「まくら」営業、はじめました。

営業職の男です。「まくら」を極めて営業のタツジンになりたいのです。

謎の研修 参加通告(それは3ヶ月前に遡る)

 

3月頃。東京の本社の小会議室にて。

 

 

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「研修?」

 

「うん。研修」

 

「・・・何の研修?」

 

「まあ、今は詳しくいえないけど、これまでのような社内研修ではなくて、外部研修だね。約3ヶ月間、ビジネス(笑)について学んできてください」

 

「・・・なぜに?」

 

「なぜにって、まあ、そうねえ・・・選ばれたんだよ。焼き芋君は。みんなが外部研修を受けられるわけじゃないもの」

 

「選ばれる?この俺が?何で?」

 

「詳しくはいえないけど」

 

「詳しくはいえないって・・・ちなみに、それって名誉なこと?」

 

「・・・うーん、それもなんともいえないかなあ。まあ焼き芋君世代全員が受けるわけじゃないのは確かだから、選ばれたってことでいいんじゃない?」

 

同期の総務部はケラケラ笑っている。それが不気味であった。

 

「もしかして、普段の行いが悪すぎるやつを選抜して底上げするとか?」

 

「それもなんともいえない笑」

 

「・・・言いなさいよ。同期のよしみでさあ。・・・ちなみに、君は受けるの?」

 

「受けるというか、受けた、かな。私はみんなよりも先に受けることになってたの。その研修がどんな内容か、総務部担当として確認しておく必要があるからね」

 

「・・・で?内容は?」

 

「私は結構面白かったよ。社内とは違う人たちと一緒に意見を交わしたりするのって、すごく新鮮だし」

 

「何それ。全くピンとこないんですけど。どういう職種の人たちが集まるの?俺みたいに20~30代の営業職の人たち?」

 

「いや、そうとも限らないというか、全然違うね。年齢層は20代~40代と幅広いし、職種も営業職や開発職、総務部もいればSCMや広報部の人もいる。あと業種もメーカーや商社やコンサルタントやら--ともかく全く違うからね」

 

「ふーん(なんだ。楽しそうじゃん。社内の人だと余計な気も遣うしね。その分楽でいいかも)」

 

 

と思った矢先、

 

 

 

まあ、詳しく参加してのお楽しみね。あ、ちなみに、研修クラスの参加者は、講師から採点されることになってるから」

 

「は?はあ!?何それ、採点されんの?何を採点すんの?・・・もしかして、その採点結果が総務部に行くってこと?」

 

「うん。そうだね(笑)だから、テキトーにやっているとそれがわかっちゃう。あ、でも、別に評価が高くても低くても、その後の焼き芋君の『会社としての評価』には影響しないから!そこは気楽に受けてね」

 

「・・・それを信じろと?わざわざカネを出して研修に行かせて、評価が低くても何のおとがめも無し?そんなのあり得る?あり得ないんですけど」

 

「まあ、そこは信じてもらっていいよ(笑)研修は4月から始まるから。始まる少し前くらいに外部研修の運営サイドからメールで案内が来るから、以降はそれで確認してね。説明は以上です」

 

「以上って。何にもわからないんですけど」

 

あ、いくら評価が低くてもいいからと言って、E評価(最低評価)だけはとらないでね」

 

「ちょっとまて。E評価をとったらどうなるんだよ!・・・いや、どうなるんですか?」

 

「じゃあ、説明は以上です(笑)」

 

 

私は総務部から渡されたA41枚ペラの外部研修案内をもって、小会議室を出た。

 

 

そして、何が何やらわからないまま、4月になり、外部研修が始まったのであった。私の頭にあったのは、

 

(この会社の今の部署に残り続けるためにも、なんとしてもE評価だけは避けなければ・・・E評価がなんなのかもわからんが)

 

ということだけであった。いや、心配しなくてもいいって言ったって、心配するでしょ。そりゃ。そこで適当にできるほど器用な立ち振る舞いはできないのである。

 

--

 

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さて、この研修、今なお現在進行形である。そして、この研修のおかげで日記を書く頻度は大幅に減り、彼女との結婚式のためのコミュニケーションも滞り、ランニングや(聞き流すだけ)英語勉強に費やす時間がほとんど無くなっている。本当にプライベートがめちゃめちゃである。だが、ようやく研修も終盤に向かい、少しずつ気持ちの余裕が出始めたので、こうして日記を再会し始めたというわけである。

 

 

 

では、この研修、どんな内容なのか?それについては、・・・続く?

はい、日記タイム終わり!

