「まくら」営業、はじめました。

営業職の男です。「まくら」を極めて営業のタツジンになりたいのです。

送別会で泣くヤツってあざとい、と思うところもあるんだけど・・・

 
 
時折 、したり顔に 、 「あの人は清濁あわせ呑むところがあって 、人物が大きかった 」などという人がいる 。それは 、はっきりまちがっていると 、わたしは思う 。少なくとも子どもには 、ちがうと教えたい 。ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である。
 
磯田道史『無私の日本人』あとがきより
 
 
 
 
 
 

 
 
 
木曜日の夜。東京の某居酒屋。
 
 
幹事「えーそれでは、異動されますシマウマ課長、前にどうぞ!」
 
 
送別会の幹事を担当している先輩社員の司会進行のもと、シマウマ課長は照れ臭そうに前にでてくる。
 
私が所属する部署と、日常業務で関係する部署の社員の方々を合わせて、約30名が参加した。この日は、1月付けで別部署に異動となったシマウマ課長の送別会が催されることになっていた。
 
ちなみに、私は普段大阪にいるが、このために朝から東京に来ていた。
 
 
幹事「今更説明の必要はないかもしれませんが、シマウマ課長は入社してから20年以上、うちの部署一筋で活躍されてきました。当然、この中にもシマウマ課長にお世話になった方はたくさんいると思います」
 
 
ここで周りから拍手が起こった。シマウマ課長は手と頭を横に降っている。
 
幹事「では、シマウマ課長からお言葉ーーをいただく前に、特にお世話になってきた人からの言葉を聞きたいと思います。まず始めに、やきいも君、お願いします!」
 
 
薄々嫌な予感はしていた。しかし、まさか一番手に私の名が挙がってしまうとは。皆の前で話すなんて事前に聞いていないし、当然、何も考えていない。飲み会が始まって約1時間経過し、アルコールが回り始めているため、いつものような計算高いスピーチをできる状態でもない。周りは「面白いこと言えよ!」だの「10分あるからゆっくり喋って良いぞ!」だの囃し立てる。
 
 
「えー、事前になにも聞いていなかったので、なにを話したらいいのかというのもあるんですがーー」
 
社会人経験を重ねてきたからだろうか、こういうときに考えながら話すことに、少しずつ慣れてきた気がする。
 
「私にとってシマウマ課長は、私にとっては、社会人になってはじめての上司でした。話しながら、色々な思い出が思い出されます。私が新入社員の時ーー」
 
 
言葉に詰まることもなく、伝えたい気持ちがスラスラと出てくる。新入社員の頃は、よく言葉のチョイスを間違えて、先輩社員を冷や冷やさせていたが。
 
ちなみに、この時お話ししたのは、私が新入社員の頃にやらかしてしまった大問題についてであり、その失態をシマウマ課長が助けてくれた、というものである。個人的な話なので詳細は控えたいが、本当に、この日のことを思い出すとシマウマ課長には頭が上がらなくなる。
 
「ーーということで、シマウマ課長は私にとっていつまでも心の上司でございます。別の部署に行っても、またご指導をお願いいたします。以上です」
 
頭を下げ、拍手と野次の中、席に戻る。そして、次の指名が続く。
 
私の後の社員も、皆がシマウマ課長の優しくてまっすぐな人柄の素晴らしさを語っていた。一部の人から「もっと悪いことも言えよ!」なんて野次がとんだが、シマウマ課長の場合、それが本当に難しいのである。私が言うのもなんだが、心が澄んでいるというか、悪いことを全く思いつかない清々しさを持っている。そして、シマウマ課長と一緒に仕事をしていると、もっと頑張りたい!と思えるような不思議な魅力を感じるのである。それは、私だけではなく、多くの人が語るところであった。
 
 
 
 
そのあと何名かのスピーチを聞いたあと、シマウマ課長の言葉となる。
 
シマウマ課長「えー、今日はこのような場を設けていただきありがとうございます。正直、今日は皆様からどんな恨みつらみを言われるのかとヒヤヒヤしておりましたが、どなたももったいないような言葉をいただきまして、恐縮しておりますーー」
 
 
・・・・・・正直、シマウマ課長がなにを言っていたのか、ほとんど覚えていない。シマウマ課長の話す姿を見ているうちに、涙が溢れてきたからだ。周りに気づかれぬよう、その拭き取り作業に追われていたのである。
 
ーー
 
スピーチ終了とともに飲み会はお開きとなった。皆がいそいそとトイレに駆け込んだり上着や靴を探している頃合いを見計らって、私はシマウマ課長のところへ向かう。そして、
 
「すみません、先程は失礼しました。でも、本当に、お世話になりました」
 
とだけ、涙ながら伝える。シマウマ課長は笑顔で
 
シマウマ課長「いやいや、ありがとう。でも、毎回会議で聞いているけど、大阪ですごい頑張ってるね」
 
その言葉で、涙がまた溢れた。次の言葉を述べようとしたが、私の泣きっ面に部長が気づき、
 
部長「おい、やきいも、なんでお前泣いてんの?笑」
 
と囃し立てモード。
 
「すみません、本当に、感謝の気持ちだけちゃんと伝えたかったので。これからもよろしくお願いいたします。失礼いたします」
 
と言うだけいって、いそいそと居酒屋を抜け出した(※)。
 
(※)多くの先輩が残っている中、私のような下っ端が勝手に先に帰るのは、普通ご法度である。
 
 
ーー
 
最寄駅で電車に乗り、大阪に戻る新幹線に乗れる品川駅へ向かった。電車に乗っている最中も、涙が止まらなくて困った。周りに悟られぬよう、立ちながら外の景色を見ているのを装ったが、ガラスに反射した乗客と目があってしまい、大変に罰が悪かった。新幹線に乗っている最中も、ボーとしているうちにまた感情がたかぶり、涙が出る始末。
 
