ブドウを取ろうとしました。が、どうしても届きません…木にだきついて登って取ろうとしましたが、枝がないので、どうもうまく登れません。今度は、さかだちしてしっぽで取ってみようと考えしっぽを伸ばしましたが、ブドウは取れませんでした。

「よーし、今度こそ!」

少しはなれたところからいきおいをつけて走り出しジャンプして取ろうとしました。それもしっぱいしました。色々ためしましたが取れません。とうとう、キツネは、怒りだしました。

「フン、あのブドウは、まだまだ、酸っぱいはずさ!」

とキツネは捨てゼリフを残して去っていきました。

 

イソップ童話『キツネとブドウ』より

http://www.e-douwa.com/aesop/FoxGrapes/index.html

 

 

 

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一週間前。

 

「……日程変更?」

 

上司「そうだ。先方社長の予定が急きょ変わったらしい」

 

「はあ、なるほど。――それで、接待はいつになりますでしょうか?」

 

上司「来週の金曜日。大丈夫?」

 

「金曜日ですね……ええっと……もちろん、大丈夫です、はい」

 

上司「そうか、よかった。じゃあ、来週金曜日に頼むぞ」

 

「はい。お願いします」

 

 

金曜日の夜に接待の飲み会。相手は、昔から安定した取引をさせていただいている得意先の社長である。

 

お酌回りとお酒の処理班として、私も参加を命じられていた。

 

 

 

 (……しょうがないけどねえ……しかし、来週の金曜日とはねえ。)

 

 

実は、今週の土曜日にこのイベントがあったのだ。

第6回くまがや夏マラソン

 2017年7月1日(土)
死ぬほど熱いマラソンです。
冷却スポンジ、ロードシャワーなど熱中症対策は万全ですが、最終的にはランナーの自覚と覚悟次第で地獄か天国かが決まります。
陸上トラック400mを含む公園内4.2km特設コース。
ランニング専用トラックを走ります。初心者からアスリートまで幅広く挑戦できます。

 

そして、上述の接待日程変更を告げられる数日前に、このはがきが私の下に届いていた。

 

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非常に過酷なマラソンであるようであるが、挑戦する価値があると思い、参加申し込みしていたのである。そして、一週間前からしっかり休め、前日の金曜日のうちに埼玉の熊谷に前泊する予定だった。

 

――だが、先ほどの接待日程変更である。

 

さすがに金曜日の夜に接待をし、そこから灼熱の熊谷マラソンに挑むのは身の危険を感じた。接待では酒をがばがば飲むことになるわけで(若手で酒が飲めるやつは、必ずこの役割を与えられる)、フルマラソン前日にこのコンディションはツライ。殊に「死ぬほど熱い」とされる熊谷マラソンに挑む人間が二日酔い状態では、マラソン運営に迷惑をかけること777.0%である。

 

(体調不良を言い訳に、金曜日を休んでは?)

(個人的な用事を犠牲するほど大事なことではないのでは?)

 

とも思う人もいるだろう。だが、この場合、私に参加有無について選択の余地はない。私用で参加不可としたら、サラリーマンではないと思っている(Oh,モーレツ)。なんとか両立を図るために、再び日程変更が生じるような方法を模索してみたが、結局実現につなげるまでの方法が思いつかず。

 

止む無く、熊谷マラソン参加を辞退したのであった(参加費8,000円は痛いが……)。

 

 

そして、今週の金曜日。接待当日。

  

 

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上司とともに、相手の社長と飲み会。まあ、接待は危なげなく終了。(自己評価だが)

 

 

ベロベロに酔っぱらいながら、家にたどり着く。家についたと同時に眠りについたのであった。

 

――

 

土曜日。

 

 

胸のむかつきとともに朝を迎えた。体を起こすと

 

「頭が……痛い」

 

後頭部が異様に痛い。痛いというか、ズキズキする。ズキズキするというか、電流が走っているような感じがする。電流が走っているような感じというか、鉱物が頭の中で動き回っているという状態。というか、……ともかく異様に痛い。

 

「――こりゃ、やっぱり熊谷マラソンに参加しなくてよかった。参加してたら大変なことになっていたよ」

 

痛みとは裏腹に安堵した心地。

 

 

このまま体を休めようかと思ったが、土曜日の日課として、朝のランニングに出かける。

 

 

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とにかく暑い。暑いだけでなく、非常に蒸せている。しばらく続いていた雨の影響だろうか、空気が非常に重苦しい。汗も大して走っていないのにダラダラと湧き出てくる。

 

(……こりゃ、熊谷マラソンにでなくてよかった。熊谷はもっとつらいことだろう。出ていたら、絶対倒れていたな。不参加は正しい選択だった)

 

 

私は途中で歩きながら、いつもより短めの距離で引き返した。

 

――

 

家に着くと、頭痛が一層ひどくなっていた。そこで、あまり頼りたくなかったが、薬箱にある頭痛薬を飲む。そして、布団の中でぐったりとする。仰向けになると、後頭部が圧迫されてツライので、うつ伏せか、横ばいになって休む。

 

 

 

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エアコンがガンガン効いた部屋で横になりながら、

 

(考えてみれば、最近、出張続きで車の運転が長かったよなあ、運転は見えないところで疲労がたまるんだよ。それに、アノコトでストレスフルなときもあったし――絶対熊谷マラソンに出なくてよかったよ。出ていたら、本当に命の危険もあったかもしれない。ーーもしかして、これは決定的な運命の分かれ道だったかもしれない……。ありがとう、接待)

 

と自分に言い聞かせながら、この土日をグータラすごしたのであった。

 

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(グータラしたくなったので、TSUTAYAでDVDとCDと漫画を借りに行くほどでした。インドア万歳)

 

 

熊谷マラソン、参加しなくてよかった。おかげで、世の中にある素晴らしい文化作品に触れることができたのですから。そして、しっかり身体を休められたのでした。

 

 

 

……でも……なんだかなあ、な、土日でした。

 

 熊谷マラソンを完走した皆さん、是非、来年会いませう。

 

 

 

知らなかった世界

 

 

火曜日。

 

 

雨。まだ、寒いのだか暑いのだかハッキリしない天気。ただ、ジメりとしていることは明確だった。

 