 

 

 

 

書きたかったことはあったんだけどね

 

5月。GW。10連休だった。

彼女が計画してくれていたドイツ旅行。

楽しかった。でも、この楽しさをどう書いたらいいのか。

余談ながら、私はこの旅行を新婚旅行だと思っていた。しかし、彼女はこれを新婚旅行とは関係の無い、普通の旅行だと言い張った。私は答えに窮した。

金銭感覚にズレがあるのだろうか?いや、ただ単純に私がケチなのだろうか。ともあれ、ドイツではビールとコーラを飲みまくり、ソーセージとパンを食べまくった。どれも逸品であったが、体にはすこぶる負担をかけたことだろう。でも大丈夫、ザワ-クラフトを欠かさず食べていたから。・・・

 

5月中旬。

新しく財布を買った。今まで使っていた財布は、学生時代から使っていたもの。10年選手である。しかし、すっかりボロボロになり、いろんなところに穴があいていた。漫画ならば絆創膏が貼っているところである。

 新しい財布はドイツで40ユーロくらいでくらいで買ったもの。やっぱり新しい財布はいいね。・・・

 

5月中旬。日曜日。

新潟の柏崎で行われた柏崎潮風マラソンに参加。

タイムは散々たるモノだった。でも、終了後に宿泊した温泉旅館があまりにも素晴らしかった。塚山駅から歩いて少しのところにあるところなのだが、なんというか・・・いい意味で田舎なのだ。そして、その田舎が大事にしている温泉旅館。空気が素晴らしく、料理も絶品だった。日々の現実から離れたこの時間がたまらなく贅沢に感じ、マラソンよりも語るべき体験に思えた。この詳細は必ず書かなければと思いながらも、しばらく日記を書いていなかったことを思い出す。そして、再び現実から離れる。・・・

 

5月下旬。

長らく苦労していた先輩社員に取引拡大の吉報。でも、このことを日記に書くわけにはいかないよな。でも、先輩の喜ぶ姿に、これまで苦労してきた先輩の苦労してきた日々を思い、うまくいってほしいなあと思った。・・・

 

5月下旬。

お客さんが激怒。ただし、私にではなく、私たちの商品を納品する商社に対して。このことは日記に書くわけには行かないよな。でも、私はお客さんが怒る気持ちもよくわかる。会社の規模上、商社の方が圧倒的に大きく力を持つ中で、あの対応は絶対にしてはいけない。それを平然とするのは、メーカーとしてではなく、一個人として許しがたい。しかし、、私はメーカーとしての立場を守らなければならない。一個人の意見は殺さなければならないのだ。上司にもやんわり諭された。

 

・・・でも、このもどかしさをどこにぶつければよい?少なくとも日記ではないだろう。・・・

 

5月下旬。

体のなまりを覚えたので、久しぶりに押し入れからビリーズブートキャンプを取り出す。ビリーズブートキャンプを通じて、体のなまりを痛感。特に腹筋ね。新入社員の頃は、これを普通にこなせていたのになあ。時間の流れを痛感。でも、これを続ければ、夏までに極太ボディを手に入れられることだろう。

・・・

 

6月1日。

クレジットカードが使えなくなった。原因はすぐにわかった。有効期限が切れていたからだ。代わりのカードは送られていたのだが、出張続きで不在にすることが多くなってしまい、代わりのカードを受け取れなかったからだ。

カードの有効期限が切れて使えなくなると、思いのほか不便だ。例えばーー

 

 6月2日(日)

 

今日は、兵庫県で催されたマラソン大会に参加。

会社の先輩と一緒。併走だった。こういうのはこういうので楽しい。

コースは、とにかく坂がきつかった。あと、トイレが少なかった。でも、楽しかった。他人と30分以上一緒にいるとじんましんが出る私だが、この先輩はそのような発作が出ない。きっとよほど器量のでかいヒトなのだろう。

 

終了後、最寄り駅に向かい、駅ナカのそば屋でとり天そばを食べる。量が多すぎて残す。(大盛りサイズにしたことを後悔した)

 

帰りの電車で先輩に仕事の話を相談。先輩のリアルな意見を聞けたのがうれしかった。でも、これも日記に書きづらいなあ・・・。

 

 

 

 

 

 

書き切れずに保存した日記の数々。まあ、読み返してもたいしたことは無かったけどね。

 

最近少しバタついていたけど、 ちょっと落ち着いてきたので、またちゃんと日記を書きたい。中身ないだろうけど、まずは習慣化を第一に!

 

 

 

 

 

(場合によっては)コミュニケーション改善の答えは、パソコンを買うことにあった


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彼女との電話(よくある例)。


「あ、もしもし?今度の旅行の件なんだけど」

「ああ、うん」

「メール見てくれた?旅行計画表送ったんだけど」

「うーん(テレビを観ながら相づち)」

「どう思った?そっちも行きたいところがあったら、まだ変更きくからいってね」

「あぁ、ごめん、まだ見てなかった」

「・・・まだ?3日前に送ったんだよ?」

「うん、今見てるよ~(スマホでメールを開くが、エクセルファイルなので見づらい。おまけに、知らない地名や場所の名前で興味がわかない)」

「どう?」

「・・・うーん。いいプランなんじゃないまあ、任せるよ」

「・・・なにそれ」

「いやあ、正直よくわかんなくてさ。こっちでもちゃんと調べておくよ」

「もういい!」

「いやゴメンゴメン、ちゃんと見るから・・。あ、五分たつから切るね(※)」

※無料電話時間が5分のスマホを使っている。


つぎかけても電話がつながらない、もしくはつながっても沈黙が続くーーこんなことがしばしばである。上の会話は本当に日常アルアルである。



遠距離の関係上、主なコミュニケーションツールは電話となる。

・・・しかし、顔の見えないコミュニケーションというやつはどうも苦手だ。顔が見えないことをいいことに、違うことをやれてしまうし、何より顔が見えないので相手の気持ちがわかりにくくなる。それに、無料電話の時間に制約があるのも面倒でしょうがない。