 
ーー
 
翌日、金曜日。
 
 
昼休憩中、フリーデスクでたまたま隣になった女性社員(カシスさん)と話す。
 
 
「ーーそういえば、昨日、シマウマ課長の送別会があったんですよ。カシスさんって、シマウマさんご存知ですか?」
 
カシス「シマウマさん?ああ、前に大阪支店にいたのよね」
 
「あ、カシスさんもシマウマさんと接点あったんですね」
 
カシス「まあ、仕事で直接関わることはなかったけど、背が高くて優しい人だったってのはよく覚えてるよ。でも、送別会だったんだね」
 
「そうなんです。そこで情けないことに、昨日、涙が止まらなかったんですよ」
 
カシス「え、シマウマさんが?」
 
「いえ、僕がです」
 
カシス「なんであんたが泣くのよ(笑)普段、無表情なのに」
 
「新入社員の頃に上司だったんですよ。当時はいろいろお世話になりまして」
 
「ふーん。でも、泣くってよっぽどよね。あ、もしかして酒入ると泣き上戸になるの?」
 
「そうかもしれないですね。最近映画とかドラマとか観てても泣くことが多いんですけど、決まって酒を飲んでいるときで…。歳をとると涙脆くなるって言いますが、私もそういう歳なんでしょうか?それともストレス?」
 
カシス「何言ってんのよ、まだそういうこと言うには若いわよ。でも、別に根拠はないけど、歳をとったら涙が出やすくなっていうのはあるんだと思うわよ」
 
「そういうもんですか?」
 
カシス「若いうちは自分が主役で、自分だけの視点で感情も決められてしまうことが多いんだと思うけど、歳をとると、いろんな立場の人の気持ちを想定できるようになるじゃない」
 
「はあ」
 
カシス「取引先の気持ちもそうだし、社内の人もそうだし、何より家族の気持ちなんか、私、ずっと考えているもの。知らないうちにいろんな立場で気持ちの動きを考えるようになると、喜怒哀楽の幅が広がってくるんじゃないの?共感する力がつくっていうのかしらね」
 
「なんだか、深いですね」
 
カシス「・・・深いかしら?でも、シマウマさんの送別会で泣くっていうのは、単純にやきいも君がシマウマさんにお世話になったって気持ちが強かった、ってことじゃないの?」
 
「うーん、そうですね…本当にお世話になりましたからね。あんなに素晴らしい上司に出会えたのは幸せだと思います」
 
カシス「将来部下を持ったときに、そういう風に思ってもらえるように頑張りなさいよ」
 
「そんな日が来るのか……今のように小狡くて怠惰で他者への配慮に欠けているうちは…ダメですね。頑張ります」
 
 
いつか遠い将来自分が部下をもったと想像した時、私の送別会の際に泣いてしまう部下ーーというか、少しでも寂しさを抱いてくれる部下…作れるものだろうか?
 
……正直、自信がないなあ。体当たりでぶつかれば問題視される世の中だしね。というか、そんな関係性を期待すること自体、時代遅れなのかしら?…そうは思いたくないんだけどなあ。
 
 
 
って、今はこんなことで不安になるより、目の前の仕事に向き合うべきですね(笑)シマウマ課長、お世話になりました。成長した姿をお見せできるように、頑張ります!
 
 
 

今年の目標は。

 
 
土曜日。
 

朝。日課となった25分のエクササイズDVDを実施。
 
 
運動後、ブランチを食べ、午後から日本茶の講演会を聞きに行く。
 
特に仕事絡みだったわけでもなく、単なる趣味の一環で参加しただけ。お茶の世界に携わる方々の取り組みを知ることができるということで、興味を持っただけである。実
 
ちなみに、講演の参加者は先着100名だったが、ほぼ満席だった。どんな人が参加していたかというと、調理専門学校に通っている学生が4割くらいだった(開催会場が専門学校だったからだと思われる)。他には、おそらくお茶関係の仕事についている方、飲食店を経営している方、そして日本茶になんとなく興味がある人、といった感じだったと思う。年配の方も多く、真剣に講演をメモする姿が印象的だった。どれだけ人生経験を重ねても、こういう講演会に積極的に参加される姿はとても尊敬。私も、仕事を言い訳にせず、生涯学習を貫いていきたいものである。そのためには、毎日コツコツ努力ですな!
 
 
 
家に帰り、すこしだけ英語の勉強をした後、Amazonプライム・ビデオで『ビリギャル』を観る。有村架純、惚れ惚れするなあ・・・・・・。
 
 
ーー
 
日曜日。
 
この日は家でゴロゴロと過ごす。この日はあえてなにも予定を入れずに、ぐうたら感謝の日としていた(昨日に毎日コツコツ、と誓っていたのだが、すっかり忘れている)。
 
ボーと朝のワイドショーを観て過ごすが、どうも落ち着かない。
 
(…なんかしないとなあ)
 
と思い、部屋をいつもより丁寧に掃除。その流れで、
 
断捨離でもするか)
 
と思うにいたる。なんか、気持ちを新たにできそうだしね。
 
 
早速ゴミ袋の束を持ってきて、部屋の中で捨てられそうな物を探す。
 
(服はそんなに持ってないしなあ。ベッド捨てて敷布団生活にする?でも、断捨離ってそういうことじゃないよなあ…捨てるっていったら…やっぱり、本だよなあ)
 
 

 
今や私の狭い部屋のかなりのスペースを占領しているのは、買いあさってきた本の山だろう。現状、3段本棚×7個分の本がある。これを捨てれば、部屋は一気に広くなるのは間違いない。マラソン大会に参加してたまってしまったタオルやティシャツを捨てるよりも、よっぽど断捨離っぽいではないか(断捨離がなんなのか、正直よくわかってないが)。
 
といっても、これでもだいぶ本は整理してきたのである。学生時代の本のほとんどは実家においてきたし、社会人になってからは、よっぽど読みたい場合を除いて、極力紙の本を買わないようにしてきた。そして、最近では紙の本を買わず、電子書籍で本を買うようになっていた。電子書籍の方がスペースを取らないし、何より私にとっては電子書籍の方が紙よりも読書しやすいのである(その理由を書くと長くなるので割愛)。
 
(ーーあ、じゃあ、これらの本を電子書籍にしたらどうだろう?でも自分でやるとなるといろいろめんどくさそうだしな。…代行サービスとかないかしら?)
 