 

この日は内勤業務中心。ただ、仕事があまりなかった(気が向かなかった)ので、終業時刻になると、早めに帰社。十九時前に帰宅。

 

 

(こんな日は、軽く走るか)

 

 

 ストレッチをした後に、外に出てランニング。走るコースは、いつもの河川敷。ただ、平日の夜に走るのは久しぶりだった。平日の夜は仕事を言い訳にさぼるため、土日か、平日の朝に走ることが多いのである。

 

 

――

 

この時間でもまだ外は明るい。まあ明るいといっても、曇り空のため、なんだかどんよりとした空気。時間のせいか、天気のせいか、私以外、だれも走っていない。人通りも少なく、ごくたまに、ご老人がとぼとぼと歩いているか、釣り糸を垂らしている人が目に映るだけである。

 

(――この時間帯は、なんだか寂しい雰囲気だなあ)

 

私自身、身体が真剣に走るモードにならないのか、ペースはいつも走るよりも大分ゆっくり。

 

まあ、ゆっくり走るのも悪くない、と、落語を聞きながら、呼吸が変わらないペースに走った。湿気ているせいか、ゆっくり走ってもあっという間に汗ばんでくる。

 

 

――

2km走ったあたりで、黒い塊が目に入る。

 

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(……なにあれ?)

 

近づいてみると、塊の正体がすぐにわかる。

 

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「あら、亀だわ!」

 

と珍しい出会いにはしゃいでしまい、つい写真を撮ってしまう。いつも土日に走るときに亀を目撃したことなどなかった。亀は私の存在に驚いてしまったのか、首を引っ込めている。

 

 

少しばかり亀を観察した後、私はランニングを再開した。そして、落語を聴きつつ、ぼんやりと考える。

 

 

(小学生のころ、俺も亀を飼ってたっけ。おじいちゃんが水槽で世話していたんだよね。もともと小さかったのに、あっという間にでっかくなって。でも、いつの間にかいなくなっていたんだよな。あの時は、「動物は死を悟ったら、自然と飼い主から離れていくんだよ」なんて、じいちゃんが言っていたような。「亀は万年」って言うのが嘘って、結構早い段階で知っちゃったんだよね。――そういえば、結局あの亀って、何年生きたんだろう?……さっきの亀も、もしかしたら死を悟った亀だったのかしら。それで、飼い主から離れていたところだったのかしら?……まさかね)

 

まるで根拠のないことを妄想する。ペースがゆっくりだからだろうか、頭の中での独り言がいつもより多い。

 

――

 

4㎞ほど走り、まもなく外が暗くなりそうな頃。

 

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(あ、あれは猫。亀の次は猫か)

 

 

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立ち止まり、ついまた写真を撮る。

 

(この河川敷、夜になると動物が結構いるのね)

 

私が写真を撮っていても、逃げる様子のない猫。人に慣れているようにも見える。草っぱらからコンクリート歩道のところまで降りて近づいてくる。

 

(あらかわいらしいわあ)

 

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(あ、首輪してるんだ。……ん?なんか書いてある)

 

 

首輪は大分古いものらしい。暗くてよく見えなかったので、顔を近づけてみる。

 

 

そこには、

 

 

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サワルナ

 

 

 

(……サワルナ?触るな?……サワルナ……)

 

 

強い言葉遣いの首輪と、対照的にのんびりしている猫は、なんだか不釣り合いで気味が悪くなった。

 

私はこれまで来た道を引き返した。少しだけペースを上げて。

 

 

振り返ると、猫はまだ歩道にたたずんでいた。

 

――

 

帰り道、あっという間に暗くなった視界には、猫や犬の姿がシルエットのように目に入る。数はさっきよりもずっと多い。

 

 

いつも、土日に走るときに

 

野犬注意

 

という看板が目に入っていた。それを見るたびに、そんなものはどこにいるんだ、と鼻で笑っていた。だが、私の知らなかった世界は、場所を変えずとも、時が変わった際に現れるものらしい。

 

 

帰路、再びあの亀に出会う。

 

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さっき出会った場所から大分離れていたように感じる。私は反射的に写真を撮ってしまった。

 

(もしかして、この亀も……?)

 

 

 

 

かつての我が家の亀の記憶と、目の前の亀を照らし合わせる。

 

 

 

(……当時の亀、本当に寿命だったのかなあ。)

 

 

根拠はまるでないけど、少しだけ胸騒ぎを覚える。

 

 

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曇り日の夜、帰り道は身体がすっかり冷えてしまった。

 

うっかりな出会い

 

 

 

人生は一箱のマッチ箱に似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である。

芥川龍之介侏儒の言葉』より

 

 

宇宙は偶然の産物だ。この世は必然などない、カオスだ。小さな分子が漫然と衝突を繰り返す――それが科学が示す真理だが……この意味は?この偶然は何を意味する?

Breaking Bad Season3 第10話『かなわぬ最期』より

 

 

 

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  1. うっかりミス
  2. ぼんやりしていて、しくじること。通常は起こるはずのない失敗。

デジタル大辞泉より

 

 

 うっかりミス、特に自分はよくやってしまう方だと思う。商談に使用する資料で誤字があったり、出張で髭剃りを忘れてしまったり、ETCカードがないのに高速でETCの料金通路を通ろうとしてしまったり、料理でコショウを振りかけようと思ったら中身を全部出してしまったり――多種多様なうっかりミスをしてしまう。自分のこれまでのうっかりミスを全て書き連ねたら、ノート100冊じゃ足りないだろう。

 

 

 それにしてもこの「うっかりミス」という言葉、なんとも間抜けな響きである。舌をペロッとだして笑ってごまかしている子供の顔が浮かんでくるような、なんとなくかわいらしい失敗、という感じ。ミスの状況を説明したら、

 

「ったく、しょうがないねえ、もう」

 

で済まされるようなそんな雰囲気。

 

……しかし、大人がするうっかりミスは、それではすまないことも多い。時と場合によっては、このうっかりミスによって重大な事態を招くこともある。

 

・取引先に社外秘の情報をうっかりメールで送ってしまう

・うっかりカードや現金が入った財布を落としてしまう

・免許を忘れてうっかり運転してしまう

・知人と勘違いして、うっかり見知らぬ他人を触ってしまう

 

もしも自分がこんなことを「うっかり」してしまったら、一気に絶望と自責の念に駆られることだろう。時には犯罪者になりかねない。

 

 

考えただけでも背筋が寒くなり、お腹が痛くなる。

 

……しかし、自分のうっかりミスではなく、他人のうっかりミスの場合は……どうだろう?