まあ、言い訳と言われれば反論の余地がないのだが・・・。それにしても、こんなズタボロのコミュニケーションが続いたにも関わらず、よく彼女は私を見捨てなかったものだ。きっと私には、口数の少なさを補ってあまりある何かがあるということだろう(経済力、高身長、幅広い人脈、顔面偏差値、優しさ、気遣い、語学力以外の何かであることは間違いない)。


ーー

日曜日の昼。

パソコンを取り出し、彼女に電話をかける。

「あ、もしもし?準備できた?」

「うん、今起動した」

「じゃあ、電話するねーーおお、電話が発信されたぜよ!」

「え、うそ、まだきてないけど・・・・あ、きたきた!じゃあ、スマホは切るね」

「おお、顔が見えるぞ顔が!そっちは映ってる?」

「え、映ってないよ?ちゃんとカメラモードにしてよ」

「あ、ごめんごめん、えーとーーあ、これか!ほれ」

「あ、映った映った!あとさ、これ押せば私のパソコン画面も見えるんじゃない?」

「本当だ!すごいなあスカイプってーーこれが無料なんでしょ?時代は進んでるわ~」

「いや、まあビデオ通話ならラインでもできるんだけどね」

「ラインってすごいなあ。俺もラインやってみようかなあ~(※2))」
※2 私はラインをやっていない。使い方がよくわからないのと、友達があんまりいないから。



「じゃあさ、私の画面映すから、旅行行程表見ながらスケジュール確認しようよ」


というわけで、この日、いつも5分続かない電話が1時間続く。本当に、便利なツールが世の中にたくさんあるんだなあ、と改めて実感したのであった。



ーー平成も終わるというのに、2019年にこんな日記を書いている私って、大分時代遅れですね(笑)


まあ、別に、パソコンじゃなくてもスマホでもできたんだろうけど、パソコンを手に入れた喜びが私をスカイプへと突き動かしたのである。彼女とのコミュニケーションが改善されただけでも、パソコンを買った意味があったというものであろう。やっぱりパソコンを買って良かったなあ。



いやあ、パソコンを手に入れたことがうれしくてしょうがない毎日です。ああ楽し。単純?

答えがわからないので、とりあえずパソコンでも買う

人びとは、失敗したことより行動を起こさなかったことを二倍後悔するという。なぜだろう?私たちは失敗を正当化するが、何も試みなかったことは、正当化できないからだ。さらに、歳を重ねていくにつれ、人は良いことだけ覚えていて、悪いことは忘れてしまう傾向にある。そんなわけで、単純に多くのことを経験すればするほど、年老いたときに幸福感が増し、孫に聞かせる武勇伝も増えるというわけだ。
エリック・バーカー『残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する(原題:Barking up the wrong tree』より





あっという間に2月が終わり、3月に突入した。


2月もいろいろあった。しかし、気持ちが悶々としており、どうも日記を書くことができなかった。
ちなみに、2月には京都マラソンに参加した。満足のいく走りであり、しっかり日記に書き残しておきたかった。だが、途中まで書いたものの、最後まで書き切れなかった。(まあ、いつか続きを書こう)と思っていたら、あっという間に2週間が過ぎ、すっかり走ったときの記憶が薄れてしまった・・・なんとももったいない。


さて、3月になり、会社からは売上ノルマの達成を一層強く命じられ、プライベートでは彼女や両親から結婚準備について一層急かされることになることが予想される。そのストレスからだろうか。何か大きな買い物をしたい衝動に駆られる。



ーーそして、買ってしまった。



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どーん!新しいノートパソコンでーす!!わーいわーい。今まで使っていたオンボロPCとは違い、富士通の最新ノートPCちゃん。ざまあみろってんだ。ついでに、インターネット環境もちゃんと整えた。これでスマホIpadだけの中途半端ネット生活とはおさらばじゃ。


まあ、今までこういう高い買い物をするときは、「なぜそれを買う必要があるのか?」ということを熟考していた。そして、その必要性が高いと感じなければ決して手を出さなかった。それが時間もお金も無駄にしないために必要な作業だと思っていた。

・・・だが、ここ最近、いろいろな本を雑多に読み漁ったり、仕事でもマンネリ感を打破するためにいろいろともがいているうちに、考えが変わってきたんです。つまり、なんといいますか、「あまり考えすぎないで、もっと積極的に行動してもいいのかな」って思ったんです。

いや、熟考することが悪い、っていいたいんじゃないですよ?ただ、ちょっとその考えが当たり前になりすぎて、新しいことをしなくなっていたかなあ、って思ったんですよ。

必要性というものは、本当に事前にわかるものなのだろうか?それを使っていくうちに得られることって、きっとたくさんあるんじゃないのか?もしかしたら、今まで自分がたくさん時間をかけてきた「事前の熟考」作業は、自分が新しい経験を積むための機会を切り捨ててしまっていたのではないか・・・?と、少し後悔したわけです。そう思ったとき、パソコンを買うことはもはや必然となっていたんですね。よくよく考えるのも大事なのはわかるが、お金を使って新しい刺激を求めることも・・・大事なことでしょ?そうなんです。そういうもんなんです、人生って(長々と誰にいってんだろう)。