 
と思い調べてみると、なんといっぱいあるでないの。やっぱり、こういう需要って結構あるんだね。
 
早速、電子書籍代行サービスに登録。本を送るための段ボールを注文。とりあえず段ボールが届いた日に作業に取り掛かろう。
 
 
電子書籍作業がすぐにできないことがわかったので、断捨離作業は中断。コーヒーを淹れ、Amazonプライム・ビデオで『舟を編む』を観賞。辞書づくりのお話に心打たれる。ただ、同時に、主人公が辞書の紙質にこだわっているところで、ムムムっとなる。
 
(わかるよ?紙がいいのはわかるよ?だけどさあ・・・・・・そんなに電子書籍がダメかね?電子書籍には電子書籍の素晴らしさがあるんだからさあ…)
 
と思うのであった。・・・・・・でも、本当に紙で残したい本は、やっぱり紙のままにしようと思った。断捨離の道は険しいね。
 
ーー
 
月曜日。成人の日で祝日。
 
朝起きてからランニング。今日は清々しい青空が広がっており、走っていて気持ちよかった。
 
1月3日から始めたエクササイズDVDは、ほぼ毎日継続している。お陰で、心身ともに前向きになっている(気がする)。合わせてランニング再開。最近、ようやく10km以上走る練習リズムを取り戻し始めてきている。
 
 
さて、走り終わった後、近所のベローチェに行く。この日はピーナッツサンドは注文せず、コーヒーのみでまったり。
 
英語の勉強をしたり、読書をして過ごしながら、ふと
 
今年の目標ーーなんか考えようか)
 
と思い、考える。
 
ここ数日の体験も踏まえ、とりあえず、3つくらい目標ができました。
 
 コツコツでいいから勉強する習慣を身につける。
 (1)去年やりきれなかったTOEICを1年間コツコツ勉強してみよう。
  (2)料理の勉強したいなあ。今読んでいる本がちょうど食に関する本で、影響うけちゃいました。
 
②  物を整理しよう。
  (1)もうすぐ結婚だし、彼女と一緒に住むことを考えたら、早いうちに整理できるに越したことはないだろうしね。特に本!あ、 本を管理するためにパソコン買おうかなあ…?プリンターも気になる。そうか、パソコンを置くデスクも必要だなあ!・・・
 
③   体を引き締めよう
  (1)今年もマラソンを楽しみたいです。今までは走る練習しかしてなかったけど、筋トレもいれながら取り組んだら、もっと安定した走りができるような気がしているんですよね。筋トレしてから、走っているときに肩コリが楽になっている気もするし。
  (2)大河ドラマ『いだてん』の中村勘九郎の身体、みました?鋼の身体って感じがして惚れ惚れしましたねえ。あそこまでとは行かずとも・・・・・・でも、近づきたいなあ。
 
 
 
・・・・・・なんとも頭の悪そうな目標ばっかり(笑)でもまあ、何にもないよりマシでしょう。
 
 
(あ、④ブログをちゃんと定期的に更新する・・・・・・?⑤Amazonプライム・ビデオ中毒からの脱却・・・・・・?)
 
 
まあ、とりあえずいい2019年にしていこう。
 
 
中身のない日記!(毎回か)
 
 
 

「太る」という変化は、私にも起こるらしい

 
 
 
1月2日。実家。夕刻。
 
 
 
「ちょっと、〇〇温泉に行ってくるよ」
 
母「正月だから混んでるよ」
 
「うん、まあいいよ。車貸してよ」
 
母「ーーじゃあ、私も行こうかな。久しぶりだし。無料券あるんだよ」
 
「あ、そうなの?じゃあ、行こうよ」
 
 
というわけで、母とともに、実家から車で5分ほどの場所にある温泉施設へ。
 

昔からある温泉施設。
 
ーー
 
 
温泉に到着。無料券を受付に渡し、男湯へ。母の言っていた通り、脱衣所は人でいっぱい。おそらく、95%は時間を持て余した地元民だろう。 
 
 
服を脱ぎ終え、何気なく体重計に乗る。
 

 
 
(・・・えっ?)
 
体重計には、標準時よりも3kgほど増えている数字が表示。
 
(・・・・・・うそ、こんなに増えてる?)
 
最近運動をしてなかったので、筋肉の増加による体重増でないことは自明であった。最後にフルマラソンに出たのが10月末の金沢マラソン。そのすぐあとに急性食道炎を患い、2週間ほど食事をまともにとれなかった。当然、ジョギングもできなかったのだが、それをきっかけに運動する習慣がすっかり途絶えてしまっていた。食道炎が回復した後も、
 
なあに、走ろうと思えばいつだってまた走れるさ
 
と自分に言い訳を繰り返し、気づけば2ヶ月間、ほとんど走らない日々を過ごした。
 
 
一方で、食事の方は相変わらずムチャクチャな内容。食事量が急激に増えたわけではないが、相変わらずお酒をグイグイ楽しむ日々を過ごしていた。また、昨年の夏頃に近所にできたカフェ『ベローチェ』のピーナッツサンドにハマってしまい、週2ペースで食べていた。(普通の食事に上乗せ)
 

(私は必ず2個セットのものを注文する)
 