 

 

――

 

金曜日。

 

この日は車で外勤。午後から商談が入っていた。

昼休憩中、私は途中にある某中古本屋に車を止める。

 

 

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久しぶりに古本の物色。

 

平日の昼間の古本屋は実に閑散としている。まあ、こんな時間に立ち読みできるのも営業職の特権であろう(あ、昼休み中だからさぼりじゃないよ?)

 

 

約10分、目的の本を探すでもなくぶらぶらと店内を歩き、本の背表紙を見たり、時折気になる本をパラパラ見たりする。

 

そして、一番好きなサイエンスのコーナー へ。そこで1冊の本が目に留まる。

 

「……あ、これ」

 

少し気になっていた本。約1年前に出版されたときに購入しようと思ったのだが、その時は別の類の本を集中して読んでいたので、買うのは控えていた。

 

「これにするか」

 

と思い、その本を手に取る。ざっとみて、大きく汚れているところはないし、損傷もない。何も買わないのもつまらないので、とりあえずこの本を買おうと決める。

 

内容はある程度知っていたので、中を見ることなくレジに持っていく。そして、購入した本をかばんに入れ、私は店を出た。

 

 

――

 

土曜日。

 

いつものように洗濯をした後、軽く外を走る。走り終えたら、部屋を掃除。その後は乾いたワイシャツとハンカチにアイロンをかける。いつもの土曜日の過ごし方。

 

借りていた海外ドラマのDVDを見終わり、ぼんやりとする。

 

 

「――あ、この前買った本でも読んでみるか」

 

と思い、先日買った古本をかばんの中から取りだす。

 

とりとめもなくパラパラとめくると……。

 

 

「……ん?」

 

 

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真ん中あたりに、はがきサイズの紙が挟まっている。このサイズだとよくあるアンケートかと思われるかもしれないが、青色に染まるアンケート用紙というのは見たことがない。

 

「……おい、これって……」

 

私の中で、好奇心と良心の呵責が一気に湧き上がる。その本に挟まっていたのは、

 

 

 

 

 

 

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であった。

 

 

表紙には、会社名と名前がしっかりと書かれている。まあ当たり前だが、まったく知らない人である(これで知っている人だったら宝くじ級にすごいが)。私と多少なりとも本の趣味が合いそうな人、ということ以外はまったくわからない。

 

「コレ……やばいんじゃないの?給与明細って」

 

それにしても、なぜ私が買った本に挟まっているのか。

 

 この本を読んでいた時にしおりにしていたのだろうか?それとも偶然本に挟み込まれてしまっただろうか?いずれにしろ、(かなりの変人でないかぎり)本を売るときにチェックしなかった「うっかりミス」であることは間違いなさそうだ。(それと同時に、店側も中身をちゃんとチェックしなかったうっかりミスでもある。)

 

少し怖くなり、ネットで調べてみる。すると、意外といろいろなものが挟まっていた!という実例があることを知ることができる。中にはお金が挟まっていたり、奇妙なメモが挟まっていたりと、なかなか興味深い。

 

私自身、しばしば古本屋を利用しているが、ごくたまに写真が挟まっていたり、勉強時に使用していた付箋が挟まっていたりしたことがあった。……しかし、さすがに「給与明細書」というのは初めてであった。この偶然はいったい何を意味するのかしら?

 

「……というか、コレ、どうしたらいいの?」

 

正直、困惑している。この本を購入した古本屋に「こんなの挟まってましたよ」って言った方がいいのだろうか?それはそれでいろいろ問題がありそうな気がする……。それとも、給与明細書に書いてある会社に電話して「〇〇さんの給与明細書を偶然拾ったのですが」と言ったらいいのだろうか?(自分がそれをやられたらすごく嫌だが)

 

 

そもそも、これを挟んでしまった人は、給与明細書がまったく知らない他人の手にわたっていることを気づいているのだろうか?うっかりミスも、気づかないうちは気楽なものだが……。

 

 

結論が出ない、よくわからない出会いなのであった。

 

 

今もなお、その本に挟んだままにしてある給与明細書。本当に、どうしたらいいんだろう?

 

とりあえず、自分が同じうっかりミスをしてしまった、と仮定したら、見つけた人に何を求める……?たぶん、

 

 

中は見てもいいけど、中の情報は絶対にネットにさらさないで。見たらそのまま捨てて下さい。あと、金輪際、私にかかわらないで……。近寄らないで……。

 

 

と思う気がする。そう……じゃない?

 

 

 

 

 

 

独身休日あぁ気楽

 

 

谷原「続いては、三択の問題」

 

ナレーター「三択の問題です。 漫画『ドラえもん』で、6月は国民の祝日が1日もないと嘆くのび太が、ドラえもんの秘密道具を使って休日を作りました。なんという休日でしょう?だらだら感謝の日、ぐうたら感謝」

 

ボーン

 

緑「ぐうたら感謝の日!」

 

谷原「そうです!だらだら感謝の日、ぐうたら感謝の日、のんびり感謝の日のうちの、ぐうたら感謝の日っと。6月ね~ないですからね、祝日ね。お父さんも休みがないからつらいかもしれませんけど、祝日が多いとなるとお子さんといろんなところに行かなきゃいけないから、それはそれで大変だったりする」

 

緑「……そ……うですね」

 

谷原「しますよね(笑)ふふふふ(悪い顔)」

 

2017年6月18日『パネルクイズアタック25』放送より。

 

 

日曜日。

 

 

朝に軽めジョギング。

 

1時間弱走った後、洗濯や掃除、ワイシャツのアイロンがけなどを済ませる。その後、昼前まで軽く英語の勉強。それも終えてしまうと、やることがなくなる。

 