ーー

さて、家で初期設定を済ませ、家の近くのファミレスに移動し、この日記を記す。

(なんという打ち心地でしょう・・・)

前に使っていたノートPCは相当打ちにくかった。そのPCが壊れた後はIpadで日記を書いていたが、それはさらに使いにくかった。日記を書く頻度が減ったのは、もしかしたらここに原因があったのかもしれない。


(これで日記の更新頻度も一気に増えることだろう。いやはや、キーボードにこだわってよかった。さて、たまっていた写真の整理をしようかな。部屋の書籍もどんどん電子化して、パソコンで一括管理しよう。部屋が広くなるぞ。そうだ、エクセルの勉強を本格的にしてみるのもいい。あ、思い切って動画編集の勉強しようかな。いっそのこと、パソコン教室にでも通ってみようかしらーー。)


パソコンが生まれ変わり、私も一緒に生まれ変わるーーという単純なものじゃないだろうけど、でも、環境を少し変えてみるのもきっと大事なんですよね。文章はつまらないですが、なんだか気持ちがワクワクしております。(数日してほこりかぶっていないことだけを祈ります)

2019年「大阪42.195kmフルマラソン」記録 (人生とはこのマラソン大会のようだ)

 
 
もはやだいぶ前。書いていたのにブログに出すの忘れていた。
 
 
 

 
 
2019年2月3日の日曜日。
 
私は朝6時に起床し、この日開催予定の第41回大阪42.195kmフルマラソン大会の会場である長居公園に向かった。
 
あ、皆さんご存知の大阪マラソンではありません。大阪42.195kmフルマラソンです。紛らわしい名前つけるなよと言いたいところだが、歴史は圧倒的に本大会の方が長い。
 
 
【大阪42.195kmフルマラソン概要】
参加数:約350名。(ハーフマラソンも同時に行われており、こちらを合わせると約600名)
参加料4,200円
コース
 

 
 
大阪の長居公園をぐるっと一周(2,813m)まわる。途中にヤンマースタジアムに入って一周(567m)する。
①約3,301mを12周する。
②13周目はヤンマースタジアムをゴールにするため、約2,575m。
①+②=42.195kmとなる。
 
 
…なかなかの単調具合である。
 
 
ちなみに、GPS時計で距離を測れるランナーは別だが、「あれ、今俺何周目だっけ?」となってしまう人もいるだろう。そんな人のために、会場には大量の輪ゴムが置いてあるわけである。
 
 

(なお、靴につける計測チップはちゃんと渡される。そのため、距離不足でのゴールはできない。ご注意を)
 
 
 
さて、予定通り9時半にスタート。
 
フルマラソンは約300人強の参加人数であるため、序盤の混雑はほとんどなく、すぐにマラソン態勢になる。
 
コースは先程書いた通り、公園の周りを走り、途中でヤンマースタジアムを一周した後に再び公園に戻るというもの。
 
なお、公園はマラソン大会のために貸し切りーーというわけではない。通常通りの開園?である。そのため、散歩している人や自転車を漕いでいる人や、公園で休日を過ごす家族づれなどがいたるところにいらっしゃる。(ポケモンGOかなんだか知らないが、大量の人々が1箇所にあつまってスマホをいじったりしてもいた)。
 
 また、一般のランナーが練習で走っているため、どの人がマラソン大会参加者なのかよく分からない。(ゼッケンはつけているのだが、基本的にお腹側につけるので、後ろ姿では分からない)
 
 
(まあいいや。練習みたいな大会だし。今年最初の足慣らしってことで、気楽に走っていこう)
 
 
なお、給水所は1箇所だけ設けられており、そこにスポーツドリンクとお水、そして簡単な軽食が用意されている。この給水所の存在は大変ありがたい存在なのだが…序盤の私は
 
 
(またこの給水所か…。まあいいんだけどね)
 
 
と、心の中で何かひっかかる。普通のマラソン大会であれば、給水所もまた楽しみの一つ。それぞれの給水所にそれぞれのスタッフの方々が応援しながら待ってくれる。また、ご当地の美味しい食べ物が食べられることも多い。給水ポイントもマラソン大会の大事な要素なのである。それが毎回同じとなると…まあ、ね。
 
 
(…まあ、いいんだけどね)
 
 
さて、3周したあたりで、
 
 
(またこの景色…なんだろうね、コレ)
 
 
と、見慣れた景色がまたお出迎え。当たり前だが、どれだけ距離を重ねても、景色は一定なのである。それにしても、何度も同じ景色ばかりというのが、これほど辛いとは…。結果として、少しずつ集中力が無くなってくる。
 
(あと10回もこの景色見るのか。…先は長いな。それにしても、なんだかなあ…)
 
 
同じ景色である以上に、ほかのマラソン大会と決定的に違うことがあり、どうにも気持ちが乗り切れなかった。それは、
 
 
 
応援の量
 
 
である。
 

 
 
 
ラソン大会では、沿道で住民の方々が旗を振りながら応援してくれる。応援ブラスバンド演奏や太鼓もあり、中には有志で給食ポイントがあったりする。あと、ハイタッチとかあるじゃないですか。あれがいいんですよね。あれでどれくらい力をもらえることか。
 