 
濃厚なピーナッツクリームと、絶妙に残ったピーナッツの食感は、多くの甘い物好きを虜にするにちがいない。そして、食べ終わった後に何気なくカロリーを確認して愕然となる。だが、「もう二度と食べないんだからね!?」なんて思っても、すでに頭のなかでは次にピーナッツサンドを食べる機会を想像している依存性の高さを有している。…実に恐ろしい食べ物だ。
 
忘年会シーズンも、ためらうことなく出されたものを鯨飲馬食。クリスマス前後もチキンを食べ、ワインを飲みまくった。実家に帰ってからも、寒い寒いと外には出ず、家にこもっていた。そして、出される日々のご馳走をこれまたバクバク飲み食いするーー。
 
 
・・・・・まあ、振り返ってみても、これで太らないわけがない。
 
鏡を見ると、なんだかすっかりあごまわりが丸くなっている。腕は頼りなく細い。足は柔らかいのに無駄に太い。お腹周りには、ズボンの跡がくっきりと残っている。
 
怠惰な生活の成果がわかりやすいほど体に表れている。一人だと気づかないふりができるのに、他の人に裸を見られる場所にくると、どうも自分のたるみが気なってしまうようである(実際はだれも私の裸なんて見ていないのだがな)。
 
 
(・・・・・・ショック)
 
今更ながら、運動する習慣が途絶えると、人間って太りやすくなるんすね。笑
新年早々、生活スタイルを見直す必要性を感じたのであった。
 
 
 
さて、風呂をあがり、家に帰ると、すぐに晩御飯の時間。田舎の晩御飯は早く、我が家では17時を回る前から夕食が始まる。
 
食卓にはおせち料理のほか、刺身にエビチリ、カレーなどが並ぶ。食事をおさえようか悩んだが、実家にいるうちは、食べたい物を食べたかった。
 
(・・・・・・これが最後の贅沢。明日からしっかり運動と食事の節制に努めよう)
 
というわけで、上記のご馳走を大量のビールと日本酒で流し込む。最後の締めには天ぷらラーメン(エビ天が3尾のってる母手製の鶏がらスープの醤油ラーメン)を一気にすする。いやあ、実においしかったです。母ちゃん、ありがとう。
 
 
・・・・・・これが正月じゃろがい!えへらえへら(ベロベロ)。
 
 
ーー
 
 
1月3日の朝。
 
若干胃もたれ気味の中、母が作ってくれたおにぎり2個と高血圧を気にして薄めに仕上げている味噌汁を食べる(減塩はいいんだけど、味噌汁の量が多いんだよなあ・・・)。
 
 
 
朝に飛行機で大阪に戻り、昼前に自宅に到着。家に帰るや否や、収納の奥にしまっていた運動DVDを引っ張り出す。
 
 

(少し前に流行ったエクササイズDVD。新入社員の頃によくやってましたね〜)
 
 
半袖半ズボンに着替え、ホコリかぶった運動マットとダンベルを引っ張り出す。そして、20分間エクササイズを始めた。
 
 
(…きっつ!lこんなにきつかったっけ!?)
 
たった20分なのに、久しぶりにやったら、すごい疲れました…。特に上半身の肩周りがまるで動かなかったです。この日記を書いている最中も、筋肉痛がすごいです。いやはや、自分の身体のなまりっぷりを痛感しました。3年前はこれを平気で2セットやっていた。…今の私では考えられない。
 
でも、やり終えた後は、久しぶりに心地よい達成感を味わうことができたのでした。こいつを毎日やる習慣を身につけよう。さらに、走る習慣を取り戻そう。いくぜ肉体改造!目指せカッコいい30代!
 
 
3日、4日、5日とエクササイズDVDを継続中。いい感じいい感じ!
 
 

 
ーーとか言いながら、運動後、またベローチェに行ってしまう私。やっぱりおいしいんですねえ、これ。
 
まあ、ゆるゆる戻っていけばいいでしょう。幸福感は、体重計では計れないんですから。
  
 

結婚することになりました。

 
 
 
結婚て何だろう。結婚は「コミットメント」だ。コミットメントって、本気で全力でかかわるってこと。辞書を見ると、約束、関わり合い、とある。
 結婚すると、相手の人生に対する責任が生まれる。自分の人生にだけ責任をもっていればよかったシングルとは大違い。子どもが生まれたら、その子どもが成人するまでの責任も負うことになる。おお、大変だ。
 でも、責任のない簡単な仕事より、責任のある、ちょっと難しい仕事のほうが、だんぜんおもしろいよね。大変な分、やりがいがある。充実感、達成感がたっぷり味わえる。人生も同じかも。
 コミットメントのある人生。やってみたくない?
中村芳子『結婚までに、やっておくべきお金のこと』より
 
(クリスマスの夜に1人モスバーガーでモスチキンを食べながら読んでいた本。…よくわからんが、そういうもんかしら?)
 
 
 
 
 
 
新年、明けましておめでとうございます!2019年である。
 
 
 
年末年始は実家に帰省していた。私の故郷は雪がひどかった。おまけに風も強かった。大阪から飛行機で飛び立った後も、無事着陸できないのではとヒヤヒヤした。
 
 
今年は12月29日(土)〜1月3日(水)と5泊6日、故郷に滞在。いつもだったら3〜4泊が限界なので、いつもより少しだけ長くいたことになる。・・・だが、心身ともに落ち着かない、休んだ気が全くしない帰省であった。ーーなんでかって?
 