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ティーバックに熱湯を注いだ紅茶を飲みながら、ぼーっとワイドショーを観る。ワイドショーを見終えた後は、アタック25を観る。この日は父の日SPで、4人のパパさんが激戦を交わしていた。それにしても、今日のアタック25は実に見どころがたくさんあった。

 

「最初は青だと思ったんだけどなあ。しかし、緑の人すごかったなあ、この人数問しか答えてないのに、最後の最後まで食い込んできたよ。あと、赤の人は見事な最後っ屁だったなあ(笑)白の面目を見事につぶしたよ」

 

興味がある方は……まあ頑張ればどこかで観れるかも。

 

さて、アタック25も見終えると、本当にやることがなくなり、悶々とする。

 

「……あ、そうだ、久しぶりにお菓子作りでもするか」

 

と、思い立つ。

 

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考えてみると、ここ最近は紅茶や英語、マラソンに夢中になり、お菓子やパン作りがすっかりおろそかになっていた。一つのことに集中すると、ほかのことがまったく手につかなくなるのが私の短所である(この短所がなぜかあんまり仕事には向かないのだが、それはまあ長所である)。

 

このブログでも、少し前までは菓子・パン作りが中心だった時期があった。何かにとりつかれたように、決まって土日は何かを作っていた。平日も、朝や帰宅後に時間を見つけては下ごしらえなどをしていた。今思い返すと、なぜそんなにモチベーションがあったのだろう、と不思議でしょうがない。

 

 

ともかく、約3か月ぶりにキッチンの製菓・製パン用の戸棚を開けた……のだが。

 

「……うわ、このアーモンドスライス、賞味期限が1か月も切れてる。このカスタードミックスもだ。……そういえば、小麦粉たちも、大分前に買ったやつだよなあ……」

 

 うすうす嫌な予感はしていたのだが、やはり、3か月ほどさぼっている間に、買い込んでいた食材の一部の賞味期限が切れていた。これは痛恨の極み。

 

「食べ物を無駄にするな。賞味期限は多少切れていても問題ない」

 

という声が聞こえてくる。……しかしまあ、自分で食べるだけならばいいが、会社の同僚に配ることもあるので、さすがに1か月以上切れていると、なんだかモラル的に問題がある気がする。

 

「仕方ない……久しぶりにアソコに行ってみるか」

 

と、家を出て、大阪の梅田駅へ。

 

――

 

久しぶりの梅田。しばらく目的もなくうろうろした後、大丸梅田の中にあるアソコに行く。

 

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知っている人は知っている、知らない人は全く興味がないであろう、「富澤商店」である。

 

youtu.be

 (なんて幸せそうな動画……独身男には程遠すぎるぜ) 

 

 

富澤商店は、日本で最も有名な製菓・製パン材料専門店である。お菓子作りやパン作りに必要な食材や器材のほぼすべてがそろっているといっても過言ではない。日本津々浦々に店舗を出しているし、ネット通販も有名。日本でお菓子やパンを一度でも作ったことがある人ならば、大体みんな知っているのではなかろうか。

 

これは私見だが、客層はおそらく20~70代の女性が95%を占めると思われる。私が店にいくと、男性に会う確率は著しく低い(奥方にくっついている旦那様くらいだろうか)。この空間に入ると、私の男性としてのワイルドさも抑えられ、女性のしなやかな部分が強く表れてくる気がするから不思議である(勝手な思い込みかもしれないが)。

 

 

 

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ひとまず、基本的な食材を購入。買い物を終えると、紙袋一杯の荷物となった。重かったので、帰り道に行きつけのコメダ珈琲で一服してから帰った。

 

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とりあえず、マドレーヌとかワッフルでも作ってみようかしら。大分なまっているだろうけど、また定期的に作って腕を上げていきたいな。……でも、今日は人ごみでの買い物で疲れたから……また今度ね。

 

作らんのかーい!

 

と自分で突っ込んで今日はおしまい。

 

 嗚呼、なんでもない日記。でも、こんな何でもない日常を記した日記も、たまには……いつもそうですね。 

 

独身は気楽だ~っと。ぷー。……嗚呼、なんかさみしい。

 

 

 

シューズはどこへ消えた?

 

 

これまで犯した過ちを振り返り、将来の計画に生かそうと思った。人は変化に対応することができるようになるのだ。それは――

 

 物事を簡潔に捉え、柔軟な態度で、すばやく動くこと。

 物事を複雑にしすぎないこと。恐ろしいことばかり考えて我を失ってはいけない。

 小さな変化に気づくこと。そうすれば、やがて訪れる大きな変化にうまく備えることができる。

 変化に早く対応すること。遅れれば、適応できなくなるかもしれない。

 

最大の障害は自分自身の中にある。自分が変わらなければ好転しない――そう思い知らされた。

スペンサー・ジョンソン 『チーズはどこへ消えた?』より

 

 

 

弱者は決して許すことができない。許しとは、強者の態度である。

マハトマ・ガンディー

 

 

水曜日。朝。

 

「……どういうこと?」

 

朝、会社に出勤しようとして玄関に立った時、違和感を抱く。

 

「……靴。あれ?」

 

玄関に脱ぎ散らかされている一足の靴は、おそらく昨日私が履いていたものだろう。しかし、わけがわからない。なぜならば、

 

 

 

このシューズは私のものではないから

 

 

である。

 

「なんで……?」

 

私は、ビジネス用の靴を3足を持っているのだが、そのうちの1つがなくなった。代わりに、今持っている靴とよく似ている靴があったのである。違う点は、色だけであった。

 

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どうやら、昨日のどこかのタイミングで、靴を間違えてしまったようである。

 

 

「まいったなあ……」

 

しかし、私以上にまいっているのは、私のせいで靴を失ってしまった方であろう。とんだご迷惑をかけてしまった。

 

 

ひとまず、昨日の自分の行動を振り返ってみた。

振り返ってみると、昨日はいろいろな場所で靴を間違える可能性があったようであった。

 

 

可能性1  月曜日に泊まったカプセルホテル

 