…でも、この大会ではそういうのはなかった。スタッフの数も少ない中で運営していただいているため、応援の掛け声はほとんどない。そのせいかーーやはり、なんというか、お祭り感というか、はしゃいだ感じがまるでない。言うまでもなく、応援サポーターの芸能人もいないし、大会のためのテーマ曲もない。まあ、わかっていたのだが、気持ちは素直なものでーー
 
 
(なんだかなあああ。はあああ。帰りたい。途中、コースから抜けてもだれも気付かなそうだしなあ…)
 
と、すっかりやる気がダウンダウン。
 
 
 
ーーさて、まとめてみると、この大会はこんな感じだろう。
 
 
①同じコースを繰り返す単調さ。景観も乏しく、同じことの繰り返し。
②参加ランナー人数が少なく、また、一般ランナーも混じっているため、大会に参加している感じが弱い。結果、孤独感がすごい。
③応援もほとんどなく、他の大会のようなお祭り感がない。公園に来ている人たちからすれば、むしろランナーの存在を疎ましく感じているくらい?(被害妄想?)
 
 
 
…こんなことを考えながら走っているうち、私は、あることに気づいてしまった。
 
 
(ーー同じことの繰り返し。単調な日常。これなんの意味があるの?って感覚。周りと気持ちが通じない孤独な走り。応援もほとんどない、お祭り感もイベント感もない走りーーこれってまるでーー「今の俺の日常」そのものじゃんーー)
 
 
固定化した人間関係、マンネリ化した仕事、誰からも応援なん受けない孤独な日々、お祭り感とは縁遠い日常ーーそして同じ事の繰り返し。そんな日常にじれったさを感じながらも、何もできないまま、その日常を繰り返していた。
 
 
(…マラソン大会も、そうなの?)
 
 
この42.195kmに対する走り方そのものが、今の自分の虚しさを表しているように思えてならなかった。でも…
 
 
(…じゃあ、もしも。このコースを満足いくように走り切れたなら、どうだろうか?)
 
 
わからない。でも、そう思った時、この単調なコースに向き合いたくなった。
 
 
(焦らないでこの単調さに耐えてみよう。それは、どんなマラソン大会でも同じことだ)
 
 
気持ちを引き締め、走りに集中。「単調さをこなす」のではなく、この繰り返しに向き合うのだ。序盤ここで飛ばさないように冷静にペースのコントロールを意識。
 
 
あと何周で終わるのか?
 
何度も思ったが、すでに新しい景色に思える所になった。
 
気持ちが切り替わると、同じ場所にある給水所が唯一自分をサポートしてくれる頼もしい存在に思える。また、少ないながらも応援してくれるスタッフの声が心に響き、いつのまにか「ありがとうございます」と返していた。
 
 
(なんだ、沢山の人が応援してくれていたんじゃないか…気持ち次第でなんとでも変わるんだな)
 
あとはひたすら無心に、かといって集中力は失わずに走りを続けた。
 
 
ーー
 
13周目に迎えたの最後のヤンマースタジアムは、全力で走った。息が切れることはなく、最後の最後で笑顔でゴールを迎えることができた。
 
 
 
 
 

 
 
ゴール後、拍手を送ってくれたスタッフの方に頭をさげる。
計測チップを外し、完走証をもらった。いつもより足の疲労も少なく、また、気持ち悪くて動けないということもなかった。
 
タイムは約3時間46、7分。自己ベストとは行かなかったけど、個人的には悪くないペース、なにより、心地よい気持ちで走りきることができましたことが嬉しかった。
 
 
大阪42.195kmフルマラソン大会、この大会が40回以上も続いている理由がすこしだけ理解できた気がした。繰り返しは単調に思えるけど、その単調さに真剣に向き合えたときに、きっと素晴らしいゴールがあるのかも知れない。単調さに焦るでもなく、単調さに飽きて怠けるでもなく、ただひたむきに。
 
 
もしかしたら、人生もそういうものなのかもしれない(説教くさいですね)。
 
 
おしまい。
 

 
ーー
 
以上。この日記は約2週間前に書いたもの。マンネリ感で悩んでいる気持ちがでてますね笑。今は気持ち切り替わって前向きになり始めてます!
 
 
 
1つ余談。
このマラソン大会、応援が少ないといいましたが、たしかに応援の総量は少なかったものの、実はこれまでどのマラソン大会でも出会ったことのない、
 
最強の応援人
 
がおりました。ヤンマースタジアムで1人、全てのランナーにスタジアムの外に響くほどの声量で全力で応援していた男性がいらっしゃったのです!私もこの方に何度勇気をもらったことでしょう。本当に、感謝の気持ちしかありません。え、もっと具体的に書けって?それは来年、この大会に出て実感してくださいな(来年もいらっしゃるかはわかりませんが)
 
 
 

10円が教えてくれたこと

 
 
 
今日。なんにもしなくていい日曜日だった。
 
 
 
筋トレをした後に軽くランニングをし、朝食を食べ終えた後は部屋でゴロゴロ。やることがないので、無意味なネットサーフィンに時間を費やす。
 
 
 
(…はあ、つまらんなあ)
 
 
人間、何かやっていないと少しずつ不安になってくるものである。
 
(あと何十年かして人生を振り返った時、おそらくこういう時間の過ごし方にすごく後悔することになるんだろうな…)
 
 
 
と思い、気持ちが萎える。そんな時、テレビ台の上のアレが目に入る。
 
 

(アレ)
 
お菓子のプラケースに入れた大量の10円玉。小銭入れから10円をよく取り出して入れているうちにかなりたまっていた。
 
え?なんでそんな事してるかって?そりゃ、10円玉には消臭効果があるっていうでしょ?これで消臭剤いらずじゃん。(知らんけど。多分間違っているけど)
 
 
 
 
少年の頃、10円玉を手に入れた時には、それがギザ十なのかどうか逐一確認していた。そして、それがお目当てのギザ十だった時には、宝物のように大切に机の中にしまっていたものである。(あのギザ十たち、どこに行ったんだろう?)
 