 
いや、まあ・・・その、なんというか?ねえ・・・・・・まあ、ねえ笑、いろいろとーー
 
 
 
なんというか、今おつきあいしている女性と結婚をすることになりまして。別に隠すことでも、あえて報告することでもないんですが・・・・・・苦笑
 
 
ともかく、今回の年末年始は、最初の関門である「親へのご挨拶」にアタフタしていたのでした。服装はどうするべきか、手土産はどんなものがいいか、お酒を出される前に気持ちを伝えるべきか、何時間くらい家にお邪魔するのが正しいのか、仮に断られたときはどうしたらいいのか、「一発殴らせろ」と言われたときは黙って殴られるべきかーーまあ、いろいろと悩みました。
 
どうでもいいですが、なんでもかんでも虎の巻やマニュアル本があるこのご時世、「親の挨拶」に特化した本って、ほぼないんですよね。就活の面接ガイドは(文字通り)腐るほどあるというのに。まあ、こういうのは各家で面接官が全く違うから、マニュアルどおりにいかないことはわかるんだけど・・・・・・。それは企業だって同じだしなあ・・・・・・。あ、もしかして、「これで大丈夫!親の挨拶徹底攻略〜7日間でわかる親の気持ち〜」的な本があれば、かなり売れるんじゃないだろうか?ライバル本がないから、中身がどうであろうとこの本を買うしかないからね。年度ごとに出せるし、父版母版でもだせるし、それに地域版も出せるし・・・あれ?もしかしてかなり着眼点ではないだろうか?(阿呆づら)
 
 
 
さて、阿保なことを考えている間に、相手のご両親からは無事ご了承をいただけました。なんというか、当人達からすればあっという間に終わってしまった。この詳細は、また日を改めて機会があれば描いてみよう。
 
 
 
 
では、一大イベントが終わってホッとした帰省なるかというとーーそうは彼女が許さない。
 
 
基本的に親への挨拶から結婚までは1年をあけてはいけないならしい(ゼクシイいわく)。だから、2019年度中、もしくは2020年の早い段階で結婚式の段取りを行わなければならなくなったわけである。
 
 
とにもかくにも時間が限られているということで、年末年始から故郷の結婚式会場探しも行うことになった。
 
 

(とある披露宴会場。彼女評価低め)
 
 
ちなみに、そもそも故郷で挙式を挙げるのかどうか決まっていなかった(東京の可能性もあるし、場合によっては海外も?)。だが、ただでさえ故郷が北の遠方にあるので、時間的にも金銭的にもホイホイ行けるようなものでもない。そのため、時間があるうちに結婚式会場も下見しておこうということになったのだ。
 
 
 
 
しかしまあ、この結婚式場の下見ーーいやあ、疲れました。2日間、びっちり結婚式会場を見回りました。彼女の機嫌を損なわないように回りましたから、余計に疲れました(彼女の機嫌を損なう彼氏が一番最悪らしい、と、ゼクシイで学んでいた)。
 
こっちも全く無知の状態で下見するわけにもいかないので(彼女の機嫌が損なわれるので)、昨年末から式場資料やガイド本とかを事前に読んで勉強しておいたのです。この勉強のおかげで、全く日記を書く時間を作れなかった・・・これは言い訳ではない。まったくもって真実である。
 
でも、大きな失態をしないまま結婚式場下見を終えられたのでよかった。これからもっと大変になってくるんだろうけどね(苦笑)
 
 
 
余談ながら、うちの両親が結婚の報告を受けてからというもの、式場探しに具体的なアドバイスをし始めたり、自分たちの結婚式の時を語り始めたりと、大変はしゃいでいる。なんというか、出来損ないの息子としては、その姿がなんだか嬉しかった。結婚って、やっぱり親孝行という側面も大きいのだろうと思ったのであった。
 
 
以上。
 
ーーところで2019年は30歳節目の年です。!結婚だけじゃなく、いろいろな事が起こりそうな予感がするけれど、楽しく乗り越えていくぜ!ではでは、本日はこれにて御免!(あ、結婚式会場からまた電話がかかってきた〜。まあ、下見しただけで終わらせてくれるわけないわなあ・・・。結婚の苦労日記になるかもね)
 
 
今年もどうぞご贔屓に(_ _).。o○
 
 
 

また、ブログを書ける喜び

 
 
 
 
1ヶ月と少し前に、急性食道炎を患った。想像よりも症状が重かったらしく、食事がまるで喉を通らなかった。踏ん張って会社には行くものの、エネルギー不足と食道の不快感から、仕事どころでは無かった。軽い内勤業務と緊張感の少ない商談をこなしながら、なんとなく仕事をしている体裁を繕う日々であった。
 
朝ごはんに豆乳や牛乳を飲み、 お昼ご飯の代わりに診療所に行って点滴を打ってもらい、晩御飯に豆乳や牛乳を飲む日々。人生経験の少ない私にとって、これは結構辛い日々だった。
 
 
2週間ほど過ごして、ようやく普通に食事を取れるようになった。当たり前にモノが食べられることがどれほど幸せなのか、と言うことを身に染みて味わうことができたのは、とても貴重な経験だったと思う。
 
そんな日々をまとめて日記に記そうと思った矢先、次のイベントが待っていた。彼女とのベトナム旅行である。病み上がりで海外旅行というのは少し不安があったが、ずっと前から彼女がプラン立てしてくれていたので、キャンセルするわけにもいかない。
 
3泊4日のベトナム旅行、実に楽しく、刺激的な時間だった。旅先で味わったアンナコトコンナコトを書いてもよかったのだが、その矢先にまたイベントが発生する。人生初のゴルフコンペだ。それも、身内だけではなく接待コンペ。12月上旬で日程は決まっていた。
 
ゴルフ経験がない(正確に言えばあるのだが、新人時代に体験した社内コンペがトラウマレベルで、『こんなジジ臭いスポーツ、二度とやるか!』と誓っていた)のだが、取引先との関係を深める目的があったので、参加しないという選択肢が用意されていなかった。
 
せめて迷惑かからないレベルにまで練習しなければと思い、家の近くの室内ゴルフレッスンに通いはじめる。ちなみに、接待ゴルフコンペ2週間前から。
 
まあ、ゴルフ経験者ならば言わずもがなだが、たった2週間程度でずぶの初心者(しかも球技経験0)が目まぐるしく上達するわけがない。そんなんで上達するならば、ゴルフ好きはあんなに熱心にゴルフに取り組まないのである。
 