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今回の月曜日と火曜日は東京出張だったため、月曜日にビジネスホテルに泊まっていた。いつもならば直前に連絡しても必ず予約できるお気に入りのホテルがあったのだが、この日はあいにくの満室だった。ほかのホテルも当たってみたのだが、直前に確認したこともあり、高級ホテル以外はどこも満室となっていた。

 

そこで、仕方なく、最終手段としてカプセルホテルに泊まった。(カプセルホテルは学生時代から愛用していたため、特に抵抗はない)

 

当日宿泊したカプセルホテルには靴だながあったのだが、そこはフリーに使えるところで、出し入れも自由にできる。

 

「もしかして、朝にホテルを出たとき、間違えたのかしら?」

 

カプセルホテルに泊まった日は、先輩からの誘いで遅くまで飲んでいた。朝は寝ぼけ状態だったので、靴を取り間違えてしまった可能が十分ある。

 

冒頭述べた通り、色違いではあるものの、私が持っている靴とサイズやデザインがまったく同じだったため、私の間抜けっぷりからしたら、火曜日も気づかずに履き続けたかもしれない。

 

 

 

とりあえずホテルに電話してみた。

 

「――あ、そうですか。わかりました、ありがとうございます」

 

 

……他の客から靴に関する問い合わせは来ていないらしかった。問い合わせが来たら電話してもらうよう、約束はしたが……。

 

 

 

ひとまず、べつの可能性も考えてみることにした。

 

 

可能性2 開発センターの靴だな

 

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ホテルを出たその日は、東京出張2日目。新商品について話し合うべく、東京にいる先輩社員とともに、自社の研究開発センターに訪問していた。

 

開発センターでは、訪問客は靴からスリッパに履き替える必要がある。特に鍵をかける必要はない。

 

「もしかして、開発センターから帰るときに靴を間違えてしまった……?」

 

この場合、話が少し厄介になる。開発センターには、我々のような自社の営業が訪問することもあれば、他社の営業や関連業者も出入りしている。自社の人間の取り間違いならば問題は比較的小さいが、他社の場合、迷惑をかける範囲が広くなってしまう。

 

私は、焦りつつ、こっそりと開発センターにいる同期に電話をしてみる。

 

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(本人ではない。同期にちょっと顔が似ているモデルさん)

 

同期「はい。もしもし」

 

「あ、もしもし?ちょっと相談したいことがあるんだが」

 

同期「なに関係?」

 

「靴関係。事情はコウコウコウコウコウ」

 

同期「何それ(笑)普通間違う?」

 

「いや、わからん。どこで間違えたのかわからんのだ。助けてくれ」

 

同期「助けて、って言われてもなあ。取り合えず事務職の人に聞いてみるけど」

 

「頼むぜよ。俺の名前は出すなよ」

 

というわけで、同期に確認を取ってもらったのだが――。

 

プルルル

 

「はい、やきいもです」

 

同期「あ、もしもし?僕だけど」

 

「あ、待ってたよ。どうだった?」

 

同期「そういう話は特に来てないって。たぶん開発センターで間違えたわけじゃないんじゃない?」

 

「わかった。じゃあね」

 

同期「おい、それだけか。こんなくだらないことに付き合わせやがって」

 

「靴が見つかったらお礼する。報告を待て」

 

 

というわけで、可能性2の可能性は著しく低くなった。

 

 

可能性3 居酒屋

 

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 開発センターの帰り、先輩社員数名とともに、ふらりと居酒屋に行く。お店は気さくな赤ちょうちん居酒屋だった。

 

「……あの店、靴を脱ぐシステムだったよな」

 

そのお店は座敷であり、皆が靴を脱いでいた。当日のお店は結構繁盛していて、お客も満席だった。そして、座敷の下には、ビジネスシューズがたくさん置いてあった。

 

 なお、その日の飲み会は、私以外は東京にいる先輩たちだった。普段関西にいる私だけは、その日のうちに新幹線に乗って帰る必要があったのである。話が盛り上がっている中、私はギリギリまでその雰囲気を楽しみ、時間が危ういことを知って慌ててその居酒屋を後にしたのである。

 

「あの時慌てていたから、靴を履き間違えた、とか?」

 

なにより、この居酒屋が、家に着く前に靴を脱いだ最後の場所である。 普通に考えれば、この居酒屋の可能性が一番高いはずである。(なぜ最初に電話しない)

 

 

 

私は居酒屋に連絡してみた。

 

店員「火曜日、というと、昨日ですか?少々お待ち下さい、確認しますので」

 

「はい」

 

しばらく音楽が流れる。そして。

 

店員「ああ、あったようですね……はい。靴が違うって話があったようです」

 

「本当ですか!?すみません、本当にご迷惑を……」

 

ホっと安堵した。取り合えず、犯行現場はハッキリした。

 

店員「いえ、ですが……」

 

「あの、その方に連絡をお願いいただいてもよろしいでしょうか?それか、私の方で直接お詫びさせていただきたいのですが……」

 

店員「あの……それがですね」

 

「?」

 

 店員「実は――」

 

「――え?」

 

店員「そうなんです――なので、電話ができないんですよ」

 

「あ、そうなんですか……それは……ええ、いや、こちらが悪いので……どうも」

 

私は電話を切る。そして、私はどうすべきか再び迷う。

 

確かに私は居酒屋で靴を履き間違えたようである。しかし、残念ながら、間違えてしまった相手とは接触できそうになかった。

 

 

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靴を間違えられた当人は、間違えたことに気づきながらも、そのまま私の靴を履いて店を出て行ったようである。どうやらその方は、靴を間違えられたことに呆れながらも、笑って済ませたようだ。

 

……あ、いらぬ邪推をする人の為に念押ししておくが、入れ替わった靴を比較すると、たぶん、価格的には私の靴の方が安いはずである。色違いの靴の買ったので、大体の価格相場はわかるのである。

 

 

ともかく、私は袋小路に入ってしまった。そして、なす術がなくなり、力が抜けたのであった。

 

靴を間違えてしまった方、もしもこのブログを読んでいらっしゃいましたら……ご連絡の程を……。心よりお詫び申し上げます。

 

 

 

――

 

と、 ここまでは、実は先週の水曜日(5月31日)に書いたものである。

 

――

 

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「……ダメだな」

 