少年の頃は、ギザ十を見つけることすらワクワクする遊びの一つだった。本当にいろんなことを遊びにできていたんだよなあ。…それが今はどうだろう?せっかくの休日を無意味にネットサーフィンに過ごし、なんの興奮もないまま時間だけを過ごすばかりである。
 
 
(…よし、久しぶりに数えてみるか。)
 
 
ということで、たまった10円玉の中から、ギザ十を数えることにした。
 

(一枚1円玉が混ざってました)
 
 
 

 
全部で362枚。子供の頃だったら、大変なお金だったことだろう。この大金を持って、中古のスーパーファミコンのカセットか、藤子・F・不二雄先生の漫画を買いに行ったに違いない(そして店員さんに苦い顔をされただろう)。
 
 
さて、この中にギザ十は何枚あったでしょうか?
 
 
 
・・・・・・答えは!
 
 
 
 

 
12枚!12/362なので、おおよそ30枚に1枚の割合ですね。
 
 
(これが多いのか少ないのかーー、ん?あれ?30枚に1枚?)
 
 
 
 
ーーここでふと、思う。そして、私は震えた。
 
 
(10円玉の総数がおおよそ1年間の日数を表している。これは偶然だろうか?…では、ここでいう「ギザ十」って、私にとって何を意味しているのだろう?)
 
 
私は、
 
(良くも悪くも)特別だと思える1日
 
 
と思わざるを得なかった。(まあ、もう少しお付き合いください)
 
 
 
 
私たちが年の瀬に1年間を振り返ってみた時、「ああ、あの日は記憶に残る1日だった」と思える1日って、どれくらいあるだろう?
1年間のうち、1日か2日くらい?もしかしてゼロ?365日毎日が特別?
 
 
こういうのは、統計学の範疇ではない。だって、「特別な1日」なんて、人によって捉え方がちがうものであり、明確な定義づけができないのだから。…でも、なぜだろう、この、30枚のうち1枚にギザ十があるという状態が、妙に私の気持ちをざわつかせる。それはつまり、もしかして、今の私にとって特別な1日とは、
 
 
1ヶ月に1日あったらいいくらい
 
なのではないだろうか?
 
 
こじつけもここまでくると病的かもしれない。ただ、数字的な根拠が何一つあるわけではないものの、
 
 
特別な1日が減っている
 
という感覚については、思い当たる節がないわけではない。それどころか、最近の主たる悩みでもあった。
 
 
ーー最近、どことなく日々の生活に惰性を感じていた。仕事でも、眠れなくなるほどの緊張感を持つことはほとんどなくなった。業務で成果を上げたとしても、「別に俺じゃなくても出来たこと」と、感情の高ぶりが少なくなっていた。失敗しても、被害を最小限に抑えるように体裁を繕えるようになっていた(実際できてるかはわからんが)。
  プライベートも、今の彼女とうまく行っている。でも、付き合いたての頃のような心騒ぐ日々というよりかは、なんとなく落ち着いた関係になっているようにも思う。それが不満ということではないんだけど・・・。
 
 
 
この前、何気なく見ていたNHKの『チコちゃんに叱られる!』という番組の中で、
 
大人になると1年が早いのはなぜ?
 
ということについて取り上げられていた。
 
 

 
 
その回答は、年齢を重ねるとトキメキが少なくなるから、というものだった。(詳しくは自分で調べてね)。もちろん諸説あるから一概には言えないんだろうけれど、妙に納得してしまった私がいた。今の私にとって、トキメキはどれくらいの頻度で感じられているのだろう?…もしかして、目の前にあるギザ十と同じくらい、珍しいことになっていないだろうか?
 
 
ーー幼き頃は、毎日が本当に刺激的だった。雨が降っただけではしゃいでいた。母がカレーを作った時にはさらにはしゃいだ。学校の授業で体育があるだけで絶望だった。図工があるときはもっと絶望だった。クラスの好きな女の子と話しただけで天に昇った。バレンタインデーの日なんかチョコをもらえるわけないのに、朝からずっとソワソワしていた。2000年問題の時には、ノストラダムスの予言に心がざわついた。給食に小さな虫が入っていた時には発狂していた。・・・なんというか、30日に1日くらい、なんでもない日があったくらいじゃないだろうか?と思ってしまう。
 
 
無論、どっちが幸せということではない。今はむしろ感情を乱すことなく日々を過ごせているとも言える。…ただ、少し刺激が足りなすぎる日々になっていたのかもしれない。もっと自ら刺激を探して行きたい。もっと失敗して、もっと遊んで、もっと喜怒哀楽を感じられる人間になろう!刺激が欲しけりゃバカになれ!WOWOWOWOW!
 