それでも、親指に大きなマメを作るくらい、ゴルフに向き合った(上司からは、マメができる場所がまるでおかしい、と言われるが)。そのマメを潰してもなお、ゴルフに向き合った。
 
スポーツ漫画ならば、1回くらいは奇跡が起こるところだろう。その軌跡を日記に記してもよかった。だが、そんな奇跡は一回も起こらなかったので、日記に書くことすらできなかった。そんなこんなで終わってしまったゴルフコンペ。でも、次に来るゴルフコンペに備えて、今も週1でレッスンに通っているあたりが可愛らしいではないか。
 
 
さて、ゴルフのトラウマを再び味わいながらも、わたしの心はすっかり解放されていた。そんな矢先、なぜか見知らぬ土地の山の中で脱輪し、身動き取れずに困るという事件が発生するわけだがーー。
 
 
とりあえず、日記を書かなかった言い訳はこれくらいにしておこう。
 
 
 
食道炎の悪夢・海外の緊張感・ゴルフのトラウマ、ついでに山林脱輪ーーといったように、非日常の日々が続いていたわけだが、正直に言えば、なんだか気持ちの余裕がなく、すっかり日記から遠ざかってしまっていた。でも、ようやく、12月の中旬になってようやく穏やかな日常となった。久し振りにキーボードを引っ張りだし、BluetoothiPodと接続させてこの日記を記す。
 
 
キーボードが安物のせいもあるが、思うことがうまく文章にならない。今度は日記を書くことが非日常になってしまったようである。でも、またゆるゆる日記を書こう。やっぱり、落ち着いた時にはここに帰ってくるんだね。
 
 
ついでに、昨日、1ヶ月ぶりに外を走りました。走ることもだいぶおろそかになってました。6km走っただけだけど、すごい充実感。走るって、今更だけど気持ちいいことだったんだね。
 
 
 
日記を書き終えた今、なんだか安心感です。
 
 
 
 

一生忘れないだろう、胃カメラ

 
金曜日。夕刻。
 
 
 
前回記したとおり、謎の腹の痛みを解決すべく、私はフラフラの状態で
再び消化器内科に訪れた。
 
 
医師「まだ治らない?食欲も?ほんまに?」
 
「…ほんまに」
 
医師「通常の胃炎程度であれば処方した薬を飲めば数日で楽になるもんだけど」
 
「そうらしいですね(前にあなたが言ってました)」
 
医師「とりあえず熱を測ってみるか」
 
ということで体温計。
 
ピピピッ
 
医師「37.0℃。・・・・・・微熱やなあ。じゃあ、ちょっとエコー検査してみるか」
 
ということで、簡易ベットに横になり、エコー検査(超音波で体内の各部位をのぞく検査。妊婦さんがよく使われているやつ)をおこなう。
 
医師「どや、体の中見るの初めてやろ」
 
「は、はい(おお、これが俺の体・・・・・・)」
 
約10分各臓器をチェック。
 
医師「ーーどこにも問題なさそうやなあ。健康的や」
 
「ありがとうございます」
 
医師「・・・・・・となるとやっぱり胃か食道ってことになるんかなあ」
 
 
エコー検査では器官内部の損傷はみれないらしい。医師は少し考えた様子。そして
 
医師「今日、何にも食べてへんのやな?」
 
「はい。ポカリスエットくらいです(ついでに昨日もね)」
 
医師「じゃあ、やってみるか。胃カメラ
 
胃カメラーーお願いします」
 
 
少しでも症状を正確に把握したい。その一心だけであった。胃カメラというものがどういうものなのか全く理解していなかったのは、私の大きな問題であったが。
 
医師「じゃあ、準備進めるわ。ちょっと胃カメラ準備してー。じゃあ、君は別室へ」
 
 
ーー
 
看護師に案内され、胃カメラ室と書かれた部屋へ移動。
 
再び簡易ベッドに横たわる。そして
 
看護師「こちらを6分ほど口に含んで留めておいてください。こちらが喉の麻酔になります」
 
看護師から謎のゲル状の液体を進められる。私はそれを口に含み、仰向けの状態で麻酔が効いてくるのを待つ。
 
 
 
ーー
 
6分経過し、その液体を洗面台に出す。その後、看護師さんに誘導されるように体を横向きにさせる。そして、渡されたマウスピースを口につけられた後
 
看護師「はい、では先生が来るまでもう少々お待ちください。見れるようなら、目の前の映像で体の中を見れますからね」
 
と言われる。
 
 
 

 
 
先生が現れ、胃カメラを私の口から入れ始める。
 
 
 
さて、ここら辺から詳細をどう書いたらいいのだろう。医学知識は全くないのでどうしたものかーーとりあえず胃カメラを受けた側の記憶だけで書いてみよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 
 
 
医師「さあ、今のどの奥の方に入っていくからね」
 
 
ゔぁああ、ゔぁああああああああああ、っっっっゔぁああああああああああああああああああ
 
看護師「呼吸を楽にしてください!ゆっっくり息を吸って吐いた方が楽ですよ」
 
 
ガアバあああああああすっすうすすすすばあばああああああああああああああ
 
医師「はい、一回落ち着いて。今から中に入っていくで」
 
 
ぐばあばばばあああああああああああああ
 
医師「お、おっなんやこれは!?こんなん初めて見た」
 
ばばばばっばばばばばばばばばばばっばああああああああああごっっごごっごごごご
 
医師「これは大変だあ。すごいなあ。ちょっと組織とっとくから、ワイヤーもってきて」
 
看護師「はい!」
 
 
ひいひひひいいひひひひひひひひひいいいいいいひひはあひあひあひあひひあはえひえ
 
医師「これはすごいわ。ーーああ、胃の方は正常かあ。念のため十二指腸まで見てみとこか」
 
 
ズボボボ(胃カメラを奥に進める)
 