私は左下にある『下書き保存する』をクリックし、この日記を公開することなく保存した。 

 

公開をためらったのは、こういった日記を公開することに、自分自身のモラルを疑ったからである。靴を間違えておきながら、それをもとに日記を公開するなど、私の理性が許さなかった。それに、こんなちっぽけなブログで呼びかけたところで、おそらく持ち主に届く可能性は非常に低いだろう。

 

「とりあえず、今は保存だけ……」

 

と思い、今回のことは忘れることにした。

 

 

――しかし、ひょんなことから、このたび、上記の日記を公開することになる。

 

 

 

 以下、続き。

 

 

 

――

 

6月7日。水曜日。

 

この日は、東京で会議だった。朝から新幹線に乗り、夕方過ぎに会議終了。

 

 

 

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エレベーター内。

 

ノワゼット「お、やきいも。これから新幹線?」

 

会社の先輩であるノワゼット氏(仮名)に声をかけられる。ノワゼット先輩は私が新入社員のころに指導係だった男性。今は同じ部署で重要な仕事を任せられている中間管理職である。

 

「そうなんですよ。朝一で東京に来て、この時間から新幹線で帰ります。会議のためだけに来るのって、移動費がかなりもったいないですね」

 

ノワゼット「まあ、しょうがないんじゃない?――それにしても、お前、フルマラソンでたんだって?うわさで聞いたけど」

 

「一応、そうなんですよ(ホマレホマレ)」

 

ノワゼット「すっかりこげ茶色に焼けて。すごいなあ。俺じゃ無理だわ」

 

「いえ。暇を持て余しているだけですから――」 

 

ノワゼット「あ、そういえば、こげ茶色で思い出したけどさあ――」

 

「?」

 

ノワゼット先輩は、苦笑している様子。

 

ノワゼット「おまえさ、1週間前に〇〇って店で飲んだの、覚えてるだろ?」

 

「え、ええ。もちろん(記憶から消したい店です)」

 

実はこのノワゼット先輩、先週の火曜日の夜の飲み会にいらっしゃっていた先輩の一人である。

 

ノワゼット「あの日、おまえ、俺たちより早く帰っただろ?大変だったんだよあの日。俺の靴がなくなってさあ」

 

「……え?」

 

 私の全神経が耳に集中する。

 

ノワゼット「あの日、帰ろうと思ったら俺の靴がなくなっててさ、見知らぬ靴があるわけ。誰かが履き間違えてもっていったんだろうな。店員に聞いても全然ぴんと来ていないし」

 

「……」

 

ノワゼット「予約して入るような店でもなかったから、店員にきいたってわかるわけないし。みんなを待たせるわけにもいかないし、しょうがないから残っていた靴履いて帰ったよ。奥さんにも怒られるし。奥さんはその靴を履けって言うんだけどさ、でも、見知らぬ奴の靴なんて気持ち悪いだろ?だから、ほら、この前の日曜日に新しい靴も買ったわ」

 

笑いながら足を上げるノワゼット先輩。

 

「あ、あの」

 

ノワゼット「最近、『チーズはどこへ消えた?』がまた流行りだしてるみたいだな。大谷翔平効果らしいけどね。まあ、なんにしても、俺の場合はシューズはどこに消えた?って感じだよ、まったく(笑)」

 

「あの、ノワゼットさん」

 

ノワゼット「ん?」

 

「なくなった靴って、茶色ですか?」

 

ノワゼット「うん。こげ茶色」

 

「サイズは25.5あたり?」

 

ノワゼット「うん。ビジネスシューズは小さめにしてんの」

 

「もしかしてブランドって、〇〇?」

 

ノワゼット「……おい」

 

「あの、実は――」

 

ノワゼット「まさか、お前……」

 

 「す、すみません。犯人は僕のようです」

 

ノワゼット「おおい!!なんだよ、靴買っちまったよ!」

 

「本当にすみません……!」

 

と心の底からお詫びを伝える。

 

 

ノワゼット「まあ、いいか、取引先と話すいいネタができたよ(笑)お前もネタにしていいよ(笑)」

 

「あ、ありがとうございます」

 

というわけで、何の因果か、あの靴の持ち主は無事に見つかったのであった。

 

それにしても、間違えた相手が身近な人で、しかも温和な先輩でよかったです。こういったときに笑って許してくれる先輩は、今後も尊敬させていただきます(ただ、その日から、いろんな先輩に「靴泥棒」と呼ばれましたが)。

 

 

 

まあ、せっかくなので、あの日の日記含め、靴について書いたのでした。当人から許可もらったからいいですよ……ね?

 

 

 

独りマラソン、だが孤独にあらず(黒部名水マラソン後半)

 

 

よく30㎞や35㎞地点には魔物がいると言います。でも、私がそれ以上に怖いのが「10㎞地点の魔物」です。この魔物は誘惑が得意で、10㎞あたりを走るランナーに「あれ、おれ、今日いけんじゃね?」って思わせるんです。――でも、この誘惑に絶対のってはいけません。そのツケが30㎞に来た時に一気に襲ってきますからね。

高橋尚子(2017年6月3日トークショーより)

 

 

私たちはトンネル屋なんです。トンネルを掘るのが商売なんです。金儲け仕事なんだと思っちゃいけません。並大抵の代物じゃないことは、初めから覚悟しています。私の集めた人間たちは、たとえ熱かろうが水びたしになろうが一歩もひきませんよ。貫通してみせます。必ず貫通してみますよ。

吉村昭『高熱隧道』より

 


 前回の続き。


忘れないよう、黒部名水マラソンについて書いてしまう。日記は筋肉痛がひかぬうちに書け、である。



 

6月4日。黒部名水マラソン当日。

朝。5時半に起床。

 

朝食を軽く済ませ、宿泊先から出ているバスに乗り、会場に向かう。外は小雨が降っていた。天気予報では晴れになる予定だったのだが。

 

 

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7時前に会場に到着。写真は会場入りした直後。この1時間後には、人であふれ、即興で作った簡易棚に荷物がみっしりと置かれることになる。

 

早めに会場に到着した私は、スタートまでぼんやりと、あたりのランナーを見回す。

 