 
(10円は私に大切なことを思い出させてくれた。…ありがとう)
 
私は10円玉を一つ一つ撫でながら片付ける。もとのプラケースに戻し終えた時には、少しだけ世界が澄んでいる気がした。
 
 
ブーブーブー
 
 
「はい、もしもし」
 
彼女「あ、やっと出た。どこ行ってたのよ!なんで昨日から電話でないのよ!」
 
「…いやあ、まあ、いろいろあってね」
 
彼女「会場の下見の予約だけど、3月中旬の○日か△日で進めていい?もう、相談したい時に繋がらないんだから!予約できなかったら困るんだからね!?」
 
「ああ、ごめんごめん。うん。あ、親父から電話だから、一旦掛け直すわ」
 
 
ーー
 
「はい、もしもし」
 
親父「やっと出た。何回も電話してんだから、ちゃんと出んか!死んだかと思っただろうに」
 
「いや、ごめんごめん。携帯の調子が悪くて」
 
親父「顔合わせどうするんだ?3月くらいにやるんだろ?ちゃんと考えてんのか!?こっち(故郷)でやるんだったら、都会と違ってそういう店、少ないんだから。早めに予約しないと店なくなるんだぞ!?」
 
「あ、ごめんごめん。とりあえず確認しとくわ。また電話するよ」
 
 
 
やることのない日曜日、それもまた気の持ちようであるようだ。この日記、関係者が見たら怒るだろうなあ。
 
 
 
 
 

送別会で泣くヤツってあざとい、と思うところもあるんだけど・・・

 
 
時折 、したり顔に 、 「あの人は清濁あわせ呑むところがあって 、人物が大きかった 」などという人がいる 。それは 、はっきりまちがっていると 、わたしは思う 。少なくとも子どもには 、ちがうと教えたい 。ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を宿らせた人である。
 
磯田道史『無私の日本人』あとがきより
 
 
 
 
 
 

 
 
 
木曜日の夜。東京の某居酒屋。
 
 
幹事「えーそれでは、異動されますシマウマ課長、前にどうぞ!」
 
 
送別会の幹事を担当している先輩社員の司会進行のもと、シマウマ課長は照れ臭そうに前にでてくる。
 
私が所属する部署と、日常業務で関係する部署の社員の方々を合わせて、約30名が参加した。この日は、1月付けで別部署に異動となったシマウマ課長の送別会が催されることになっていた。
 
ちなみに、私は普段大阪にいるが、このために朝から東京に来ていた。
 
 
幹事「今更説明の必要はないかもしれませんが、シマウマ課長は入社してから20年以上、うちの部署一筋で活躍されてきました。当然、この中にもシマウマ課長にお世話になった方はたくさんいると思います」
 
 
ここで周りから拍手が起こった。シマウマ課長は手と頭を横に降っている。
 
幹事「では、シマウマ課長からお言葉ーーをいただく前に、特にお世話になってきた人からの言葉を聞きたいと思います。まず始めに、やきいも君、お願いします!」
 
 
薄々嫌な予感はしていた。しかし、まさか一番手に私の名が挙がってしまうとは。皆の前で話すなんて事前に聞いていないし、当然、何も考えていない。飲み会が始まって約1時間経過し、アルコールが回り始めているため、いつものような計算高いスピーチをできる状態でもない。周りは「面白いこと言えよ!」だの「10分あるからゆっくり喋って良いぞ!」だの囃し立てる。
 
 
「えー、事前になにも聞いていなかったので、なにを話したらいいのかというのもあるんですがーー」
 
社会人経験を重ねてきたからだろうか、こういうときに考えながら話すことに、少しずつ慣れてきた気がする。
 
「私にとってシマウマ課長は、私にとっては、社会人になってはじめての上司でした。話しながら、色々な思い出が思い出されます。私が新入社員の時ーー」
 
 
言葉に詰まることもなく、伝えたい気持ちがスラスラと出てくる。新入社員の頃は、よく言葉のチョイスを間違えて、先輩社員を冷や冷やさせていたが。
 
ちなみに、この時お話ししたのは、私が新入社員の頃にやらかしてしまった大問題についてであり、その失態をシマウマ課長が助けてくれた、というものである。個人的な話なので詳細は控えたいが、本当に、この日のことを思い出すとシマウマ課長には頭が上がらなくなる。
 
「ーーということで、シマウマ課長は私にとっていつまでも心の上司でございます。別の部署に行っても、またご指導をお願いいたします。以上です」
 
頭を下げ、拍手と野次の中、席に戻る。そして、次の指名が続く。
 
私の後の社員も、皆がシマウマ課長の優しくてまっすぐな人柄の素晴らしさを語っていた。一部の人から「もっと悪いことも言えよ!」なんて野次がとんだが、シマウマ課長の場合、それが本当に難しいのである。私が言うのもなんだが、心が澄んでいるというか、悪いことを全く思いつかない清々しさを持っている。そして、シマウマ課長と一緒に仕事をしていると、もっと頑張りたい!と思えるような不思議な魅力を感じるのである。それは、私だけではなく、多くの人が語るところであった。
 
 
 