 
バガアバガアバガアバガアバぶっふぁふぁふ
 
 
ーー
 
胃カメラを入れて約10分後、胃カメラが体内から引っこ抜かれる。枕元は私の涙と鼻水とよだれでグシャグシャになっていた。それを看護師さんが拭く。
 
「ひい、ひい、ひい、ひい」
 
終わった後も、あまりの辛さにしばらく涙が止まらなかった。そして、私という個体からこんな恐ろしい音が出るのか、と驚愕したくらい、恐ろしい断末魔が発せられた。例えようのない、あれはまさに断末魔である。あとはまあ、私に取り憑いた悪霊が除霊される時にはあんな音が出そうだ。
 
かなり大きい音だったと思うので、クリニック内もびっくりしたことだろう。
 
 
さて、こんだけ苦労して判明した私の病状だがーー。
 
 
医師「なんやろね。こんなん、ほんま見たことないわあ。本当に、いままでいろんな患者見てきたが、こんなのは正直初めてやわ!」
 
「……ああ、そりゃどうも」
 
医師「どうしようかな、これ、学会で発表してみようかなあ。『マラソンしすぎに伴う特殊な潰瘍例』ってかな感じかな」
 
 
妙に興奮している様子の医師。
 
「・・・あの、ちなみに診断名は?」
 
医師「せやなあ、こんな場所に潰瘍ができるのもかなり珍しいし、さらにいえばこんな形で潰瘍ができるのも珍しいんよね」
 
「はあ」
 
医師「『マラソン潰瘍』かなあアハハ。そんな症例がスポーツ医学でよくあるのか調べて見るけどね。とりあえずは『食道炎のひどいやつ』やな」
 
 

(ここら辺が激しく荒れている感じです。写真もあるんですが、グロテスクなので…)
 
 
医師「しかしまあ、これは辛かったなあ。ご飯も喉を通らんのもわかるわ。唐揚げなんか食ったら食道裂けるで。まずは薬もっと強いやつだしとかなあかんな。粘膜保護するやつも加えておくわ」
 
「・・・あの、どれくらいで治りそうでしょうか?」
 
医師「せやなあ。2週間、いや3週間はみておいたほうがええな」
 
 
……愕然。
 
 
「あの、お酒は?」
 
医師「あかんに決まってるやろ。食道いじめてどうすん」
 
「・・・・・・涙」
 
医師「あ、念のため血液検査もしとこうか」
 
 
ということで、その後血液検査をおこなわれた。潰瘍ができやすいタイプかどうか調べるらしい。検査結果はまた後日
 

 
なお、そのあと点滴。点滴をうった後はなんだか体が栄養を喜んでいるのを感じた。胃カメラ後の点滴だからこそ、さらに格別(多分)。
 
 
点滴後、大量の薬を受け取る。その量に驚かされたが、その後に告げられた胃カメラ含めた診察料にも大変びっくりしました。
 
 
 
これが人生初の胃カメラと、点滴であった。まさに飴と鞭ーーまあ、鞭が強烈すぎてバランスが悪過ぎるが。ちゃんと胃カメラがどういうものか説明してからやってくれよ!と思いつつ、説明受けてたらやらずに辛い時間が長引いていたしなあ…。まあ、人生経験と思って割り切ろう。
 
 
 
…というわけで、しばらく安静の日々が続きそうです。土日も時間感覚を忘れるほど布団の中で過ごすことになりました。はやくご飯が食べたいなあ……南無三。
 
 
補足
別にマラソンが悪いのではなく、私の走り方が悪いだけだと思います。マラソンは素晴らしいものです!(蛇足かな?)
 
 
 
 

マラソン後の悪夢

 
 
 
事態は月曜日に遡る。
 
 
 
月曜日。
 
金沢マラソンから一夜明け、通常通り週明けの仕事に向き合う。いつものように自分で淹れたマグカップ内のコーヒー(500ml)を1日かけて飲む。
 
ラソン疲れか食欲はそこまでなかったので、代わりでもないが炭酸水をグビグビと飲む。
 
家に帰り、金沢マラソンのたわいもない走行記録を残しながら、缶ビール3本と、感想を祝して作ったお手製のローストビーフ(カットせずに固まり状態のもの)を食べる。
 
 
日記をある程度書き終えた頃には24時を回ろうとしていた。私はほろ酔いの中、歯を磨いて眠りについた。
 
ーー
 
 
 

 
 
深夜2時。あまりのお腹の痛さに眼を覚ます。
 
(っっ痛・・・・・・)
 
 
今まで何度も腹痛を味わってきた。時にはトイレから出られない夜を過ごしたこともあった。
 
しかし、この時の痛みは少し違っていた。なんというか、下すというよりも、胸が張って息ができない感じ。うつ伏せでも仰向けでも、胸がきつく圧迫される感じがして苦しい。横向けになった方が呼吸が楽であった。
 
(一体、何これ・・・・・・死ぬの?)
 
今死んだら虚しすぎるよなあ、と思ったが、この段階では救急車に頼ることもなく、半ば気絶する感じで再び眠っていた。
 
 
ーー
 
 
まだお腹が痛かったが、起きられないほどではない。いつもよりも遅めにはなったが、予定通り出社し、営業活動に出向く。
 
 
ただ、終日食欲はなかった。無理矢理にでもエネルギー補給しないと、と思ってサンドイッチなどを買って食べてみるのだが、喉を過ぎたあたりからサンドイッチの塊が体内で暴れて再び腹痛を感じる。こうなると食事をするのも億劫になる。
 
 
18時。腹痛を取引先に悟られ無いように努めながら、無事に商談を終わらせ、車を会社の契約駐車場に戻す。そこでようやく一息ついて考える。
 
 
(・・・・・・この痛み、いかんなあ)
 
もしかしたら胃のあたりが炎症を起こしているのかもしれない。だとしたら原因はなんだろう?
 