……みんな自分よりも速そうに見える。朝食を食べている人を見れば、何を食べているのかが気になる。着替えている人を見れば、どんな服装で走っているのかが気になる。トイレに並ぶ列を見れば、「トイレに行っておいたほうがいいのかしら?」という不安に襲われる。

 


――とにかく、スタートまでの曖昧な時間を、私はそわそわして過ごした。

 

――


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(スタート前に唯一撮っていた写真。自分の脚が写っているだけだが……。なんでこんな写真を撮ったんだろう?しかし、これがあとで意味深だったと感じます)

 

 

 

9時。

外は快晴。気温も20℃前後で走りやすい気候。スタートの空砲は予定通り鳴らされた(笑えるハプニングがあったが)。

 

 

〇スタート~10㎞地点(平均5:40/km)

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(最初はゆっくりゆっくり)

 

スタートは体を温めるために、とにかく無理せずにゆっくり走ることを意識。

 

 

 

 

 

言うまでもなく、どんどん抜かされる。しかし、

 

 

(焦るな、この連中を後で抜く楽しみを取っておくのだ。)

 

 

と何様に思いながら、Calm down Calm down!と、心で唱え続ける。

 

 

 

〇10~20㎞地点(平均5:30/km)

 

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ここから少しずつきつくなる上り坂。

 

しかし、当初予想したよりきつくない。


(もしかして、体の調子がいいか?)



心なしか周りのペースが遅く見え、抜かすことが増えてくる。

 

(最初に飛ばしていた人たちがここでスピードダウンか。でも、つられるんじゃないぞ。絶対に飛ばすなよ?あくまで目標ペースを維持だ。大丈夫、落ち着いていこう)

 

と思うのだが、気づかぬうちにペースアップしていたことを後で知る。(Qちゃんのアドバイス、ちゃんとわかっていたつもりなのだが…)


 

〇20~25㎞地点(平均5:30/km)

 

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日差しが少しずつ強くなる。また上り坂もピークであった。

 

自分の脚が少しずつ重くなってなり、呼吸も少し乱れてくるのがわかる。ペース維持を心がけながら走っていると、

 

(あ、あれは――)

 

前にある人物が現れる。

 

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(あれは、サブ4のペースメーカー……!)

 

ペースメーカーとは

陸上競技中距離走長距離走、特にマラソン競技でみられるペースメーカーとは、高水準かつ均等なペースでレースや特定の選手を引っ張る役目の走者のこと。

Wikipediaより

 

 

彼らは、4:00:00のビブスを身に着けている。すなわち、彼らの走りを超えることができれば、サブ4(4時間以内)を達成することができるわけである。逆に彼らよりも遅いということは――その逆を意味する。

 

今回の私の目標はサブ4であった。私にとって、彼らはぜひとも超えたい存在である。

 

(よし、この人たちについていこうか。しかし……)

 

自分自身の人間性をよく分かっている。それは、

 

追いかけるより、追いかけられる方が好きなドMニンゲン

 

ということである。

 

4時間ペースメーカーを追いかけると、つらくなった時についていくことができないだろう。逆に後ろから迫ってくると思った方が、自分を追い込める。

 

自分のドMな性格を考慮し、私は少しだけペースを上げ、4時間ペースメーカーを抜いた。これが吉と出るか、凶と出るか、この時はまだわからなかった(というか、これを書いている自分にもわからない)。

 

〇25~30km地点(平均5:20/km)

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(……つ、つらい)

 

エネルギー不足、足の疲労、呼吸の乱れが増してくる。すでに上り坂を終え、下り坂を走っているはずなのだが、ちっとも走りが楽にならない。

 

 

(ここで楽になるはずだったのに……おかしい、何かがおかしい)

 

(タイムは落ちてないが…身体はつらい。これは何を意味するのだろう?大丈夫?ねえ、大丈夫?)

 

(落ち着け……、Calm down Calm down!でも、落ち着いている場合か?)

 

(……まだ先は長い。あと15㎞、走り切れるだろうか?)

 

(焦るな、焦るな。でも、後ろからペースメーカーが来ているのでは?)

 

と、肉体の疲れが精神の方に迫ってくるのを感じる。一番つらいところであった。

 

 

――その時である。

 

「頑張って!サブ4狙えるよ!」

 

コースのど真ん中に、一人の女性が立って応援している。そして、横切るランナーにハイタッチをしている。

 

 

 

そう、その女性は

 

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高橋尚子、その人である。決して疲れからくる幻影ではない。

 

横切る際、高橋尚子とハイタッチした。

 

(……高橋尚子とハイタッチした)

 

(……高橋尚子に応援された)

 

(……高橋尚子がサブ4狙えるといった )

 

(……高橋尚子が走っている姿がかっこいいといった)

 

(……高橋尚子がサブ4とったら抱きしめてくれるといった)

 

 

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精神の不安は払われ、気持ちは高ぶった。ありがとう、高橋尚子。絶妙な場所にいらっしゃいましたね。

 

 

〇30~35km(平均5:30/km)

 

 

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Qちゃん効果も薄れ、肉体的な疲労がピークを迎える。

 

(練習不足の影響がここにきたか……なぜあんなに出張を入れた!?なぜあんなにサービス残業をした!?なぜもっと朝早く起きて練習しなかった!?なぜもっとお酒を控えて夜に走ろうとしなかった!? なぜ直前体を休めずにバカみたいな練習をした!?……すべて……すべては、もう遅い!)

 

沿道の応援も少なくなり、一層の孤独感が増していった。そして、自責の念に襲われる。

 

 

 

……その時である。

 

後ろから私を抜かしたランナーの姿をみて、血の気が引いた。

 

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絶望の4時間ペースメーカー。

 

 

(そ、そんな……いやじゃあ!)

 

私は急いでペースメーカーを再び追い抜く。一心不乱とはこのこと。

 

 

しばらくして、給水所によろめきながらたどり着く。すでに満身創痍。

 

(給水所で止まる時間すら惜しい。しかし、もう止まりたい……涙)

 

 

私は水を受け取り、そのあとに体を拭くスポンジを受け取る。

 

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おそらく地元の女子高生だろう。ボランティアで参加してくれていたと思われる。


その娘から水をたっぷり含んだスポンジを受け取る。その時、女子高生は小さな声で

 

 

ファイトっ!