 
そのあと何名かのスピーチを聞いたあと、シマウマ課長の言葉となる。
 
シマウマ課長「えー、今日はこのような場を設けていただきありがとうございます。正直、今日は皆様からどんな恨みつらみを言われるのかとヒヤヒヤしておりましたが、どなたももったいないような言葉をいただきまして、恐縮しておりますーー」
 
 
・・・・・・正直、シマウマ課長がなにを言っていたのか、ほとんど覚えていない。シマウマ課長の話す姿を見ているうちに、涙が溢れてきたからだ。周りに気づかれぬよう、その拭き取り作業に追われていたのである。
 
ーー
 
スピーチ終了とともに飲み会はお開きとなった。皆がいそいそとトイレに駆け込んだり上着や靴を探している頃合いを見計らって、私はシマウマ課長のところへ向かう。そして、
 
「すみません、先程は失礼しました。でも、本当に、お世話になりました」
 
とだけ、涙ながら伝える。シマウマ課長は笑顔で
 
シマウマ課長「いやいや、ありがとう。でも、毎回会議で聞いているけど、大阪ですごい頑張ってるね」
 
その言葉で、涙がまた溢れた。次の言葉を述べようとしたが、私の泣きっ面に部長が気づき、
 
部長「おい、やきいも、なんでお前泣いてんの?笑」
 
と囃し立てモード。
 
「すみません、本当に、感謝の気持ちだけちゃんと伝えたかったので。これからもよろしくお願いいたします。失礼いたします」
 
と言うだけいって、いそいそと居酒屋を抜け出した(※)。
 
(※)多くの先輩が残っている中、私のような下っ端が勝手に先に帰るのは、普通ご法度である。
 
 
ーー
 
最寄駅で電車に乗り、大阪に戻る新幹線に乗れる品川駅へ向かった。電車に乗っている最中も、涙が止まらなくて困った。周りに悟られぬよう、立ちながら外の景色を見ているのを装ったが、ガラスに反射した乗客と目があってしまい、大変に罰が悪かった。新幹線に乗っている最中も、ボーとしているうちにまた感情がたかぶり、涙が出る始末。
 
 
ーー
 
翌日、金曜日。
 
 
昼休憩中、フリーデスクでたまたま隣になった女性社員(カシスさん)と話す。
 
 
「ーーそういえば、昨日、シマウマ課長の送別会があったんですよ。カシスさんって、シマウマさんご存知ですか?」
 
カシス「シマウマさん?ああ、前に大阪支店にいたのよね」
 
「あ、カシスさんもシマウマさんと接点あったんですね」
 
カシス「まあ、仕事で直接関わることはなかったけど、背が高くて優しい人だったってのはよく覚えてるよ。でも、送別会だったんだね」
 
「そうなんです。そこで情けないことに、昨日、涙が止まらなかったんですよ」
 
カシス「え、シマウマさんが?」
 
「いえ、僕がです」
 
カシス「なんであんたが泣くのよ(笑)普段、無表情なのに」
 
「新入社員の頃に上司だったんですよ。当時はいろいろお世話になりまして」
 
「ふーん。でも、泣くってよっぽどよね。あ、もしかして酒入ると泣き上戸になるの?」
 
「そうかもしれないですね。最近映画とかドラマとか観てても泣くことが多いんですけど、決まって酒を飲んでいるときで…。歳をとると涙脆くなるって言いますが、私もそういう歳なんでしょうか?それともストレス?」
 
カシス「何言ってんのよ、まだそういうこと言うには若いわよ。でも、別に根拠はないけど、歳をとったら涙が出やすくなっていうのはあるんだと思うわよ」
 
「そういうもんですか?」
 
カシス「若いうちは自分が主役で、自分だけの視点で感情も決められてしまうことが多いんだと思うけど、歳をとると、いろんな立場の人の気持ちを想定できるようになるじゃない」
 
「はあ」
 
カシス「取引先の気持ちもそうだし、社内の人もそうだし、何より家族の気持ちなんか、私、ずっと考えているもの。知らないうちにいろんな立場で気持ちの動きを考えるようになると、喜怒哀楽の幅が広がってくるんじゃないの?共感する力がつくっていうのかしらね」
 
「なんだか、深いですね」
 
カシス「・・・深いかしら?でも、シマウマさんの送別会で泣くっていうのは、単純にやきいも君がシマウマさんにお世話になったって気持ちが強かった、ってことじゃないの?」
 
「うーん、そうですね…本当にお世話になりましたからね。あんなに素晴らしい上司に出会えたのは幸せだと思います」
 
カシス「将来部下を持ったときに、そういう風に思ってもらえるように頑張りなさいよ」
 
「そんな日が来るのか……今のように小狡くて怠惰で他者への配慮に欠けているうちは…ダメですね。頑張ります」
 
 
いつか遠い将来自分が部下をもったと想像した時、私の送別会の際に泣いてしまう部下ーーというか、少しでも寂しさを抱いてくれる部下…作れるものだろうか?
 
……正直、自信がないなあ。体当たりでぶつかれば問題視される世の中だしね。というか、そんな関係性を期待すること自体、時代遅れなのかしら?…そうは思いたくないんだけどなあ。
 
 
 
って、今はこんなことで不安になるより、目の前の仕事に向き合うべきですね(笑)シマウマ課長、お世話になりました。成長した姿をお見せできるように、頑張ります!