(ストレス?いや、ストレスを感じるほど仕事してないしな。じゃあ、刺激物を食べ過ぎた?いや、コーヒーも炭酸も酒も、そこまで量を増やした記憶もないしな。それだったら年末年始の方がよっぽど胃が荒れるはずだし。・・・やっぱりマラソンかしら?)
 
 
金沢マラソンは雨天の中で行われた。前回の日記でも書いたが、寒い天候は体質的に苦手であり、走行中2回もトイレに駆け込んだ。さらに、終わった後は一気に胃酸がこみ上げるような気持ち悪さに襲われた。終わった後もほとんどご飯も食べず、十分なエネルギー補給もできていなかった。
 
 
原因が何であれ、昨晩のような悶絶の秋夜を過ごすのは御免である。終業後ということもあり、駐車場を出た後、近くの消化器内科に行くことにした。
 
 
ーー

 
○○クリニック。すでに受付時間は終わっていたが、クリニックの配慮で診てもらうことになった。
 
先生はベテラン風の人が良さそうな男性医師。
 
医師「ほう、マラソン頑張ったんか」
 
「はい」
 
医師「日曜日やな?」
 
「はい」
 
医師「大したもんやな。少し前やけど、鹿児島で走った後におんなじように気持ち悪くなったっていうやつもおったわ」
 
「はあ」
 
医師「タイムは?」
 
「ああ、大体4時間くらいなもんですね」
 
医師「ほう、そらすごい。まあ、走っていると内臓にも負担がかかるからな。それで胃が少し荒れたんやろ。胃酸を抑える薬をだして置くわ。これでまあ2〜3日で大抵は治るわな」
 
「ありがとうございます(っほ)」
 
医師「それでも調子悪かったら別の症状も疑わんといかんから、またきてや。胃カメラとかしてもええけど、胃カメラやるなら前日から絶食しとかんといかんしな」
 
 
「はい(まあ、お世話にならないに越したことはないわな)」
 
 
医者にお礼を告げ、クリニックを出る。
 
そして、帰りに栄養ドリンクやプリンのような柔らかい食事、そして牛乳や豆乳を購入し家に帰る。正直、飲み物以外、喉を通らない状態だった。また、なぜか悪寒を感じるようにもなっていた。
 
薬を飲んで、21時には布団に入って眠ってしまった。残念ながら、この日もやはり長い夜となった。昨日と同様の腹痛に耐えられず、何度も目を覚ました。また、悪寒の影響で布団を重ねていたせいか、汗がどんどん出てくるため、その不快感で二重苦となった。
 
 
1時間おきに目を覚まし、シャツを着替えたり、水分補給をする。体調が悪化していることは明らかだった。
 
だが、
 
(あと2〜3日の我慢!)
 
と自分に言聞かせる。
 
ーー
 
水曜日。
 
 体調不良は悪化するばかりだった。すでに固形物は全く喉を通らなくなっていた(絹どうふの角で死にそうになるレベルである)。飲み物を飲むにも激痛が走る。栄養補給のために、止むを得ず痛み覚悟でポカリスエットや栄養ドリンクを飲む状態だった。
 

午前中は会社に行ったが、午後はどうしても耐えられず、お客様のアポイントをキャンセルし、家に帰って休むことにした。こういうのは初めてだったので、短い営業人生ながら、私の中では一大事だった。
 
家に帰って布団にもぐり、ひたすら腹痛と悪寒に耐えた。
 
ーー
 
木曜日
 
この日は会社を午前中休んだ。朝会社に行く体力も気力もなかった。医者の話では2〜3日経ったらある程度治るということだったのに。
 
(あの医者はヤブ医者だったのか?しかし、辛かったらまた来て、って言ってたしな。また行かないとなんともいえないしなあ・・・。)
 
 
午後、細かいが締め切りが決まった仕事が溜まっていたので、止むを得ず会社に出向く。
 
上司や同僚の方々は無理しないように、と、温かい声をかけてくださる。それだけでもありがたいところであった。家にいると一人ぼっちで精神的にもきつかったですからね。
 
 
定時になったらそのまますぐに家に帰った。(この日にもう一度クリニックに行っておけばよかった、と、この日記を書いている土曜日の私はわずかながら後悔)
 
 
木曜日も、口に入れたのはポカリスエット二本のみ。ほぼ絶食の状態のまま眠りについた。
この日の夜は、ほんのほんのほんの少しだけ腹痛は柔らいだ気がした。だが、夜に水分補給で飲んだポカリで激痛が起こるようなレベルであるのは違いなかった。
 
 
ーー
 
金曜日。
 
通常通り会社に出社。
 
 
上司「なんか、大丈夫か?目に力が入ってないぞ。まあ、まえからそんなに力の入った目でもなかったが」
 
事務女性「顔がみるみる青白くなってるわよ。食欲ないなら点滴でもしてみたら?」
 
「大丈夫です!食欲はありませんが、意外と食べなくても生きられるんだなあと自分の生命力に感心していたところですから!」
 
 
と無理矢理元気を装う。だが、実際は火曜日からのほぼ絶食状態の影響で、体重が62kgから58kgまで落ちていた。(食べ物はもちろん、水分も十分に摂取できていなかったし、夜には悪寒汗でどんどん水分が抜け落ちていたしね)
 
 
日中、かろうじて商談を済ませる。この日の商談は2件。大切な商談先である1件目は体調不良を隠すように。懇意にしている2件目は、体調不良を前面に出して早く帰らせてもらった。
 
 
商談を終えたあと、上司にはフレックスタイムを申し入れる。そして、夕方には仕事を終え、再びクリニックへと向かった。
 
 
 
続く。