 

と声をかける。

 

 

あたりまえだが決して深い意味はない。たまたま彼女のもとに「とあるランナー」が来たから、その人にスポンジを渡し、定型的な声掛けをしただけである。そんなことはわかっている。

 

しかし、私の消えかかっていたモチベーションを再燃させるには充分であった。

 

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(ここからは、気を抜いたら終わりだとおもえ)

 

このあたりで、うっすらと涙が流れたことを覚えている。

 

 

〇35~40km地点(平均5:50/km)

 

ここまでくると、歩いている人や、立ち止まってストレッチしている人や、動けずに倒れこんでいる人たちも多くなってくる。

 

そんな光景の中、2人の自分が心の中でせめぎあう。

 

(歩こうか?少し歩いて休息を取ろう。給水所で少し長めに休みな)

 

(絶対歩くなよ。歩くともう動けなくなる)

 

(大丈夫。少し歩いて最後のラストスパートにかけるんだ)

 

(そんな器用なこと出来るのか?自分のことは自分が一番わかっているだろ。歩いたら終わりだ)

 

こんな葛藤と戦いながら、ペースを落としつつ、かろうじて足を止めずに走り続ける。

 

 

 

37㎞あたりの給水所。ボランティアでコールドスプレーを用意してくれていたので、足に噴射する。

 

(――あれ?全然冷えない……?)

 

原因はすぐに分かった。それは、私の格好にある。

 

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こいつを履いていたからである。これまで私の足をサポートしてくれていたが、ここにきて脚の冷却を妨げるとは。

 

(これも運命なり……!)

 

私はコールドスプレーを返す。

 

給水所で水をもらうと、その隣であるものを発見。

 

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マラソンをしたことがある人ならばわかるであろう。

 

水浴び

 

である。柄杓で水をすくい、それを体にぶっかける。これにより、体の熱が一気に冷まされるのである。

 

(こいつならばタイツ越しでも効くはず……!)

 

と思い、私は自分のふくらはぎに柄杓で水をかける。その様子を見ていたボランティアの方々が、

 

「背中から一気にかけましょうか!?」

 

と言ってくれる。私は迷うことなく

 

「お願いします!」

 

「よっしゃ、せーの!」

 

3人がかりで一気にかがめた背中に水をぶっかけてもらう。全身から一気に放熱された。

 

「ありがとうございます!」

 

「がんばって!」

 

(一気にラストスパートじゃ!)

 

 

 

と思ったのだが…。

 

 

ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽん

 

(あれ?何だこの音……)

 

体中から水が揺れる音。脚は冷えているものの、腰に鈍い痛みが襲う。

 

(……やばい、まさか……これって……)

 

私は、自分が大いなる失敗をしたことに気が付く。

 

 

私は、上記のランニング用タイツのほかに、短パンを身に着けていた。ただし、ランニング用の立派な代物ではなく、中高生が身に着けるような体育着仕様の安物である。(彼女はパジャマと呼んでいる)

 

 

――数年前~数十年前に、体育着でプールに入った時のことを思い出してほしい。身体が一気に重くなった記憶はないだろうか?……あの重みである。

 

おまけに、ウエストポーチも身に着けており、こちらも結構な水を吸水していた。そのため、下半身が一気に重くなったのである。

 

(やばい……短パンとウエストポーチ脱ぎたい……でも、こんなところで脱いだら声援が悲鳴に変わる……)

 

 

絶望の中、私は、ふと、『黒部の太陽』と、昨日まで読んでいた『高熱隧道』を思い出す。

 

 

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(黒部峡谷にトンネルを掘った時、先人たちはたとえ高熱に襲われても水びたしになっても、どんな困難に襲われても、決してあきらめなかった。俺だって――)

 

黒部の戦士に思いをはせ、水が自然に蒸発してくれることを願いながら走りをつづけた。

 

 

 

〇40㎞~ラスト(平均6:10/km)

 

もう、ぐでんぐでん。ラストスパートをかける人たちから、どんどん抜かれる。

それでも、足を止めないことだけを考えて走り続けた。

 

(本当に、この2.195㎞はなんでこんなに長く感じるんだろうか?)

 

しかし、歩みを進める以上、終わりは少しずつ近づいてくる。

 

ゴールが見え、声援が一層高まる。中には

 

「ゼッケン番号チョメチョメ(私の番号)頑張れー!」

 

なんておばあちゃんの声が聞こえる。私は照れながら手を振ってこたえる。でも、あの声は本当にうれしかった。ありがとう、おばあちゃん。

 

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直前に後ろの人に抜かれながら、どうにかフィニッシュ。

 

 

――

ゴールした直後は、足が動かず、近くの芝生で倒れたら、しばらく起き上がれなかった。でも、最高に気持ちよかった。

――

 

ゴール後1時間くらいして、ようやく着替えを済ませる。

 

配られていたトン汁と鱒寿司と御団子を受け取りに行く。ボランティアの女子小中学生から受け取り、最後まで癒される。(登場人物に女性が多い日記です)

 

 

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豚汁、とってもおいしかった。有名店のコース料理や最高級和牛でも、この豚汁にはかなわないだろう。本当においしかった。本当においしかった!これを食べるために走ってるんだよなあ!

 

 

ーー

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その日のうちに、痛い足を引きずりながら、大阪の地に帰りました。本当は黒部観光したかったけど、それはまた時間に余裕があるときですね。

 

 

最後に、タイムですが……

 

 

無事サブ4達成できました!3時間58,9分くらい?なので、ほとんどギリギリでしたね(笑)

 

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いろいろな人の支えがあったからこその完走だったと思います。独りで黒部に赴きましたが、決して孤独ではなかったです。本当にありがとうございました。

 


長文、失礼いたしました。この日記を書き終えた今も、完走の実感がわきませんが……日焼けた肌を見たり、脚の筋肉痛を感じるたびに、「走ってきたんだよなあ」と思うところでございます。

 

しばらく走りたくないけど…また少ししたら、走りたくなるのかしら……?

 


以上、自己満足記録でした~:->:->